鍋料理は、もっとも簡単にできる料理の一つです。起源は土鍋ができたときでしょうから、日本なら縄文土器が発明された、1万6000年くらい前にさかのぼれるのではないでしょうか。
江戸時代でも、囲炉裏にかけた鍋で汁物をつくるのが、家庭料理の基本だったみたいです。なのでべつに今だって、毎日鍋料理を食べていたってちっとも悪くないわけです。
鍋料理は、鍋一つを使ってつくる料理で構成としては単純ですが、具材の組み合わせをかえることで、無数ともいえる味のちがいを生み出せます。
初心者は、鍋料理を徹底的に研究し、その可能性を追求するのも、またたのしいのではないかとおもいます。
鍋料理の種類
鍋料理には、大きく分けると2種類あります。
1 味をつけない汁で煮てタレで食べるもの
水に酒をくわえたもの、または昆布などのだしで、味をつけずに具材を煮るもの。タレは味つけポン酢が基本ですが、ごまダレなども使われます。
牛肉または豚肉が使われる場合は「しゃぶしゃぶ」、鶏肉を使う場合は「水炊き」、タラや鯛などを使う場合は「ちり鍋」と、ちがった呼ばれ方がされますが、料理法としてはおなじです。
2 味をつけた汁で煮るもの
十分食べられるだけの味をつけた煮汁で煮るもの。
味つけによって、寄せ鍋(しょうゆ味)、土手鍋(みそ味)、キムチ鍋、トマト鍋、カレー鍋などと分かれます。
常夜鍋(じょうやなべ)は豚肉とほうれん草を、水と酒で煮てポン酢で食べます。
なので基本はしゃぶしゃぶなわけですが、ほうれん草をつかう場合にのみ、特に別名がつけられている珍しい鍋料理です。
常夜鍋の起源
常夜鍋の起源については、一般にあまりよく分かっていないみたいです。筆者がブログに書くまでは、Wikipediaにも「旧制高校の寮生がはじめたともいわれている」というのしか書いてありませんでした。
「常夜鍋」という名前についても、「毎日食べても飽きないから」などとなっています。
でも常夜鍋は、北大路魯山人がはじめて紹介したものです。
なぜ「はじめて」といえるかといえば、魯山人は常夜鍋について雑誌か何かの記事で書いているわけで、あのプライドが高い魯山人が、ひとの二番煎じをやるとは思えないからです。
魯山人は、表記を、おなじ読み方をする「宵夜鍋」と書いています。それが伝わっていくうちに、誰かが「宵」を、おなじ読み方で字の形も似ている「常」とまちがえ、それが広まってしまったのではないしょうか。
魯山人によれば宵夜鍋は、「中国から伝わった」のだそうです。実際中国語で「宵夜」は「夜食」の意味で、香港などには夜食として鍋料理や汁麺・おかゆなどを食べさせる店がたくさんあるとのこと。
常夜鍋の起源がそこにあるのはまちがいのないところでしょう。
常夜鍋は代表的な「ひとり鍋」
常夜鍋は、代表的な「ひとり鍋」です。鍋料理は、上の分類と別の分け方をすれば、「家族の鍋」と「ひとり鍋」と、2種類あります。
家族の鍋の特徴
家族の鍋は、具材の種類を非常にたくさんいれることが、まず特徴です。一般に日本の料理は、油を使って炒めることをしないため、重層的な構造を構築できず、たとえば中国料理の八宝菜のようにあれこれの種類の具材を入れると、メリハリのない、のんべんだらりとした料理になってしまいます。
でも鍋料理は煮えばなを食べるため、何であれとりあえずおいしいからでしょう、家族の鍋には、「これでもか」というくらい、具をあれこれ入れると思います。
またそれを、鍋奉行が仕切ったりして、イベント的な盛り上がりをするのも家族の鍋の特徴です。
ひとり鍋の特徴
ひとり鍋は、家族の鍋とはまったくちがいます。具材は2種類が基本で、多くても3種類。ひとりだと、具材をあれこれ買い込んでも使い切れず、ダメにしてしまうことになりますし、作るのも食べるのもひとりなので、具材がたくさんあると作るので忙しくなってしまい、落ち着いて食べられないからです。
またひとり鍋は、しんみりと食べることも大きな特徴。
食に大きな興味をもっていたことでも知られる時代劇作家の池波正太郎は、ひとり鍋を「小鍋だて」とよび、「江戸時代などは好きな女とふたりきりで、火鉢にかけた鍋で小鍋だてをするのは粋なことだった」と書いています。
以上のように、豚肉とほうれん草の2種類の具材のみを使うことが基本の常夜鍋は、ひとり鍋の代表例といえるのですが、常夜鍋に豚肉とほうれん草しか使わないことには、ほかにも理由があります。もし家族で常夜鍋をするとしても、具材は豚肉とほうれん草の2つ、さらに加えるとしてもせいぜい豆腐としめじくらいのところに抑えないといけないです。
なぜかといえば、ほうれん草はほかの野菜と、「マジか」というくらい相性が悪いから。
