50を過ぎたら早く死んだほうがいいのである。(鶏肉のポパイ炒め)

鶏肉のポパイ炒め 鶏肉

 
昨日は冷蔵庫に入っていた鶏肉とほうれん草で、「鶏肉のポパイ炒め」を作った。

鶏肉のポパイ炒め

これを肴に酒を飲みながら、ぼくは「50歳を過ぎたら早く死んだほうがいい」と改めて思い至ったのである。

 

冷蔵庫には鶏肉とほうれん草が入っていて、昨日はこれをメインにおかずをひねり出さなければいけなかったのである。

鶏肉はともかくとして、ほうれん草は、使える料理が本当に限られてくることになる。

煮てしまうと何ともまずい味になるから煮物には使えないし、他の野菜との相性が悪いから、野菜炒めにも使いにくい。

おひたしと、卵と一緒に炒める「ポパイ炒め」くらいしか使い途がないのではないかとすら思うわけだが、ほうれん草はこの2つがとびきりうまいと来ているから、それでいいのである。

 

ちなみにこの「ポパイ炒め」という呼び名、京都の中華料理屋ではほうれん草と卵の炒めものをそう呼ぶことが多いのだ。

ぼくも京都へ来てはじめて聞いた言葉なのだが、これは京都発祥の中華料理店「餃子の王将」の影響なのではないか。

餃子の王将では昔から、ほうれん草と卵を炒めた「ポパイ炒め」というメニューがあるのだそうだ。

または餃子の王将以前から、京都には「ポパイ炒め」が存在していたのか、そのあたりのことはぜひ誰か詳しい人に聞きたいところだ。

 

ポパイ炒めは中華料理屋なら、豚肉が使われることが多いのではないかという気がするけれど、卵と相性抜群の鶏肉をつかって悪いことがあるはずがない。

味つけは、やはりほうれん草にはバター醤油が黄金で、さらにオイスターソースで香りをつけ、黒コショウを振ることにする。

 

まずは鶏モモ肉250グラムを中火にかけたフライパンで、皮目からじっくり焼く。

鶏肉のポパイ炒め 作り方

鳥の皮から脂が出るから、この時点ではまだ油は不要である。

皮にこんがり焼き色がついたら、ひっくり返して反対側を焼く。

反対側はすぐに火が通るから、焼き過ぎないようにするのがポイントだ。

 

鶏肉に火が通ったら、大さじ1ほどのバターをいれ、ざく切りにしたほうれん草2分の1把を炒める。

鶏肉のポパイ炒め 作り方

ほうれん草は、根、茎、葉と、硬いところから順にいれるようにする。

ほうれん草がしんなりしたら合わせ調味料をいれ、さらに少し炒めて味をからめる。

鶏肉のポパイ炒め 作り方

合わせ調味料は、酒大さじ1、しょうゆとオイスターソース、砂糖を大さじ2分の1ずつ。

 

最後に溶き卵2個分を流し入れる。

鶏肉のポパイ炒め 作り方

あまり細かくかき混ぜず、大きめにまとめて皿に盛る。

 

黒コショウをふって食べる。

鶏肉のポパイ炒め

バターにオイスターソースも、またよく合うのである。

 

あとは、レタスを吸い物にしてみた。

レタスを吸い物にしてみた

昆布と削りぶしのだし1カップに酒大さじ1、うすくち醤油大さじ1弱、塩少々でまず油揚げを煮、つづいて適当な大きさにちぎったレタスをさっと煮る。

和食レタスシリーズは、酢の物につづいてこれも、全く問題なくうまい。

柚子の皮を浮かべると、「料亭の味」になる。

 

スグキの茎のじゃこ炒め。

スグキの茎のじゃこ炒め

スグキの茎は、ちょっと筋張っているから炒めてしまった方がうまいのだ。

ゴマ油とちりめんじゃこでじっくり炒める。

昨日はしょうゆに、少し砂糖もくわえて甘めにし、ゴマをふってみたのだが、これもまた大変うまい。

 

それに前に作った大根の皮とだし殻のじゃこ炒め。

大根の皮とだし殻のじゃこ炒め

同じじゃこ炒めだが、こちらは砂糖は入れず、一味をふってピリ辛にしてある。

 

酒はぬる燗。

酒はぬる燗

昨日はこれを飲みながら、

「50歳を過ぎたら早く死んだほうがいい」

と改めて思い至ったのである。

 

