ブログ読者の若いエリートサラリーマンと、大宮で酒を飲んだ。
話をして、「これからの時代は、やりたいことをやるのがほんとに大事だ」と、改めて思ったのである。
きのうは「大宮で飲もう」と決めていて、それも本当は、ブログ読者の人と飲んでみたい気がしたので、おととい、
「誰か一緒に飲みませんか?」
とツイッターで呼びかけてみたのだ。そうしたら、それは昨日の今日なのだから、あたりきしゃりきのコンコンチキだぜ、という話なのだが、誰からも申し出がなく、ショボンとしていた。
そうすると、夜の8時過ぎ、大阪に住む、以前飲んだことがある読者の男性が、「これから京都で飲む」とツイートしているのを発見した。
有名大学を出て、大企業に勤める、30歳のエリートサラリーマンなのだが、さすが賢いだけあり礼儀正しく、まわりに細かく気を遣う人なので、前に話をしたときも楽しく、
「ぼくも今夜は大宮で飲みますよ」
と返信すると、「ぜひ合流しましょう」という話になったのだ。
お店は「たこ焼き壺味」にした。
食事をしながら、ざっくばらんな話をするにはちょうどいい。それに壺味は、大宮通に向かって間口が大きく開かれているから、通りと店がほとんど一体化していて、大宮の街の様子もよくわかる。
まだそれほど混んでいなかったので、ゆっくりと座ることができた。
男性は、早速隣にいた若い女性に如才なく話しかけ、見ていて感心するほどうまい具合に話題を提供しながら仲良くなる。
お酒を奢ったりもして、みんなで乾杯。
食べたのは、まずはつなぎに、たこキムチ。
それから、男性が壺味が初めてだったので、ネギ焼き。
山のような九条ねぎを、30分ほどもかけてじっくり蒸し上げるこのネギ焼きは、壺味筆頭のおすすめメニューと言えるだろう。
男性は、東京の大学を出て、まずは大企業の東京本社に配属となった。それから大阪へ転勤となり、もう数年になるという。
「そろそろ東京へ戻って来いと、辞令が出ると思うんですけど・・・」
男性は、目線を下げ、手にしたハイボールのグラスを見つめながら言う。
「そうしたら、会社を辞め、自分で小さな飲食店を始めようと思うんですよ・・・」
大企業での仕事は、何年もの時間がかかり、大勢の人が関わる巨大なプロジェクトの中の、歯車の一つとして、上司に言われたことをその通りにこなすばかりで、もちろん給料はいいけれど、仕事にやり甲斐を見つけられない。
「それよりも、最初から最後までを、自分の目で見届けて、自分の手で動かしていくような仕事が、やりたいと思うようになったんですよね。」
男性は何より、食べることが好き、料理をすることが好き、人に食べさせることが好きだそうだ。
「何の興味も持てないことを、言われるがままにやるよりも、自分がやりたいことを、やる人生を送りたいと思うようになったんです・・・」
男性の決意は、すでに固いようである。
しかしそれは、大阪へ来て、初めて思えるようになったそうだ。
「東京という街は、『自分がやりたいことをするなど、考えてはいけない』と思わせる雰囲気に、覆われているように感じます。」
とにかくひたすら、まわりの空気を読み、上司や役員が喜ぶことをしないといけない。
上司に言われ、ある役員が「ご機嫌斜めになるから」と、現場で自分が確認した不都合を、あえて報告しなかったこともあったそうだ。
「だから役所が不正を行うなどのニュースを見て、会社に入る前は憤りを感じていましたが、今は役所の人たちの気持ちがよく分かるんです。皆、まわりに気を遣い、役所にとって良かれと思ってやっていて、それを自分の頭で判断するなどは、できなくなってしまっているんですよ・・・」
男性は大阪へ来て、飲み屋などで出会った人と話すようになり、ようやく、「それだけが人生ではない」と思えるようになったという。
「法やルールに則った統治」が前提の近代組織が、「空気」だけで動くようになってしまうと、そのようなことも起こるのだろう。
ぼくは男性の話を聞きながら、今の日本の縮図を見るような思いがした。
「それで一つ、相談があるんですが・・・」
男性は、こちらを見た。
飲食店を、どこで始めようか、考えているそうである。
「出身の地元へ帰る気も、東京へ行く気もせず、大阪か、またはここ京都・大宮などで店をやりたいと思うんですが、縁もゆかりもない人間が、たとえば大宮で店を始めたとして、地元の人に受け入れてもらえると思いますか?」
ぼくは少し考えた。
ぼく自身について言えば、もちろんこれは、飲食店の店主としてではなく、お客としての話だが、大宮の人たちに受け入れてもらっている。
初めのうちは、関西の飲み屋でどう振る舞っていいか解らなかったが、1~2年経つうちに、それにもずいぶん慣れてきた。
また大宮の飲食店店主でも、他府県出身の人は大勢いる。京都の人であっても、必ずしも大宮出身であるわけではない・・・。
ちょうど前に、壺味の大将がいたから、どう思うか聞いてみた。
「どうでしょう、ぼくも最近になって二代目として店を継いだばかりですから、よくわかりませんが・・・」
