石けんなど使う必要があるのかと思うのである。(豚肉の粕汁)

2014/04/25

 
昨日は材料がすべて、たまたま冷蔵庫に入っていたから、豚肉の粕汁をつくった。

豚肉の粕汁

これを肴に酒を飲みながら、ぼくは改めて、「石けんなど使う必要があるのか」と思ったのである。


 
ぼくは前から、冬場の野菜といえば「青菜」が好きで、ほうれん草やら小松菜やらをよく食べていたのである。

青い色とほろ苦い味が、「いかにも栄養がありそう」だからなのだが、その青菜好きが、青菜が豊富な京都へ来て拍車がかかり、冬になると、水菜はもちろん、壬生菜や畑菜、白菜菜(はくさいな)など京都ならではの色々な青菜を、とっかえひっかえ食べていた。

それが最近、「根菜」の魅力にぼくは目覚めた。

肉や野菜と炊き合わせると、味をグンと引き立てることがわかったからで、それ以来、大根や人参をはじめとする根菜を常備するようになっているのだ。

 

実際の話根菜は日もちがするから、とりあえず買い込んで置いておき、それをどう料理するかはあとから考えるのでいい。

里芋だけは、あまり冷やしてはいけないから、流しの下にでも置いておくようにして、あとは新聞紙で包み、さらにレジ袋にでもくるんで冷蔵庫やベランダに置いておけば、2~3週間は軽くもつ。

炊き合わせるのにいいのはもちろん、それだけで食べてもいい。

実に使い出があるのである。

 

それで昨日も、根菜があれこれあり、ぼくは油あげも常備する派で、さらに豚肉と酒粕も買ってあった。

こうなると、神様が「豚肉の粕汁をつくれ」と言っているようなものである。

根菜は色々あるから、どれをいれようかと考えたのだが、基本の大根とニンジンに加えるのは、里芋とコンニャクだけにした。

ゴボウやレンコンを入れてしまうと、粕汁というには味が強くなりすぎる気がしたからだ。

 

まずはだしを取る。

豚肉の粕汁 作り方

4杯分、4カップ半の水に、5センチ角くらいのだし昆布とかつお節のミニパック4袋をいれ、中火にかけて、煮立ってきたら弱火にし、5分ほど煮出してザルで濾す。

このだしに、酒をうすくち醤油をそれぞれ大さじ4ずついれる。

酒粕があるのだから、酒はいらない気がするが、「いれたらいい」と八百屋のご主人だったか京子さんだったかに聞いたのだ。

 

大根、ニンジン、コンニャクは、3ミリくらいの厚さで短冊に切る。

豚肉の粕汁 作り方

コンニャクだけは、水でさっと下ゆでしておく。

油あげは熱湯をかけて油ぬきし、やはり短冊にする。

里芋は皮をむき、1センチくらいの厚さに切る。

 

豚肉も、さっと湯通ししてアクを抜く。

豚肉の粕汁 作り方

湯が煮立ったら火を止めて、豚こま肉をいれてシャブシャブとし、湯を捨てる。

 

あとは豚肉以外の材料をいれ、5~10分、大方やわらかくなるまで煮る。

豚肉の粕汁 作り方

煮ているあいだに煮汁を少し器に取り、たっぷりの酒粕をふやかしておく。

 

野菜がやわらかくなってきたら、豚肉と、ふやかしておいた酒粕をいれる。

豚肉の粕汁 作り方

5分ほど煮て火を止める。

 

器によそい、たっぷりの青ねぎをかける。

豚肉の粕汁

材料は安く手に入るものばかりだが、酒粕のおかげで何とも上品になるのである。

 

あとは酢レンコン。

酢レンコン

皮をむき、5分ほど水にさらしたレンコンを、塩ひとつまみを振った水でさっとゆで、酢大さじ1、砂糖小さじ1、塩少々の割合の甘酢に、だし昆布、輪切り唐辛子と一緒にしばらく漬ける。

 

水菜のおひたし。

水菜のおひたし

水菜を塩ひとつまみを振った水でサッとゆで、水に取ってよくしぼり、かつお節と醤油をかける。

 

冷奴。

冷奴

味ポン酢と一味をかける。

 

すぐき。

すぐき

何もかけなくてもうまい。

 

酒はぬる燗。

酒はぬる燗

これをちびちび飲みながら、

「石けんなど使う必要があるのか」

と、ぼくは改めて思ったのである。

 

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さて「石けん」なのだが、先日ぼくは銭湯に行ったのである。

湯に浸かっていたら、隣にいた80歳くらいとおぼしき老人が、湯船の湯で顔を洗い、耳をこすった。

以前なら、ぼくは「マナー違反だ」と思ったかもしれないが、その時はそうはまったく思わなかったばかりか、むしろ親しみすら感じたのだ。

ぼくも家では同じようにしているからなのである。

 

ぼくは内風呂では腰だけ洗って湯船にはいる。

湯に浸かりながら顔と耳、首を洗い、頭を湯に突っ込んでゴシゴシとこすって、それだけで出てしまう。

前はタオルで体をこすっていたのだが、それも今はやめてしまった。

乾燥性湿疹の原因になることがわかったからだ。

 

体の汚れは、それで十分落ちるのだ。

ぼくは風呂で石けんを使わなくなってから、数年がたっているが、全く問題がないどころか、石けんを使っていたころには頭が痒くなったり、体が臭くなったりしていたのが、使わなくなってからはそれがすっかり解消している。

だから銭湯のお湯には、たとえかけ湯をしたにしても、たくさんの人の体の汚れがたっぷり溶け出していることになる。

耳をこするくらい何でもない話であって、それがマナー違反になるのは、ただ「気分の問題」なのである。

 

石けんは西洋から輸入されたものなわけだが、あちらは湯船に浸からず、シャワーだけで済まそうとするから石けんが必要なのではないだろうか。

湯船に浸かる日本人には、石けんなど必要ないと思えるのだ。

それをごていねいに多くの人が、石けんを使って体を洗う。

ぼくにはそれが、ただメーカーの宣伝に踊らされているだけとしか思えないわけである。

 

大規模な宣伝は、それが「宣伝」であることすら、わからなくなることがあると思う。

一種の「洗脳」といえると思うが、ぼくはそういうものからは醒めていたいと思うのである。

 

「でも女の人のシャンプーの匂いはいいよね。」

チェブラーシカのチェブ夫

それはたしかにそうなんだけどな。

 

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