さて「早く死んだほうがいい」についてなのだが、「マナー」の問題にかんしてコメント欄で、

「公共の場所での赤ちゃんの泣き声は何よりの迷惑だ」

とコメントをくれた人がいるのである。

40代と50代の男性で、

「新幹線の車内で仕事をしようと思っていたのに、赤ちゃんが泣きわめくおかげで全く仕事にならなかった」

「赤ちゃんが泣くのは仕方がないとしても、お母さんがデッキに連れて出るなどの配慮をせず、そのままにしておくことはマナー違反も甚だしい」

というわけだ。

たしかに男性の気持ちも分からないではない。

ビジネスマンは新幹線で仕事や仮眠をする人が多いから、あの赤ちゃんの、「全ての秩序を破壊せん」というばかりの泣き声が響きわたると、仕事に支障をきたすことになるだろう。

 

でもこの件に関しては、ぼくの結論は決まっている。

「そんな御託をならべる前に、お前が早く死ね」

である。

赤ちゃんの泣き声は、「携帯電話」や「人前での化粧」などと同列には考えられないものである。

 

今の日本の最大の問題は、「老人が多すぎる」ことだ。

超高齢社会に突入した日本は、65歳以上の老人が20%をとうに超え、さらに今、団塊の世代が続々と老人になりつつあるから、老人の数はまだまだ増える勢いだという。

それに対して女性が子供を産まなくなっているために、若い世代は増えていかない。

このまま行ってしまうと、2050年には日本の全人口にしめる老人の割合が、4割にも達するという計算もあるのだそうだ。

 

そうなってしまうと、国が成り立たないのは言うまでもない話である。

今でさえ、国民健康保険は所得の2割以上を持っていかれるという、「ボッタクリ」ともいえる状況なのに、これから老人の医療費を負担するため、ますます増えていかなければならない。

健康保険に入れない若い人が続出するのは、間違いがないことだろう。

 

また老人の数が多いと、国の政策が「老人の意見」によって左右されることになる。

老人はもう年だから、新しいことが考えにくくなっている上に、「自分が死ぬまで」のことを優先するようになりがちだから、政策がどうしても近視眼的になりやすい。

それでは日本は、進むべき方向を大きく誤ることになる。

 

この「老害」ともいえる状態を解決するには、まずは「老人が早く死ぬ」ことが重要だ。

若い世代に迷惑をかけてまで、長生きする必要などないだろう。

もちろん「自殺しろ」とは言わないけれど、どうせいずれは死ぬのだから、延命治療などやめたらどうか。

ぼくのようにタバコを吸う人間は、「延命治療は一切禁止」などという法律を作ってもいいくらいである。

 

それから同時に、「赤ちゃん」を増やさないといけない。

赤ちゃんこそ、「国の宝」なのである。

今の先が見えない経済状況の中、女性はなかなか、「仕事をやめて出産しよう」とは思わないようになっている。

だったら仕事を続けながらでも、女性が育児できるよう、手厚い保障をする必要がある。

 

しかしもちろん、ぼくがそんなことを吠えたって、老人がすぐに死ぬわけでもなく、女性が子供を産むようにもならないだろう。

だからこそ、今赤ちゃんを育ててくれている人を、本当に大切にしないといけないはずである。

お母さんは、育児を自分一人に押し付けられ、新幹線の車内でも、もう子供をあやすことに疲れてしまっているのである。

それならば、

「お疲れでしょう、お母さん、ぼくが代わりにお子さんをあやしますから、ゆっくり休んでいてください」

くらいのことが、どうして言えないのかと思う。

 

「お母さん」は、「甘やかし過ぎ」くらいでちょうどいいのである。

そうでなければ、日本はこれからますます過酷な状況へ陥っていくと、ぼくは思う。

 

「おっさんも子育てボランティアでもしたらいいのに。」

チェブラーシカのチェブ夫

ほんとだな。考えないといけないな。

◎関連記事

「マナー」として書き下せないところに奥深さがあるのである。

ぼくは「世界を変えたい」のである。

「英語」など辞めてしまえばいいのである。

自衛隊など失くしてしまえばいいのである。

「四条大宮は世界で一番すばらしい交差点」なのである。

コメント

  1. takao より:

    はじめまして。毎日たのしく読んでいます。
    私はいま23歳なのですが、今回のおっさんのブログの内容にはとても感動しました。
    若い世代への負担を第一に考えてくれていることが伝わっていて、すごくうれしく思います。高齢者の延命治療など止めて、もっと有効に高価な保険料を活用してほしいというのは、間違いなく若い世代の共通の認識です。ですがそれを我々が口にするのはなかなか憚られてしまうもの。
    それを今日の投稿でおっさんからはっきり言ってもらえて安心しました。