白菜・ネギ・玉ねぎ・にんじんその他、いわゆる鍋によく入れる野菜と、ほうれん草はまず合いません。これはおなじ青菜でも、小松菜や春菊・水菜などが、ほかの野菜ともうまく調和するのと対照的です。
なので常夜鍋は、「天性のひとり鍋」ということができると思います。
常夜鍋の作り方
材料
まず豚肉。豚肉は、
- バラ肉
- 肩ロース
- ロース
の選択肢があり、この順番に脂が多いです。どれでも好みでいいですが、今回使ったのは肩ロースで、これが脂身と赤身のバランスがいちばんいいです。
うす切りにしたものを、好きな量だけ買ってきます。
それからほうれん草。
ほうれん草は、冬場の旬のものなら、そのままを使ってもいいです。でも夏の、ハウスで冷房をかけて作ったほうれん草は、ゆでると大量のアクが出て、口がしびれるほどになるので、かならずサッと下ゆでし、水にとって絞ったものをつかいます。
常夜鍋は、この豚肉とほうれん草の2つだけを入れるのが基本です。
でもそれでは寂しいところもあるので、今回は豆腐を入れました。または油揚げをいれてもいいです。しめじもOK。
でもそれ以外は、ほうれん草には合わないです。
タレは、味ポン酢。ここにもみじおろしまでいかなくても、一味でもふれば十分です。
ただし今回は、ラー油をふり入れてあります。これは次のことと関係します。
作り方
煮汁は、基本は水に、日本酒を1カップくらい、たっぷり入れます。
魯山人はこの日本酒を、「上等なのでなくてはダメで、まずい酒なら入れないほうがいい」とか、余計なことをいうので嫌いです。「納豆は100回まぜろ」とか、余計なお世話です。料理に使う日本酒は、「月桂冠 月」とか「キクマサピン」とか、そのくらいのやつで十分です。
そしておすすめなのは、ここににんにくを2~3粒入れること。
常夜鍋はもともと中国の料理ですから、だしににんにくは使われていたと思います。それを魯山人が日本に輸入する際に、にんにく嫌いの日本人に合わせ、にんにくを落としたのではないでしょうか。
にんにくは豚肉と最高の相性ですから、入れることで、ぐんと味が引き立ちます。
ただしその際、唐辛子を強めにきかせることがバランスとして必要で、なのでタレには一味でなく、より辛味が強いラー油を使うというわけです。
このにんにくとラー油は、常夜鍋がちょっとギョウザ的な味になり、マジでうまいのでおすすめです。
ひとり鍋の作り方で最大のポイントは、「1回に食べられる量だけ煮る」ことです。食べきれずに鍋に残したままにすると、そのあいだにも火が通ってしまい、野菜がくたくたになってしまうからです。
野菜が煮えたら火を止めて、そのまま鍋に入れておくという方法も、一般の鍋なら考えられます。たしかに火が止まってしまえば、それ以上火が通ることはありません。
でも常夜鍋のばあいのみ、その方法は使えません。
ほうれん草は、70度の温度を通過するときにエグみがでるので、火を止めて温度が下がった鍋にいれてそのままにしておくと、「もう食べられない」というくらいまずくなります。
火加減は、弱く煮立つていどの小さめに調節します。テレビは消し、できれば音のする換気扇も止めて、換気は窓をあけておこないましょう。
静かな部屋で、コンロの火を見て、クツクツと煮える音を聞きながら食事をするのは、人間の原初の食事を体験することでもあるわけで、宗教的なおごそかさすら感じます。
これがひとり鍋の醍醐味だと思います。
まず肉を1~2枚と豆腐を1~2個入れて、肉の色が変わるまで、1~2分ことこと煮ます。
つづいてほうれん草の茎の部分、それから葉の部分をいれ、サッと煮たら、全部をタレの入った小皿にとります。
アクは、軽くとってもいいですが、肉のアクは肉汁がでたものですので、見た目が悪いだけでべつにまずくはありません。たいして気にしないでもいいです。
以上の作業を、煮汁が少なくなったら水を足しながら、5回でも10回でもくり返しながら食べるのが、ひとり鍋のやり方です。
そういう意味でも、鍋にいれるのが面倒くさくならないよう、具材は少ないほうが絶対いいです。
常夜鍋の場合、ほうれん草をナマでつかうと、冬場のアクが少ないものであるとはいえ、やはりちょっとアクが出ます。
なので残り汁は、活用するにはふさわしくなく、雑炊はやめたほうがいいです。うどんを煮るくらいにしておくのがおすすめ。
うどんは冷凍うどんを常備しておくと、好きなときに使えて便利です。
おすすめ本
池波正太郎の、「そうざい料理帖」。
小鍋だてについて、基本的な考え方と、具体例もイラスト入りでたくさん載っているので、ひとり鍋を探求してみたい場合にはおすすめです。