ツェッペリンはいいのである。(和風麻婆ナス第2弾)

2015/09/26

 
和風麻婆ナス第2弾で酒を飲んだ。

和風麻婆ナス

レッド・ツェッペリンはいいのである。

 

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昨日も仕事を終えて家へ帰ると、まず飲むのである。

「他にすることはないのか」と我ながら思うところはあり、本を読むなり、もう少し生産的なことをすれば、ぼくも多少はちがった人生を歩めるだろう。

 

でも好きなのだから仕方がない。

酒を飲み、横に気の利いた女でもいて、それで一生を暮らせるならば、ぼくはそれが一番いい。

しかしそういう訳にも行かないから、あれやこれやとやるわけである。

 

飲みながらツイッターを眺めていると、ポールの話題がふたたび出ている。

チケットを買っていた人がいるらしい。

何を隠そう、ぼくはポールが初来日した時、チケットを買っていたのである。

高校生だったのだが、中学のときビートルズに強烈にハマり、友達と協力してアルバムも全てそろえて聴き込んでいたから、いよいよ生のポールを見れるというのに胸を膨らませに膨らませていた。

ところがポール、日本に入国した途端、麻薬で捕まりよったのだ。

 

朝起きて母親に、

「ポールが捕まったよ」

と聞いたときの驚きと落胆は、今でも忘れられない。

それが今回、ふたたび公演中止だというから、

「またやらかしよった」

と、ぼくは苦々しく思うのである。

 

ビートルズ、そして太宰治とともに思春期を過ごしたぼくなのだが、高校のある時期になり、それはどちらもパタリと興味がなくなった。

ビートルズは、エレキギターを弾きはじめ、バンドも組んだぼくにとってサウンド的に物足りなくなったということもある。

でもそれだけでなく、ビートルズにしろ太宰治にしろ、あの社会にたいして少し斜にかまえたような姿勢に惹かれるということは、思春期特有の「はしか」のようなものだったのではないかと今は思う。

 

それからは、「レッド・ツェッペリン」である。

ツェッペリンは今に至るまで、「もっとも好きなミュージシャン」であり続け、作品は今でもしょっちゅう聴く。

ビートルズが、ぼくにとってはもう「歴史的」な価値しかないのにたいし、ツェッペリンは今でも古びず、「かっこいい」と思う。

昨日も夜中になって動画を見はじめたら、何度見てもやめられず、寝るのが大幅に遅れてしまった。

 
 

ツェッペリンがいいところは、サウンドの「かっこよさ」をひたすら追求したところである。

ビートルズとは異なり、社会的な意味付けなどをすることが一切なかった。

またある特定の「ジャンル」におもねることが全くなく、自分たちの発想を信じ、それをつらぬいた。

ツェッペリンのあとに、「ヘビメタ」など新たな多くのジャンルが生まれている。

 

さらに特筆すべきなのは「演奏」で、リーダーでギタリストのジミー・ペイジはもちろんのこと、ドラマーのジョン・ボーナム、ベースのジョン・ポール・ジョーンズ、ボーカルのロバート・プラントの全員が、演奏レベルがきわめて高く、しかも個性的である。

イギリスで、「もっとも偉大なロック・ミュージシャン」をギターやドラムなどパートごとに投票を募ったところ、すべてツェッペリンのメンバーが1位となったこともあったそうだ。

楽器がギターにベース、ドラムの3つだけとは思えないような、迫力のある音を出す。

 

しかも演奏の進め方が、ライブ映像を見るとわかるのだが、実に「自由」で、まるでバンド全体が「一つの生きもの」のようなのだ。

あらかじめ決められている部分が少なく、「即興」で演奏が展開していく。

ジミー・ペイジがリードしてはいるのだが、ジミー・ペイジの演奏のちょっとした変化に、メンバーのそれぞれが自分なりの反応をし、それがバンドの音に、大きなうねりを生み出していく。

 

