きのうは「常夜鍋」。
ほうれん草を食べるなら、やはり常夜鍋なのである。
魚や肉、野菜や豆腐などなど、食べ物の材料には全てそれぞれに個性があり、使いながらその個性を知り、組み合わせ方を考えるところに、料理の大きな楽しみがある。
ぼくなどは、材料に役割をわりふるのに、密かに会社の社長にでもなったつもりになるくらいである。
まずは「主役」を決めるのが大事なわけで、あとの脇役は、あくまで「主役を引きたてる」ものを選ぶ。
それから材料には、味を「出すもの」と「吸うもの」があり、これらをうまく組み合わせるのも重要だ。
さらに「おなじ季節に旬になる魚と肉は合う」ということもある。「ブリと大根」などはその代表だ。
これはまったく不思議なことで、寒くなることにより、ブリは脂がのり、大根が甘く、やわらかくなるのはわかる。
しかし海と山、全くちがったところで育ち、縁もゆかりもないはずのそのブリと大根とが「合う」というのは、自然の大きな力を感じさせるところだろう。
材料のなかには、気むずかしい奴もいる。個性の強いのは、だいたい気むずかしいものだ。
その代表が、「ほうれん草」ではないだろうか。
ほうれん草の気むずかしさといったら、全くはたいて掃除して、片付けてしまいたいくらいのものだ。
まず大量のアクがでる。煮物などにそのままいれると、煮汁を台無しにしてしまう。
まあアクがでる野菜は多いけれど、さらにほうれん草の場合、そのアクを抜くための下ゆでの、やり方をまちがえると不味くなる。
これはほうれん草にふくまれる成分が、温度が70度になると苦味をだすからだそうだ。
しかもきちんとアクを抜いても、ほうれん草は「合う相手」が非常にすくない。
肉や魚、牛乳や卵など、動物性のものへの合い方は抜群だが、野菜についてはほぼ全滅、まず合わないのではないだろうか。
だからほうれん草をつかった料理は、おひたしだの、ベーコンと合わせてソテーだの、単独で主役を張る、煮込まないものが中心となる。
材料の組み合わせでも、料理法でもバラエティーをつけにくいから、メニューがどうしても単調になるのである。
しかしそれでも、ほうれん草はうまい。
使いにくさを十分おぎなう個性があるから、「人気食材」の地位を保ちつづけているのだろう。
常夜鍋は、その気むずかしいほうれん草を食べるのに、「最強」ともおもえる方法だ。
相性抜群の豚肉とあわせてサッと煮て、ポン酢で食べるというもので、簡単だし、温まることこの上ない。
野菜はあれこれ入れないことが肝心で、豚肉とほうれん草だけでもいい。
でもそれでは少し寂しいから、油あげとしめじを入れる。
ほうれん草に合う野菜は、この油あげとしめじ、2つだけではないかと思えるほどだ。
それからアクが出るから、ほうれん草はかならず下ゆでして使うのも、ポイントとしてはかなり大きい。
ほうれん草をゆでるには、ちょっとしたコツがある。このコツを守るか守らないかで、味はずいぶん大きくちがうから、ぜひ試してみてほしいところだ。
大切なのは、
「ゆで汁の沸騰を止めない」
こと。
ほうれん草は70度になると苦味がでるから、ゆで汁の温度がつねにそれを上回るようにするのである。
そのためには、まず火は最強の強火にし、そしてほうれん草を1~2株ずつ小分けにしてゆでる。
ひと束全部を一度にいれると、温度が下がり過ぎるからである。
それからゆでたら、すぐに冷たい水に入れて冷やす。
ほうれん草が70度を通過する時間を、すこしでも短くするためだ。
小分けにしてゆでるのはたしかに面倒なのだが、こうするかしないかで、ビックリするほど味がちがう。
一旦それを知ってしまうと、もう元には戻れなくなるのである。
常夜鍋の煮汁には、水に、酒をたっぷり、3分の1量ほどいれる。
きのうは昆布だしを使ったが、これは「その方がうまい」という話で、べつに水でも問題ない。
豚肉と油あげ、しめじを煮、火が通ったところで、よく絞り、食べやすい大きさに切ったほうれん草をいれる。
ほうれん草を煮過ぎないことは何よりも重要で、「温める」くらいでいい。
温まったら、鍋のなかにいつまでも放置せず、すぐに取りだす。
そのためには、1回に食べられる分ずつ、何回かに分けて煮るのがおすすめだ。
ポン酢と一味のタレで食べる。
ほうれん草と豚肉が合うことといったら、ビルの上から叩き落として粉々にしたいくらいだ。
きのうは、タレをほかにも作ってみた。
みそとみりんを大さじ2ずつ、砂糖・大さじ1、豆板醤とおろしたショウガ・小さじ1ずつ、それにひねり潰したゴマをたっぷり。
砂糖としょうゆ・大さじ2ずつに、生卵。
いずれも、なかなかうまかった。
シメは、煮汁に塩コショウで味をつけ、ご飯にかける。
これがまた、たまらない。
酒は、熱燗。
きのうはいつも以上にヘベレケになった。
それは、「これから食事の支度をしよう」とした、まさにその矢先、お世話になっているバー「スピナーズ」のマスターから電話があったからである。
「高野さんのブログを見てきてくれた人たちが、本を買ってくれたんですが・・・」
それは当然、行くわけだ。
その時点で、ぼくはすでに出来あがっている。
読者の人と話して気分がよくなり、さらにガンガン飲むわけだから、結果は推して計るべしである。
しかも読者の人が帰っても、「じゃぼくも帰る」とはならないわけだ。
カウンターに腰を落ち着け、さらに飲む。
ちなみにスピナーズでの肴は、「具だくさんの粕汁」。
これはカキが入っていて、大変うまかった。
家に帰ったのは、12時すぎ。
食事の支度は、ほとんど意識朦朧としながらすることと相成ったわけである。
「毎日懲りずによく飲むね。」
ほんとにな。
ちなみに産経新聞、無事掲載されました。(クリックすると拡大されます)
ちょっと照れくさいです。
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