と言いながら、
「開業資金に、ある程度余裕があった方がいいかもしれないですね」
とのことだ。
「大宮は、お客さんが付いてくれれば、あとは自然に回っていきますからね・・・」
たしかに地元の流儀を飲み込むまでは、ある程度の時間がかかるだろう。
その間は、それなりの苦労もあるだろうが、そう難しい話でもなさそうな気もする。
しかしぼくは、考えているうちに、もっと大事なことがあることに気が付いた。
「どこで始めるにしても、それなりの苦労はあると思うけれど、一番『やりたい』と思える場所で、やるのが大事じゃないかと思うよ。自分で事業を始めようと思うなら、メリット・デメリットを考えてばかりでは、うまくいかない気がするな」
ぼくは言った。
自分で事業を始めれば、会社にいるときとは違い、指示する人は誰もいない。やることは、すべて自分自身で考えないといけなくなる。
苦労が色々あるのは、それは決まっているわけだが、それを自分で、乗り越えていかなくてはいけない。
その場合、「やりたいことをやる」ことが、いちばん力が湧いてくるのではないだろうか。
「ぼくも吹けば飛ぶような、零細文筆稼業だから、それは色々苦労はある。でもぼくは、やりたいことをやっているから、苦労を苦労と思わないよ・・・」
やりたいことをやろうとするのでなかったら、ぼくのような明日をも見えぬ生活には、なかなか耐えられないだろう。
そうやって話すと、男性は少し、納得したような顔をしていた。
酔いが回ってきたこともあり、ぼくはさらに先を続けた。
「これからの時代は、若い人が勇気を持って、やりたいことをやることが大事じゃないかと思うんだ・・・」
今日本は、暗い方向へむけ、まっしぐらに突き進もうとしているだろう。政権は、憲法9条のタガを外し、日本を本気で、戦争ができる国にしようとしているように思える。
それもこれも、政権が、まさにまわりの空気を読み、アメリカのご機嫌をうかがい、大企業のご機嫌をうかがい、としている結果だろう。
また返す刀で、政界の大物が、「中国と戦争をして勝つ」などと公言し、戦争にむけた空気を煽る。街には差別を煽動する発言があふれ、出版社は、さらにそれを煽り立てる出版物を発行する。
これらも全て、扇動者や出版社が、聴衆や読者の空気を読み、その人たちが喜ぶことをしようとする結果だろう。
日本はそうして、空気を読み、人に気を遣うことで、利益を手にする引き換えに、奈落の底へ、まっさかさまに落ちようとしているようにぼくには見える。
「でも今、そういう日本を変えるのは、なかなか難しいですよね?」
ぼくの意見に同意しながらも、男性は少し暗い顔をして聞く。
たしかに政財官学の日本の中枢が、あれだけまとまって、一つの方向に進もうとしている以上、これからしばらく国政選挙もないことを思えば、それを政治力を行使するなどのことで、変えるのは難しいだろう。
しかし日本を変えるのは、別の観点で考えれば、実はそれほど難しいことではない。
日本国民の一人一人が変わっていけば、結果として、日本は変わっていくのである。
「だから今、一人でも多くの人が、組織の中でまわりの空気を読むだけでなく、自分がやりたいと思うことを大事にして生きるようになれば、これから起こるかもしれない破局によるダメージを、少しでも小さくできるかもしれないし、破局のあとの復興も、いい方向に進んでいけるかもしれないよ。」
ぼくは言った。
「それには、まずは自分が変わることなんだよな。そうすれば、それを見て、まわりの人も変わるかもしれない・・・」
男性は、小さく肯いた。
その頃には、マチコちゃんとその仲間たちが流れてきて、壺味は大賑わいになっていた。
ぼくは男性に、マチコちゃんを紹介する。
「ぼくは、マチコちゃんのファンだったんですよ!」
男性は、さすがここでも如才ない。
マチコちゃんが主催する、9月6日の京都でのデモに男性を誘い、一緒に行くことになった。
やがて男性の終電の時間が迫ってきた。
「またぜひ話をさせてください!」
男性は暇を告げ、ぼくが頼んだネギ焼きの代金までを支払い、駅に向かって走っていった。
まだ少し食べたかったので、ぼくは期間限定メニューの「おばあの牛スジカレー」を頼んだ。
亡くなった先代が大好きだったのだそうで、既製のルーを使った、大将が「民宿のカレーみたいでしょう」と言う素朴な味だが、大量に入れられた牛すじの、甘いうまみが濃厚で、大変うまい。
それから少し、マチコちゃんたちと話して、ぼくは店を出た。
本当は、もう一軒回ろうかとも思っていたが、もう十分飲み、話もしたので、そのまま家に、まっすぐ帰った。
家であと2杯飲み、最近としては早めの2時に布団に入った。
これから日本は、どうなっていくのか解らないが、自分もできるだけのことはしたいと思いながら、眠りに就いた。
「楽しく話せてよかったね。」
ほんとにな。
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