東京から京都へ移住すると学ぶことが多いのである。

2014/08/29

ぼくは5年前に、東京から京都へ移住した。

浴衣祭

移住すると、学ぶことが本当に多いのである。

 

 

Iターン、Uターンは、一つの流れになっているようで、最近でも、著名な若いプロブロガーが、奥さんと小さなお子さんを連れ、東京から高知へ移住した。

京都にも移住者は少なくなく、京都への移住を手助けする団体もあるようだし、

京都大宮の飲み屋街で出会う人達も、ちゃんと数えたわけではないから正確なところは解らないが、半数近くが、移住者ではないだろうか。

ぼくもそういう意味では、東京から京都への移住者の一人と言える。

移住すると、学ぶことが本当に多いと、つくづく感じているのである。

 

■京都へ移住したきっかけ

京都へ移住することを決めたのは、「京都に住んでみたかった」からである。札幌で生まれ、4歳から40過ぎまで東京で暮らし、その間、仕事や旅行で北海道・東北・関東甲信越へ行く機会は多かった。

転勤で名古屋へ行き、中部圏は色々と回ったし、また広島にも2年いたので、中国・四国・九州へはひと通り行った。

関西と沖縄だけが、仕事で時たま来ることはあったけれど、基本的に未知の世界で、特に関西は、テレビなどで関西の芸人を見かけることはあっても、どういう価値観、文化のもとで人々が暮らしているのか、よく解らなかった。

 

そこへたまたま、勤めていた会社を辞めることと相成った。どうするかは、具体的には何も決めていなかったけれど、もう会社勤めはせず、自分で執筆業をするつもりでいた。

そうなれば、自分の意思で、住む場所を決められることになる。

それまで親の都合か、または会社の都合でしか住む場所を決めてこなかったぼくにとって、これは初めての経験だった。

 

純粋な希望を言えば、京都に住んでみたかった。旅行や出張で行くのでなく、実際に住んでみない限り、その土地について解らないことがあるのは、名古屋や広島に住んでみて実感したことである。

関西の、文化や価値観に触れてみたい・・・。

関西の文化的な中心といえば、やはり京都になるだろう。

 

しかし「住みたい場所に住む」などということを、してもいいのか、確信が持てなかったのは事実である。それよりも、もし執筆業をするのなら、出版社がたくさんある東京に住むべきではないだろうか・・・。

そのとき背中を押してくれたのは、友人・知人で、京都に住む友人は、「京都に住めば、ネタがたくさんあるからブログをやるにもメリットがある」と勧めてくれた。

またお世話になっている生物学者も、「べつに東京に住まなくても執筆業はできる」と言ってくれ、それで移住を決意した。

 

今は京都へ移住して、本当によかったと思っている。

学ぶことが、それこそ山のようにあり、毎日が発見の連続だからだ。

 

■実際に移住してみて

移住をすれば、新しいことを学べるのは、言うまでもない話だろう。異なった文化・価値観の中で生活するわけだから、それを吸収し、理解しようとすることに、「終わりはない」とも言えると思う。

だから逆に言えば、「学ぼう」としない人には、移住は難しいことになる。

京都へ移住して来た人の多くは、京都の文化に馴染んでいるけれど、自分の価値観から離れられず、けっきょく京都に馴染めずに、元いた場所へ帰っていった人も、少数ながらいることをぼくは知っている。

 

特に東京と京都は、文化や価値観が大きく違うのではないかと思う。民俗学では、東日本と西日本とは、「元々はちがう民族だった」とも言われているそうで、ぼくもそれには同意したい。

ちがうと思うところは多々あるけれど、一つの代表例と言えるだろうと思うのが、「会話のスタイル」だ。

「ボケとツッコミ」のようなことが、ぼくは未だにうまくできない。

 

きのうも浴衣祭で仲間と話しているときに、そういう話になった。

浴衣祭

たまには浴衣を着るのもいいのである。

ぼくは誰かがボケたことに気が付かず、普通に「へー、そうなんだー」のように、スルーして返してしまうことが多い。

そうすると、それは京都の人にとっては、「受け答えに心がこもっていない」と映るそうだ。

「何と答えればいいの?」と聞くと、「『そんなわけないだろう』、とかさ」とのことだった。

 

その場にいた、新潟からの移住者も、やはり同じ指摘をされていた。だからおそらく、このボケとツッコミが解らないのは、東日本からの移住者の共通の特性ではないだろうか。

京都で生まれ、京都で育ったマチコちゃん(お世話になっている喫茶店「PiPi」の店主)などに至っては、

「私から見ると、(名古屋からの移住者である)池井くん(36歳)は16歳、高野さんは9歳、そして(その新潟からの移住者25歳)は、7歳に見える」

とのことである。これには参った。

 

ぼくはあと10年経っても、自分がボケとツッコミができるようになるとは思えないのだけれど、べつに、それはそれで、いいのである。

解らなくても、「学ぼう」としている限り、京都の人は、みな温かく迎えてくれる。

 

実際に移住を考える場合には、「仕事をどうするか」が大きなネックになるだろうけれども、これは「意外に何とかなる」と、ぼくは自分の経験で思う。

特に東京からならば、京都を初め、地方は家賃がかなり大きく圧縮できるし、

もし移住を考える人がいたら、全力で背中を押したいと、ぼくは思うのである。

 

「いい人ばかりでよかったね。」

チェブ夫

ほんとにな。

 

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一人暮らしはシェアハウスなどでなく、京都大宮のもっと安いマンションに住み、浮いたお金を飲み屋で飲むのに使ったらいいのである。

心温まる送別会に参加して「京都大宮に住んでつくづくよかった」と思ったのである。

京都大宮を離れることはもうできなくなっているのである。

京都大宮で暮らすのは何とも幸せなことである。
 

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