演奏の途中で「無音」状態になることも少なくなく、ロックが「決まった速度のビートにしたがう音楽」であるという常識からも、完全に自由である。

ツェッペリンは、高い技術力を背景に、「ロックの常識を次々とくずしていった存在」だといえると思う。

 

そんなことを動画を見ながら酔った頭で考えていたら、気付いたら深夜2時をとうに回っていたということである。

早く寝ればいいのに、全く余計なことばかりしているぼくだ。

 

ちなみに上の動画以外に、もしツェッペリンに触れたいと思えば、入門としてはこれがいい。

CDだから手頃だし、ツェッペリンの「かっこよさ」が、一番ストレートに出ていると思う。

 

それからツェッペリンの醍醐味である「ライブ」はこれ。

値段は多少張るが、初期の、勢いのある演奏を堪能できる。

 

さて昨日酒の肴としたのは「和風麻婆ナス」第2弾。

和風麻婆ナス

ナスに鶏そぼろあんをかけようと思っていたのだが、ひき肉が豚しかなかったため、これになったのである。

 

初めに考えていたのは、ナスの皮をむいて下ゆでし、厚揚げ、鶏ひき肉と薄味のだしで煮て、最後にトロミを付けるというもの。

これはこれでうまかったに違いないが、豚ひき肉を使うのなら、もっとガッツリ味を付けたほうがいいだろう。

となれば「和風麻婆ナス」という話になる。

 

ただし今回は、前回とは趣向をかえ、しょうゆで味を付けることにした。

また元々あんかけにするつもりだったこともあり、トロミは付けることにする。

 

まずナスを大きめの乱切りにし、水でゆでる。

和風麻婆ナス 作り方

やわらかくするというよりアクを抜くことが目的だから、ほんとに1~2分、サッとゆでるだけでいい。

 

フライパンにゴマ油を入れて強火にかけ、まず豚ひき肉100グラムをよく炒める。

和風麻婆ナス 作り方

肉汁が飛んだところで、輪切り唐辛子を入れて少し炒める。

 

酒とみりん、しょうゆ大さじ2ずつ、砂糖大さじ1、オイスターソースとおろしショウガ小さじ1ずつを入れ、すこし炒める。

和風麻婆ナス 作り方

 

水1カップ半を入れ、下ゆでしたナスと一口大に切った厚揚げを、10分ほど、ナスがしんなりするまで中火で煮る。

和風麻婆ナス 作り方

 

強火にし片栗粉と水大さじ1ずつを混ぜあわせた水溶き片栗粉を、混ぜながら少しずつ入れる。

和風麻婆ナス 作り方

酢小さじ1を入れて火を止める。

 

オイスターソースを除けば和風調味料だけを使うが、味に足りないところはない。

和風麻婆ナス

厚揚げとナスも、「やわらかい物同士」で相性がいいのである。

 

あとはレタスの酢の物。

レタスの酢の物

レタスを酢の物に使うのは、マジでいい。

 

大きめにちぎったレタスは、一つまみの塩で揉み、5分ほどおいてから水で洗って、よく絞る。

ミョウガとちくわは薄切り、昨日はさらにホタテを入れたが、これは入れなくてもいいし、ちりめんじゃこなどでもいい。

材料を器に合わせ、砂糖小さじ3と酢大さじ3を入れて一旦混ぜたあと、塩少々を味を見ながら加えていく。

 

それから一昨日のタケノコとえんどう豆のじゃこ煮。

タケノコとえんどう豆のじゃこ煮

 

とろろ昆布の吸物。

とろろ昆布の吸物

 

すぐき。

すぐき

 
 

酒は冷や酒。

酒は冷や酒

一杯飲み、「まだ肴があるから」ともう一杯飲むのだが、何を隠そう、肴はすぐになくならないよう、わざとチビチビ食べるのである。

 

「ちゃんと仕事もしないとね。」

チェブ夫

そうだよな。

 

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