魚屋に大羽のイワシがあったから、これを山椒煮にして肴にした。
魚の煮付けは、他の料理を作る時とはちがった頭の使い方をするのが、おもしろいのである。
ツイッターでフォローしている、料理をけっこうする人でも、魚の煮付けを作っているのを見かけることは少ないから、煮付けはおそらく、流行らない料理の一つとなっているのだろう。味がしょうゆ臭いばかりで魅力がないとか、作るのが難しそうとか、理由はあれこれ考えられるのだけれど、まあ、人のことはよく解らない。
しかしぼくは、煮付けを作るのは大好きである。
煮付けは、他の料理を作るのと、ちがった頭の使い方をする必要があるからだ。
世の中のほとんどの料理は、「レシピ」に書き起こすことができる。レシピは作業の手順を、過去から未来に順番に並べていったもので、まだ丸まんまの肉や野菜があれば、それを切るとか、鍋に材料と水を入れ、煮立ってきたら、調味料を入れるとか、基本的に現在の状態からのみ、次の作業が決まってくることになる。
もちろんレシピも、「料理を完成させる」という「未来」に、向かっているものではある。
でもそれは、「目的」としてレシピからは切り分けられ、レシピの内容に、未来があらわな形で入ってくることはない。
入れる調味料の量についても、通常の煮物なら、鍋に入れる水の量が決まれば、それで決まることになる。だから調味料を入れた時点で味見をすれば、大体の判断がつくわけだ。
ところが煮付けは、違うのである。
入れる調味料の量は、今現在の水の量とは関係ない。煮汁はほとんど煮詰めてしまうわけだから、煮終わったときに残す煮汁の、その量によって決まるのだ。
「煮終わったとき」という未来により、今現在を決めなければならないという、他の料理とは全くちがうことが、煮付けにだけは要求される。
これが、おもしろいのだ。
煮詰まり切るまで味が決まらず、あらかじめ味見をして判断することができないから、どんな味になるかが最後まで解らない。まず最終形の味を強くイメージして、調味料の量を決め、それを入れたら、あとは出来上がるのを待つだけとなる。
最後に味を見るまでの、ドキドキ、ワクワクとする感覚が、煮付けの醍醐味なのである。
ドキドキ、ワクワクすることなど、日常にそうそうはないだろう。でも、もししたくなったら、煮付けを作ればいいわけだ。
きのうは魚屋に、大羽のイワシがあったから、それを煮付けることにした。
イワシとサンマは、「弱火でコトコト長時間煮る」という煮方があり、これが、味がしっかりしみながらプリプリに仕上がり、とてもとてもうまいのである。
一般に魚は煮過ぎてしまうと脂が抜け、モソモソになってしまう。だから普通は、煮時間は10分程度、そのあと煮汁に浸しておき、味を染みさせることになる。
ところがイワシとサンマは、脂がたくさん含まれているからだろう、弱火で煮れば、たくさん煮てもモソモソにならない。
ただしこれは、火ができるかぎり弱いことが大事であり、ちょっと火を強めてしまうと、温度が上がるからだと思うが、すぐに脂が抜けてしまう。
最悪なのは、圧力釜を使うことで、仕上がりはモソモソの極致となる。
弱火で煮ると時間はかかるが、別にすることはないのだから、仕事なり読書なり、他のことをしていればいいのである。
イワシは、頭を落として腹を裂き、ワタを取り出してよく洗う。小さめなのならそのままでもいいし、大きい場合は3つくらいの筒切りにする。
これを、だし昆布を敷いた鍋に並べ、イワシがかぶるくらいの水を入れる。きのうはイワシが少なかったが、本当は、鍋に隙間なく並ぶくらいのイワシの量が、作るには効率がいい。
入れる調味料は、まず酒とみりん、砂糖としょうゆはそれぞれ大さじ3ずつなのだが、しょうゆだけは、後から足していくようにする。しょうゆを後から足すのは、味をしみさせやすくするのと、しょうゆの風味を残すためだ。
その他に、きのうは冷凍してあった実山椒を入れたのだが、なければたっぷりのショウガを刻んでもいい。
それに骨を柔らかくするため、酢を大さじ1入れる。
しょうゆ以外の調味料を入れて火にかけて、煮立ったら弱火にする。
出てきたアクをていねいに取り、落しブタをして15分くらい煮る。
火加減は、弱いことが大事で、フツフツと小さく煮立つくらいでいい。
15分たったら、しょうゆ大さじ2を入れて、コトコト煮る。
入れる水の量にもよるが、1時間以上は煮る必要がある。
もし1時間以内で煮汁がなくなってしまうようなら、水を足すようにする。
ドロリとした煮汁が少し残るくらいになったら、しょうゆ大さじ1を入れ、一煮立ちさせて火を止める。
スプーンで煮汁を上からかけ、煮汁を全体に絡めるようにする。
味がしっかりしみ、プリップリなのにやわらかく、さらに骨まで食べられる。
この上ない酒の肴になるのはもちろん、ご飯にもいいはずだ。
あとはナスの赤だし。
だし昆布を敷いた鍋に水を沸かし、赤出しみそ(八丁みそ)と酒、少しのみりんで味をつけ、ナスと油あげをナスがやわらかくなるまで煮、しめじを加えてさらにサッと煮て火を止める。
お椀によそい、削りぶしと青ネギ、一味をかける。
ゴーヤとトマトのツナマヨ和え。
ゴーヤは縦半分に割ってスプーンでワタをかき出し、薄く切って塩もみし、5分くらい置いて水洗いして水気を拭き取る。
8等分のくし切りにして種を除いたトマトと合わせ、ツナとマヨネーズ、塩コショウで和える。
オクラの冷奴。
オクラはまな板で塩を振ってズリズリし、サッとゆで、常温で冷まして小口に切る。
削りぶしとしょうゆで和える。
酒は、冷や酒。
おいしい酒が飲めるのは、幸せなことである。
「煮付けは奥が深いんだね。」
ほんとなんだよ。
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