  2. 東京の50代おっさん より:

    ひとつ誤認されているようなので。

    「新幹線の車内で仕事をしようと思っていたのに、赤ちゃんが泣きわめくおかげで全く仕事にならなかった」

    と投稿された方と

    「赤ちゃんが泣くのは仕方がないとしても、お母さんがデッキに連れて出るなどの配慮をせず、そのままにしておくことはマナー違反も甚だしい」
    旨を投稿した私(東京の50代おっさん家族持ち)

    は別人です。

    あと私も晩婚で現在小中学生かかえてヒーヒーいってます。まだ死ねませんね。この子達がいますんで。ハンディキャップを持った子もいますんで行く末心配です。死ねませんよ。

    ご発言のご趣旨は分かります。子育て世代に寛容に接し政治も社会も支援する、というのはもちろんです。私も当事者ですから。でも、子供が公共の場で騒ぎまくっても、放置する親について「寛大であれ。お前が死ね」、というのは、やや性急だと思います。子供は騒ぐものだしなくものだしぐずるものです。そのことを責める気は毛頭ないんですよ。要は「程度問題」ということなんですが。

  3. より:

    死ね、とは思いませんが
    赤ちゃんは国の宝には激しく同意です。

    いつか育った赤ちゃん達に
    自分達が公益的な面で面倒を看てもらう現実は忘れちゃいけませんよね。

  4. 東京の50代おっさん より:

    おっしゃるとおりです。お母さんが手一杯だったら、昔のおじさんおばさんみたいに「どれ、こっちおいで」とかいって助けてあげたいです(実際にはできませんけど)。私が本件で前提としているのは、山手線内で子供が靴はいたままシートにあがりこんで騒いでるのに携帯に没頭している親、などです。これは子供は国の宝、とか、いずれは社会保障の原資で世話になるのだから、という議論とは別次元だと思うのです。すみません。これで終わりにします。

    最後に高野さんへ。
    ぐちゃぐちゃすみませんでした。本ブログ、大変参考になります。「おっさん一人飯」もアマゾンで1400円で買いました。イラストに違和感がありましたが、表3の写真がベースになってるんですね。

  5. ももぱぱ より:

    ははは(笑
    お前がしねは言い過ぎですが高野議員の政策に賛成^o^
    わたしは定年制があるなら寿命制度を設けたらどうか?と考えます。
    何処かでバランスを保たなくてはいけません。
    どうかしら?

  6. 高野さんの言いたいこと
    とてもよくわかります
    いろんな方の意見もありますが♪♪

    子供を育てるのが難しい環境になっているのは事実ですよね
    せっかく産んでも育てられない
    親としての資質を疑うような人もいるのも確かですし・・・

    難しい論題ですが
    拝読していて
    なるほどな・・・と思ったしだいです

  7. ねぎこ より:

    声出して笑いました!

  8. 慈雨 より:

    ポパイ炒めたしかに王将にありました。
    ポパイ定食ってのが一般的だったような・・・
    でも一般家庭ではそんな呼び方はしていないと思います。

  9. きよこ より:

    高野さんにお酒を呑みながらじっくり話を聞いてもらいたいです…

  10. お初 より:

    いつも楽しく読ませてもらっていますが、
    今日のこの記事には大変気分を害しました。
    黙々とブログの記事を書き、夜には気楽にお酒を飲みまわっているような人に、
    『早く死んだほうがいい』と言われたくありません。
    タイトルだけ読めば、かの徒然草の兼好法師と同じく、
    『命短ければ辱多し』といったような内容かと思いましたが、幻滅です。
    コメントを残されたお若い方のお言葉にも、空恐ろしさを感じました。
    もちろん、高野さん個人の思いを自由に書くのがこのブログの趣旨でしょうし、
    ここには書けないような、辛い出来事でもあって『早く死んだ方がいい』というのなら、
    読みのもとして楽しめたと思います。
    きっと、近しい方をご病気で亡くされたり、あるいはご自身が大病を患うといった理不尽な目にお遭いになったことがないのでしょう。そんな印象を持ちましたので、
    こちらへの訪問はもう致しません。
    どうぞ、ご希望の通りに早く苦しまずにお亡くなりになってください。

