ひとりの酒は妄想するのがたのしいのである。(豚肉の卵炒め)

2014/04/25

昨日は豚肉の卵炒めを肴にし、再びパソコンを消して酒を飲んだ。

豚肉の卵炒め

ひとりの酒は、あれこれと妄想が浮かぶのがたのしいのである。


 
「晩酌をパソコンを見ながらしてしまうと料理をきちんと味わえない」ということで、先日から晩酌のときには、パソコンを消すようにし始めたのだけれど、これがなかなかいいのである。

コメントで「寂しくないですか?」と聞かれたりもしたのだが、そんなことは全くなく、料理に集中できるからむしろ満足感は高くなる。

昨日も「うめーなあー、うめーなー」と、またブツブツつぶやきながら酒を飲んだわけで、我ながら単純で、脳天気な人間だとおもう。

さらに酒が進むにつれ、酔った頭にあれこれ妄想が浮かんでくるようになるのだが、これがまた、さらに気分がいいわけなのだ。

 

昨日の妄想のきっかけは、「皿数」だった。

ぼくはお膳にたくさん皿が並んでいると「幸せが増す」と感じたのだ。

昨日にしても、たとえば赤だしを作ったのだから、そこに白菜なり、豆腐なりを入れてしまっても、料理としては悪くない。

でもそれよりも、赤だしは麸だけを具にしておいて、白菜をおひたしにしたり、豆腐は冷奴にしたりして、箸がそれらの皿を行き来するほうが、食べる満足感が高い。

 

これは日本人には共通した感覚なのではないかとおもうのだが、外国人は、また違った感覚を持っているようだ。

以前ツイッターで外国人が投稿する料理写真を片っ端からながめたことがあるのだけれど、西洋・アメリカの人たちはもちろん、東南アジアの人たちでも、ほとんどが「ワンプレート」だった。

ぼくもかぶれて、一週間ほどワンプレートにしてみたことがあるのだが、読者の人からは不評だし、自分でもあまりおいしそうに見えないからやめてしまった。

食文化は人間にとって基本中の基本だから、この「日本と外国の皿数のちがい」は、何か大きなものを意味しているのではないかと昨日おもったわけである。

 

一つの可能性として、例えば西洋のコース料理などは、ある時に目のまえに置かれる皿は一つだけれど、それが次々と取り替えられるわけだから、複数の皿を時系列上にならべるのか、それともお膳のうえにいち時にならべるのかの違いだけとも考えられる。

もしそうなら、結局は両者はおなじもので、大した違いとはいえないことになる。

でもそういうことでもないようだ。

外国人が「全ての食べものを一つの皿にならべたい」と思うという話を聞いたことがあるからだ。

 

話を聞いたのは、ヨーロッパに住む、ヨーロッパ人のご主人をもつ日本人の女性からで、その女性が日本式に小鉢をならべて食事を出すと、ご主人は嫌がるのだそうだ。

そうではなく、小鉢にならべていたものを一つの皿にならべ替えて出されると、ご主人はようやく満足し、食べはじめるのだと聞いた。

ご主人は、小鉢がたくさんあったのでは、「食べた気がしない」のだそうだ。

これを見ると、やはり外国人と日本人とのあいだで、食事の満足に「皿が一つのほうがいい」「たくさんあったほうがいい」の感覚の違いがありそうである。

 

この感覚の違いがどこから来ているのかと考えたとき、思い浮かんだのは「宗教」だ。

外国では多くが、神様は一人の「一神教」であるのにたいし、日本は「八百万の神」である。

日本人が神様も仏様も一緒くたにして拝むことに何ら抵抗を感じないのにたいし、外国では神様をめぐって戦争をしたりする。

宗教も、人間の「幸せ」に大きく関係してくるものなわけだから、この神様の数と、食事の際の皿数も、何か関係があるのではないかとおもったのだ。

 

しかし外国の宗教も、元は古代ギリシアなど、多神教だったわけである。

それが2千年くらいまえ、キリスト教の登場で一神教がはじまった。

そうなると、逆に世界のなかで、日本が一神教への移行を果たしていないということではないのか?

