醤油味には、無限の世界があるのである。
「煮付け」は、この無限の世界を最大限に活用した料理法なのだ。
「醤油」といえば、「こいくち醤油」と「うすくち醤油」があることくらいは知っているが、味はその2種類だけだと思っている人は多いと思う。
しかし実は、「醤油味」には無限の世界があるのである。
こいくち醤油とうすくち醤油の味のちがいは、まあ「ほとんどない」とも言えるのであり、風味のちがいは多少はあるが、基本は「色のちがい」である。
野菜などを色よく仕上げるためにうすくち醤油を使うので、京都でも、うすくち醤油は使わずに、こいくち醤油を少し使い、あとは塩で補う、というやり方をする人もいる。
それよりも、醤油の味のちがいは「甘み」によって生み出される。
砂糖やみりんなどの甘みをどの程度加えるかにより、醤油味は無限の広がりをもつのである。
甘みをまったく加えないと、「吸物」の味になる。
吸物は、醤油と塩だけで味付けする。
それから甘みを少しだけ加えると、「うす味」になる。
これはうどんだとか、おでんだとかの出汁の味だ。
さらに甘みを加えていくと、「こってり味」になる。
これが魚の煮付けなどの味になる。
これらはいずれも、同じ醤油を使った味だが、それぞれで異なった役割を果たしている。
だしの風味を味わうには、吸物味が適当だし、野菜を煮炊きするにはうす味がいい。
さらに魚や肉を煮るのには、こってりした味がいい。
同じ醤油が、甘みの加減一つによって、ちがった材料に合うようになるのである。
これが西洋の場合なら、全くちがうソースを使うことになるのではないだろうか。
詳しいことは知らないから、多少見当はずれかもしれないが、スープはポタージュで、野菜はトマト、肉はドミグラスなど・・・。
いずれにせよ、西洋では材料によって、ちがったソースを使い分けるはずである。
それにたいして日本の醤油はそれだけで、甘みを変えることにより、どんな材料にも合わせられるということなのだ。
醤油は中国で発明されたと思うけれど、中国は、味つけをするのに西洋に近い考え方をするのではないだろうか。
中国では、料理には甘みをあまり入れないから、日本のような醤油の使い方はしないはずである。
その分中国には、豆板醤だの甜麺醤だの、「醤」が様々な種類あり、これを料理によって使い分ける。
日本のこの醤油の使い方は、日本人により、発明されたのではないかと思うのだ。
さてこの醤油味の変化について、2つの意味での「無限」がある。
まず第一に、甘みの量は、いくらでも少しずつ、変えることができるということだ。
だから醤油の味は、「吸物」「うす味」「こってり味」の3つだけがあるのではなく、その中間に、無限の数、いくらでもちがった味があることになる。
さじ加減一つで、味が変化していくわけである。
さらに甘みは理論上、無限に入れることができる。
甘みと醤油の組み合わせは不思議なもので、甘みをたくさん入れると、その分醤油をたくさん入れれば、「甘くなる」のではなく、「よりこってり」していくのだ。
水に溶かせる砂糖の量には、自ずと限界があるけれど、さらにこれを「煮詰める」という方法がある。
煮詰めて水分を減らすことで、こってり度はいくらでも増すことができるのである。
このように日本の料理は、醤油と甘みによるこの2つの無限により、あらゆる材料に対応できるようになっている。
このことは何となく、「墨絵」と似ている感じがしてきはしないだろうか。
墨絵は墨の濃淡で、すべての色を表現する。
醤油の味の濃淡で、すべての料理を作ることと、根本の精神は同じであるように思うのである。
そして「煮付け」は、この醤油による味つけの妙を、最大限に活かした料理法だといえる。
煮付けは汁を飛ばしながら煮詰めていくことになるから、そのあいだにこってり度の中間地点を、次々と通過してくことになる。
どの程度煮詰めるかで、こってり度はいくらでも変わっていく。
ここに煮付けの、難しさとともに、面白さがあると思うのである。
というわけで、昨日は魚屋へ行ったら、ハマチの切り身がなんと100円で売っていたから、これを煮付けにすることにした。
ちなみにハマチは今が旬で、これからだんだん大きくなって、年末頃にはブリになると、魚屋の女将さんは言っていた。
切り身を煮付ける場合には、かならず皮に切込みを入れておくようにする。
これは味をしみさせるためと、皮が縮んで身が反ってしまわないようにするためである。
鍋にだし昆布を敷き、魚を入れる。
煮付けの時は、ゴボウや里芋をいっしょに炊き込むと、またうまい。
酒を1/2カップと水1カップ、砂糖とみりん、醤油をそれぞれ大さじ3。
強火にかけて、アクが出てきたらていねいに取り、味を見て、砂糖か醤油を加減する。
ここから煮詰めていくことになるが、大事なのは火加減である。
魚の煮時間は、基本は10分。
それ以上煮るとパサパサになってしまう。
だから煮詰め加減は時間でなく、火加減によって調整する。
落としブタをして、煮汁がきちんと上まで回る、中火程度の火加減は維持しないといけないけれど、火をそれより強くすれば、たくさん煮詰まってこってりし、弱めにすれば、あまり煮詰まらずにあっさりすることになる。
この火加減に、煮付けのツボがあるのである。
10分経ったら魚をとり出し、煮汁を少し水でうすめてそうめんを煮る。
そうめんは、ゆでたのを煮汁で温めるようにしてもいいが、こうして乾麺を直接煮てしまってもいい。
ちなみにこれは、ぼくが勝手にやっているのではない。
京都の料亭で仕事をしていた人から、料亭ではこうやることもあると聞いたものだから、心配は不要である。
皿に盛り、好みで青ねぎや七味をふる。
魚の煮付けは、本当にほっくりする。
ねっちりと煮えたそうめんが、またいいのである。
あとは水菜の吸物。
とうとう八百屋に水菜がならぶ季節となった。
水菜といえば、まずはこれが、一番うまい。
一番だしに酒とうすくち醤油、それに塩で吸物の味をつけ、油揚げと水菜をサッと煮る。
本当は柚子の皮を散らすとうまいが、昨日は一味をちょっぴり振った。
厚揚げの焼いたの。
フライパンでこんがり焼き、おろしショウガと青ねぎ、それにポン酢醤油をかけて食べた。
これは何度食べても、全く飽きないのである。
キュウリのポン酢醤油。
スリコギで叩いてちぎったキュウリを、ポン酢醤油に30分ほど浸しておき、一味をふって食べる。
これは昨日はじめてやったが、けっこううまかった。
手間はかかるが塩もみしてからポン酢に浸せば、もっとうまいのではないかと思う。
酒は日本酒。
昨日は料理をするあいだに焼酎水割りを4杯も飲んでしまったから、日本酒は2合にしておいた。
「煮付けはいかにも日本人って感じがするね。」
オレもほんとにそう思うんだ。
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コメント
煮魚に豆腐を入れると美味しいと
以前におっしゃっていたので
最近は煮魚と豆腐はセットになってます!!
そうめんは まだやったことないですけど♪
前回の記事
おかしくておかしくて・・・(失礼!)
脳内で作業されていたのですね!!
こんなふうに あれこれ悩んでもらえて
元カノさんも嬉しいでしょうね
そして最後のチェブ夫君の言葉
思わず大爆笑
いや~~高野さんってさすが文筆家ですね
辛い失恋で重くなりがちですが
立ち直っていかれる姿に拍手です