    • そうちち より:

      私も「お前が死ね」という言葉を、どういう脈絡であれ、平気で公表される感性は、子育てや食という人間の在り様とは相容れない感性だと思います。これを支持されているらしい子育て中のママたち?の感性にも強い違和感を感じています。人が人に「死ね」という言葉を投げつけることは、どういう流れであっても許されないと思います。ちがう表現を使うべきだった。

  11. にほんしゅ より:

    わたしも延命治療は望んでいません。
    子育てがすんだらなるべくはやく人生を終えたいなと思ってしまいます。

    子供を育てるためだと、一生懸命仕事をすることができるのですが、
    自分のためだけとなると、もう仕事するのは面倒で(+_+)

    45歳で子育てが終わるので、
    50歳くらいがちょうどいいななんて思ってしまいます。
    疲れているのかも(^_^;)

    でも、ひとそれぞれでしょうね(^o^)
    私のまわりには30代後半から40代で子供を産んでる人が多いのですが、
    みなさん、まだまだ元気でばりばり頑張ってますー!

    ほうれん草と卵とバター醤油はおいしーですね(^o^)

  12. 佐藤 より:

    高野様
    言葉狩りじゃないんですが、やはり「死ね」って言葉はインパクトありますね。
    もっと別な言い方があるような気がします。
    自分の意見をストレートにいう事も大切だし、素敵なことなんだと思うんですが、顔まで出している方が「死ね」という言葉を使うとその言葉がいかにリアルで、また一見、親しみやすそうな高野さんが突如として別の顔を持ち始めたような気さえします。
    こういうのって怖いですよね。

  13. ちば より:

    いつも楽しく拝見させて頂いております。
    50歳ではなくて40歳でも良いのではないですか。
    50歳のおやじより

  14. より:

    王将の店員泣かれてましたよ。
    社長さんも若いときは、四条大宮の店で、餃子焼いたり、鍋振ったり、一生懸命働いてたんだと思います。

    犯人は在日韓国、朝鮮人だと思います。

  15. マキロン より:

    はじめまして、”50過ぎたら早く死んだ方がよいのである”
    もう寝ようかと思ってたのに・・・ 大爆笑!!
    ズバッとタブーを打ち破る爽快な真実???
    最近知り合いが50代での早死にや病気に見舞われてオロオロと悲しみに伏してましたが・・・きっと思い残すことがない?ほど生き抜いた人に与えられた勲章として50過ぎて死んだのかも???アンチエイジングなんて流行ってますが、要は元気で見るに耐える容姿のうちに死ねばええねん・・(笑)

  16. 愛国太郎 より:

    ざっと読みましたが、子育て世代を社会として支える、ということが現在ではなおざりになっている印象です。昔は周囲が暖かく支えつつも、公衆の場で騒ぐ子供にはきちんと注意する大人がいました。今は社会そのものが育児を「他人事」としてネグレクトしているのではないでしょうか。「企業の国際競争力強化」の名の下に進められる消費税率を引き上げて法人税優遇・非正規雇用助長拡大路線、米国巨大資本ウエルカムの現政権下では、空洞化と少子化はますます進むでしょう。

  17. 栗田三江(くんだみえ) より:

    高野さん
    私が>>新幹線車内での子供の泣き声は迷惑と書き込んだ者です。高野さんの意見もわかりますが、>>死ねには驚きました。ブログでは過激な発言が面白いものです。ヒトに読んでもらうためには上品な表現ではつまらない、という観点から>>死ねがでたのでしょう。しかしあまりに酷いです。本心でなくても絶対さけるべき表現です。私は同世代(40代)を数年で2人亡くしています。自殺と病死です。ヒトの命の重さに年齢なんて関係ありません。公共性あるブログには、ヒトと調和できる表現が肝要だと考えます。

  18. まりも より:

    高野さん今回のブログは泣き笑いでした。

    死ねのところで笑い、子は宝のとこで泣きました。

    私も子供や女性を見守る余裕がある男性こそ真のかっこいい男だと思います。

    自分の仕事が、とかおっしゃってる方は本当に忙しくてお疲れなんだと思います。

    でも結構女性はみてますので、日本にかっこいい男性が増えるといいですね!

    おっさんかっこいいじゃん!