もしかしたら日本は世界のなかで、2千年ほど時代遅れだということなのではないか?

 

「でも時代遅れも2千年なら、むしろ『新しい』かもしれないな・・・」

時代遅れも極めれば、最先端になるかもしれない。

昨日ぼくは、酔っ払った頭で、そのようにおもったのである。

 

というわけで、我ながら結論のない、訳のわからない妄想を長々と書いてしまったわけなのだが、「豚肉の卵炒め」である。

豚肉の卵炒め

昨日はブログ更新に時間がかかり、買い物へ行けなかったので、有り物で何とかしたという話だ。

 

冷凍庫に豚のコマ肉が入っていたから、これを何とかしたいとおもったわけだが、豚肉のおいしい食べ方としては、やはり「炒める」ことがある。

ネギや玉ねぎと炒めると、また相性もいいのである。

下仁田ねぎの青いところが残っていたから、それと炒め合わせることにしたのだけれど、それだけだとちょっと寂しいなとおもい、卵を加えることにした。

卵はどんなものに加えても、味をほっこりやわらかくしてくれる、まさに万能選手なのだ。

 

豚肉は、しょうゆとあまり相性がよくない。

しょうゆは隠し味程度に使い、塩をベースの味付けにするのがおすすめである。

 

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さて豚肉だが、解凍するには、時間をかければかけるほど味が落ちない。

本当は、冷蔵庫に丸一日いれておくのが最もおすすめになるのだけれど、そこまではできない場合は、「流水解凍」でもいい。

水をたらした器にいれておくと、20~30分で解凍できる。

豚肉の卵炒め作り方1

お湯を少しまぜ、夏場くらいの水温にする分には問題ない。

 

この豚コマ肉、昨日は200グラムを使ったのだが、これをサラダ油少々で、中火で炒める。

豚肉の卵炒め作り方2

豚肉の色が変わったら、サッとひと混ぜしたあとざく切りのネギを炒め、つづいて合わせ調味料をいれる。

合わせ調味料は、酒大さじ2、砂糖としょうゆ、オイスターソースを小さじ1、塩とおろしショウガを小さじ1。

ねぎの白い部分や青ねぎを使うのなら、全く炒めず、合わせ調味料をいれたあとで加えるのでいい。

 

そのまま少し炒め、肉に味をしみさせて、溶き卵2個分を流し入れる。

豚肉の卵炒め作り方3

あまり細かく混ぜてしまわず、大きめにまとめるようにして皿に盛る。

 

七味をふって食べる。

豚肉の卵炒め

豚肉に卵は「お好み焼き」の定番コンビでもあるわけで、相性がいいのである。

 

それから昨日は、麸の赤だし。

麸の赤だし

二番だしに赤だし味噌を溶きいれ、水でしぼった麸を浮かべ、青ねぎと一味をふる。

 

白菜のおひたし。

白菜のおひたし

葉と茎を分け、ざく切りにした白菜を、塩一つまみをふった湯で、まずは茎、つづいて葉をサッとゆで、水に取ってよくしぼる。

昨日はかつお節としょうゆ。

ちりめんじゃこに味つけポン酢でもうまい。

 

冷奴。

冷奴

一味と味つけポン酢をかける。

 

だし殻昆布とかつお節の佃煮。

だし殻昆布とかつお節の佃煮

だしがらの昆布とかつお節を、水2分の1カップ、酒とみりん、砂糖を大さじ1、しょうゆ大さじ1弱で、弱火で完全に汁気がなくなるまで煮る。

 

酒は焼酎お湯割り。

酒は焼酎お湯割り

炒めものには、「やはり焼酎」という気分である。

 

「おっさん、今日はグダグダだね。」

チェブラーシカのチェブ夫

昨日ちょっと根を詰めすぎてしまったからな。

 

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体のためには、食べたいものを、食べたい時に、食べたいだけ食べるのがいい、というわけで、昨日は豚玉ネギ炒め丼をガッツリと食べたのである。

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