鳥取に来ているのだ。
鳥取はこれまで4~5回きたことがあったけれど、べつになじみの店があるというわけでもない。それでホテルのフロントに聞いてみたところ、熱心にすすめてくれたのが、鳥取駅からほど近いところにある「食遊処 一慶」。
フロントの美人の女性は、
「ややご年配のご夫婦でやっているお店で、カウンターだけなんですが、いい雰囲気なんですよ」
と熱弁する。たぶんお客さんの評判がよいのはもちろん、自分も行ってみたことがあるのではないかと思う。
それだけすすめてもらえれば、「それでは行ってみようか」という気にもなろうものだ。
鳥取の食べ物は、魚介類がとにかく猛烈に新鮮なのが特徴だ。早朝に境港に水揚げされた日本海の海の幸は、即座に鳥取の市場にやってくる。
なので鳥取では、その日の朝に穫れた魚を、その日のうちに食べられる。
これがどんなにスゴイことなのかを、僕は以前鳥取に来たときに思い知った。
ある居酒屋でたべた刺し身が、何の魚だかよくわからなくて、店主に「カンパチですか?」と僕はたずねた。カンパチのようにコリコリとした食べ応えがあり、脂が乗っていたからだ。
そうしたら、「アジです」との答えだった。
カンパチのような味がするアジなど、僕はそれまで食べたことは一度もなかった。その日にとれた魚の味は、一日置いてしまうのと、それほどまでに違うのだ。
まあなので、鳥取で魚を出す店は、どこも間違いなくうまい。極端な話、1皿105円の回転寿司でも、目の玉が飛び出るほどうまい。
逆にいうと、鳥取の人は東京などへ行ってしまうと、魚が食べられないそうだ。あの鳥取の味が当たり前になってしまったら、たしかに東京の魚など、魚とはいえないものなのかもしれない。
ただ鳥取の普通の居酒屋の場合だと、その魚を刺し盛にして出すところが多い。いやもちろん魚が新鮮なのだから、刺し盛もうまいに決まっているし、ものすごい量があるのに値段は「えっ?」と驚くほど安いから、満足できるにはできる。
ただうまい魚をただ刺し身にしてしょうゆをつけて食べるのは、多少「芸がない」とはいえなくもない。
魚の料理法はもっとたくさんあるわけで、京都などでは新鮮な魚がなかなか手に入らないぶん、その料理法に粋を尽くすわけなのだが、魚がおいしい地域では、やはり料理法はあまり発達しないのかなと思っていた。
ところがやはり、違ったのだ。魚の料理法に工夫をこらす店もある。
それが「一慶」だった。
今回、「のどぐろコース」というのを頼んだ。
のどぐろは日本海の、代表的な高級魚だ。
まずはお造り。
白いかとあご(トビウオ)で、これは言うまでもなくうまい。
でもお造りとして出てくるのは、この2品だけ。山のような刺し盛をイメージしていたこちらとしては、ちょっと拍子抜けするところもある。
次に出てきたのは、ハタハタのから揚げ。
じっくり揚げられ、骨までやわらかくなっているから、もちろん大変うまいのだが、ハタハタは安い魚だし、こちらは刺し盛のイメージがまだ抜けないから、やはり拍子抜け感が残る。
そして、のどぐろ。
差し渡し30センチくらいはあろうかと思うやつで、東京ででも食べたらどのくらいの値段がするのだろうと思うやつが、のどぐろの料理法として定番の煮付けではなく、「塩焼き」なのだ。
なんとなく、さらにガッカリ感が増すところがあった。塩焼きなど、鳥取以外でもいくらでも食べられるのだから、わざわざ鳥取にまできて食べなくてもよいのでは?と、そのとき僕は、正直思った。
しかしそれが、間違いであったことは、そののどぐろの塩焼きを実際に食べてみてはっきり分かった。
まずこののどぐろの、脂の乗り方がハンパじゃない。したたり落ちるかと思うほどで、この脂に匹敵するのは、ほかの魚だとサンマだけだ。
ところがサンマの塩焼きは、温かいうちはいいけれど、冷めるとサンマの臭みが出てきて、急激にまずくなる。ところがこののどぐろは、酒をちびちび飲みながら食べるから、けっこうな時間放置されて冷めてしまっていたわけなのだが、臭みなどは皆無なのだ。
だからこののどぐろの塩焼き、死ぬほどウマイ。これまで食べた塩焼きの魚のなかで、これが一番うまいと思った。
それで聞いたら、要はのどぐろの塩焼きも、ここまで臭みがないものは、獲れたその日だからだそうだ。翌日以降になってしまうと、やはり臭みが出てくるから、それで煮付けにするのだそうだ。
塩焼きという、月並みで簡単ともいえる料理法は、獲れたその日ののどぐろを料理するには、もっとも適しているともいえるのだ。
そうして言われてみたら、ハタハタをから揚げにすることも、おなじだろう。淡白でアッサリとしたハタハタは、油をたっぷり使ってコッテリとさせるのが適しているのだ。
以上のようにこの「一慶」、魚をただ刺し盛で出すのでなく、その魚その魚でもっとも適している料理法をきちんと選ぶ店なのだ。
お客さんの評判がよいのも、「なるほど」とうなずける店だった。
さて魚を食べ、翌日は朝から運転しないといけないから、控えめに酒を飲み、かなり満足したのだが、あとはやっぱりシメにラーメンが食べたくなった。
ラーメンは、地域によってそれぞれで特色があるものだから、鳥取のラーメンがどんなものだか知りたいところだ。
それでグーグルで検索し、一番人気だったのが「ももちゃんラーメン」。
ここに行ってみたのだが、ここのラーメンが、また最高にうまかった。
見た感じは、いわゆるプレーンな「中華そば」。
スープをひと口飲んで、僕はうなった。
「これは、たまらん……」
ベースは、澄んだ鶏がらスープ。そこに、控えめに魚のだしが入っている。
やはり鳥取は、ラーメンも魚なのだ。しかもこれが、じつに合う。
豚骨スープと煮干しなどのダブルスープは、いまでは大変ポピュラーだ。ただあれだとあまりにパンチがあり過ぎて、つけ麺にはいいけれど、普通のラーメンだとツライというのが、僕の意見。
ところがこちらは鶏がらで、魚のスープも控えめだから、酒を飲んだあとの体に、まさにしみ込むようなのだ。これまでラーメンは色々食べたが、これだけ「滋味ぶかい」と思えるものは、ほかには見たことがないと思った。
実際、鶏がらスープに魚のだしを加えたラーメン、少なくとも鶏がらスープのラーメンの本場東京ではこれまで僕は見たことがないし、当たり前のようでいて、意外に盲点なのではないだろうか。
このももちゃんラーメン、非常に非常におすすめなので、鳥取にくることがあったらぜひ食べてみたらいいと思う。
しかももちゃんラーメンの店主、僕が「うまかった」とあまりに褒めるものだから、餃子の無料券を期限を入れずにくれて、
「いつでもいいですから、ぜひまた来てください」
と言ってくれた。
嬉しいじゃないか、泣けるじゃないか。一慶の店主もそうだったのだが、鳥取の人は、ほんとにいい人たちなのだ。
これは絶対にまた来なければ、男がすたるというものだ。