  19. まりも より:

    コメントきれました。(^-^)

    それと人間には誰でも人に助けてもらわなきゃいけない時期があります。

    子供時代、子育て時代、老人時代です。

    今、現役で社会のピリピリモードに加担してる方は老人時代にしっぺ返しがきますよ。

    ちょっとした余裕で優しいあったかい社会つくりましょーよ。

    自分が車椅子になっても外出が楽しく出来るような•••。

    すみません、高野さんと語るような感じで書き込んじゃいました。

    これからも男らしいおっさん期待してます。

  20. mari より:

    はじめまして。
    おっさんブログ毎日楽しく拝見しています。
    単刀直入に今回の記事は賛成です。
    これからもがんばってください。

  21. 高橋 より:

    他人に「死ね」と仰るのはご自分でいつ死んでもいいという覚悟、または決意が
    お有りだからと理解しますが、ツイッターで「来年はブレイクしそうな気が
    する」という仰っていますね。これは「自分は50過ぎても活躍するけど、他人は
    老害だから死ね」っていうことですね。
    ・・・さて意地悪い言い方はいい加減やめるとして、若い世代への助力を説く
    ことは賛成ですが、「死ね」は辞めた方が良いでしょう。少なくともまともな
    常識を持った大人のすることではないと思います。
    新幹線内の話にしても(他の方も書かれていたように)支援,助力とは別問題
    であると思います。高野さんの仰るように保育疲れだったのか、周囲への無関心による放置だったのかによって随分異なるはず。そこを確認せずに
    「死ね」というのは自民党の政治家みたいな暴言であるように思います。

  22. 若輩者 より:

    ちゃんと文脈を読むことができず気に入らない表現や言葉をあげつらえて批判する大人の多いことにビックリしてます。本当に、ちゃんと文章を読んでいるのでしょうか。

    • 愛国太郎 より:

      失礼ながら、それはちょっと感情的かつ短絡な物言いです。「慰安婦は必要だ」発言のかの地方政治家もおんなじ言いつくろいをしていました(いわく「文脈から切り離されて大誤報された!」)。「高橋」氏は、まさに「文脈」に即して「死ね」という語法はtoo muchであろう、と提起されておられるのが読めませんか?文章を書く以上、つまりなにごとかを言葉で主張、表現するに当たり、どういう言葉を使うかにこだわるのは当然のことなのです。そしておそらく、あえてインパクトのある表現を使って効果を狙ったのだとは思いますが、この文脈での「死ね」はやはり不適当だったと太郎拝も思います。発端となった新幹線車内の問題については、「高橋」氏らが言われるとおり、「子育て支援」と「公衆の場での親としての責任」は本来別物だということです。そこを検証せずに、後者を問題にしているのに、誰も否定していない前者(子供は国の宝云々)を押し立てて公開ブログ上で「お前が死ね」という投げつけを行うメンタリティーは、秘密保護法反対のデモに対し「テロ」と決めつける手法を想起させるということです。

    • 若輩者 より:

      死ねというのが「今すぐ死ね」という意味なら問題だと思いますけど、そうは書いてないですよね。「死ね」という単語のみを受け取って過剰に反応しているように見受けられます。
      個人的にはこういうコメント欄でどさくさに紛れて匿名で特定の政党・政治家や民族を非難するような文章を書くことの方が問題だと思いますけど。

  23. かんぐりくん より:

    いつもいいタイミングで「高野さん♪すてき♪がんばって♪」が入りますね

  24. 高橋 より:

    「愛国太郎」氏の仰る通りでして、「公衆の場での親としての責任」の問題提起
    に対して「子育て支援」の問題に半ば強引に持っていった上で、明らかに過剰である「死ね」という発言をされたということについて苦情を述べているのです。
    「若輩者」氏も文章読み取り能力を向上させていただければありがたいところです。
     
    話は変わりますが、子育て支援の観点から言えばマナーに気遣うことを教えてあげるのも支援になるはずです。(マナーも知らずに育てられた子供は社会の宝にはなり得ないでしょう。むしろ社会の害悪になりかねない。)単に「ああ、よく子供を生んでくれたねえ、えらいねえ。」だけでは支援にはなり得ないのでは?
    「地域で子供を育てる」という言葉が一時流行りましたが、これも「子供は大事だから腫れ物に触るように大事にしましょう」ということではなく、間違ったことをしていたら注意するなどして立派な社会人になれるように導いてあげようということだったはずです。(勘違いしている人も多かったようですが。)

  25. 高野 俊一 より:

    本記事のコメントですが、これにて打ち止めとさせて頂き、今後のコメントは承認しないようにさせて頂きます。
    悪しからずご了承ください。

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