サンマのキムチ煮は、完璧無比、最強無敵にうまいのだ。甘露煮や蒲焼きのことを決して悪く言うつもりではないが、まちがいなくこちらの方が、59倍は死ねるのである。
どういうことかと言えば、要は「ニンニク」の力なのだと思う。および、ニンニクを入れることで増量することができる、唐辛子の力。
サンマはまずは生や酢じめ・なめろう、次に塩焼きがうまいわけだが、日本式にしょうゆで味つけする場合、通常の魚の煮付けより煮汁をさらに煮詰めて、テリヤキや焼鳥のタレレベルにした甘露煮や蒲焼きにする。
さらに甘露煮には実山椒、蒲焼きには粉山椒をくわえるのが定番だ。
これはサンマに強いクセがあるからで、そのクセを中和することが目的。コッテリとした甘辛いしょうゆ味に山椒は、日本の調味料の中ではもっともクセが強いのだ。
しかしなぜ、このコッテリとした甘辛いしょうゆ味に山椒が、「もっともクセが強い調味料」と認定されているかといえば、日本ではニンニクを使わないからなのである。
いわばクセの強さとしては「井のなかの蛙」なのであり、ニンニクを加えた世界レベルでは、コッテリしょうゆ味に山椒は、2軍か3軍あたりをウロウロしているというくらいになる。
もちろんこれは、日本人が悪かったわけではない。日本の権力者が悪かったのだ。
ニンニクは、鎌倉時代に事実上禁止された。だから日本人は、ニンニクを使いたくても使えない状態が長年つづいてきたわけで、明治になって解禁されはしたけれど、いまだにその後遺症で、ニンニクを嫌いな人が多いのだと思う。
実際サンマのキムチ煮を食べてみると、コッテリと甘辛いしょうゆ味に山椒が、サンマのクセを中和するのにいかに非力かがよくわかる。
キムチは、ニンニクのクセをさらに増幅したものだといえる。ニンニクと相性がいい、「強い辛み」というクセを持つ唐辛子をたっぷり使い、さらに塩辛を加えて発酵させる。
このキムチでサンマを煮ると、単にサンマのクセを中和するのではなく、キムチがサンマのクセと融合し、新たな次元にステップアップするという、とてつもないマリアージュが発動されるのだ。
しかも作るのは、甘露煮や蒲焼きよりもはるかに簡単。甘露煮のように長時間煮る必要もなく、また蒲焼きのように三枚におろす必要もない。
サンマのキムチ煮は、作らないのは322万円は損をするのではないかと思う。
損をしたくなければ、作ればいいだけの話だ。
作り方
これはまずキムチをじっくり炒めたあと、調味料と水を加え、サンマと野菜を煮るだけだから、作り方はほんとに簡単。
サンマは頭を落とし、腹を割いてワタをかき出し、ぶつ切りにしないといけないけれど、それもまったく難しくない。
野菜は、煮込めるものなら何でもいい。今回は厚揚げと万願寺とうがらし、玉ねぎを入れたけれど、それは「冷蔵庫に残っていたから」というのが理由で、これらでなければいけないことはない。
豆腐はもちろんいいし、もやしやニラ、ニンジン、ジャガイモ、大根、しめじ、えのき、ピーマン、ナスなどなど、好みで選んでもらったらいいのである。
それから今回は、ソーセージも入れた。これはその方がスタミナが付くからなのだが、さらに味の奥行きも広がるのだ。
フライパンに、
- ゴマ油 大さじ1
- キムチ 100グラムくらい (300グラム入りのパックなら3分の1程度)
- キムチの汁 あるだけ
を入れて弱火にかけ、フタをしめて5分くらい蒸し焼きにし、キムチのうまみをじっくりひき出す。
弱火のまま、
- 酒 大さじ1
- みりん 大さじ1
- しょうゆ 大さじ1
を加え、頭を落として腹を割き、ワタをかき出してよく洗い、4分の1のぶつ切りにしたサンマを入れて、2~3分、途中で一度ひっくり返して炒め煮し、サンマに味をしみさせる。
- 水 1カップ
- ニンニク 1かけ (細切り。好みで)
- 厚揚げ 1個 (1センチ厚さくらいの食べやすい大きさに切る)
- 万願寺とうがらし 2~3本 (3センチ長さ程度のぶつ切り)
- 玉ねぎ 1~2センチ幅のくし切り
を入れ、火を強めて煮立ったら弱火にし、フタをしめて15分煮る。
もし時間に余裕があれば、火を止めてからしばらく放置して味をしみさせ、再加熱して皿に盛る。
これは甘露煮や蒲焼きの、まちがいなく59倍は死ねる。
味がしみた野菜がまた、たまらない。
そしてこれが、まちがいなく486回は死ねるほど酒に合うのに、今朝も「朝だから」というだけの理由で、酒を飲まなかったのだ。
こんなことをしていたら、僕はそのうちのたれ死にをするのではないかと思う。
「しないよ」
そうだよな。