夕方米子に到着した。
まず間違いないことは、特に米子の場合には、どの店に入っても「魚がまずい」ということは決してない。
何しろ米子は、日本有数の漁港「境港」から、ものの30分ほどだ。市場で売っている魚はすべて、その日の朝に水揚げされたものばかりなわけで、耳から血が出るかと思うほど新鮮なのだ。
安い居酒屋でも、1皿100円の回転寿司でも、それは変わらない。だからあまり何も考えず、適当な店に入ったとしても、魚を頼みさえすればまずそれなりのものが食べられる。
でもやはり、その中でも「いい店」を探したいわけである。ということは、魚がうまいのは米子では当たり前ということだから、プラスアルファが必要ということになる。
しかももちろん、だからといって値段があまり高いのは困るわけで、そうなると、そういう店はどこにでもあるというわけではない。
ホテルのフロントに聞いてみると、米子は「朝日町」が繁華街になるそうだ。そこでホテルから朝日町まで、15分ほどの道のりを歩いて出かけることにした。
朝日町は、米子市公会堂の裏手にある。
けっこう栄えているようで、メインストリートだけでなく、その奥に細い路地がつづいている。
小さな店が軒をならべる横丁みたいなところも多い。
若い人が始めたとみえる、新しい店もいくつもある。
ホテルで4店ほど、おすすめの店も教えてもらい、それも一通りまわってみた。そのなかで、行くことにしたのは、ここ「こがね」。
店構えの雰囲気は、僕の好みよりはちょっと硬めだったのだが、貼りだされているメニューを見ると、とにかく魚がうまそうだし、値段もそう高くはなさそうだ。
おまけにお店の前で、入ろうかどうしようかと迷っていると、たまたま通りがかったおじさんが、
「ここはウマイよ!」
と声をかけてきた。これは間違いないだろう。
僕もたまに、おじさんと同じことをすることがあるのだが、それはよっぽど「おいしい」と思っている店だけだ。
それでこがねに入ったら、本当にうまくて、しかも最高にいい店だった。
もうこの先は読まなくてもいいから、明日にでもこがねに行ってもらいたいと思うくらいだ。
ごがねは、1階はカウンターが10席ほど。2階には個室が4室あるそうだ。
大将と女将さん、それに女性(美人)の店員が2人いた。
まずビール。そこにでてきた突き出しが、いきなりうまい。
魚のすり身なのだが、それを揚げてある。
肉団子ならともかくとして、魚のすり身を揚げるのは、和食ではわりと珍しいのではないかと思うのだが、さらに、そこにかかっているタレが、ポン酢のような酸味があるやつなのである。
中華風・白身魚甘酢あんかけのすり身版、トロミなし版ということになろうかと思うけれども、シンプルだし、初めに食べると酸味のおかげで食欲がわくし、突き出しには打ってつけで、これは本当にセンスがあると思った。
このあと食べたものもすべて、これと同様、唸るものばかりなのだ。
まずお造り盛り合わせ。
これで、な、な、なんと、800円。
東京なら、この量ならかるく倍はするだろう。しかも鮮度がハンパないから、これは東京では、さらにその倍の値段であったとしても、食べられない。
奥の赤いのがヒラマサ、その左の白いのがスズキ、子持ちのエビ、それにイカとゲソの、すべてが「コリコリ」。ひと噛みするごとに、快感が全身をかけめぐるというやつだ。
しかも右のたたきみたいなのは、あご(トビウオ)。青魚はしっかりと薬味と合わせてたたくなど、イチイチ芸が細かいのだ。
そしてもちろん、海老の頭は素揚げにされてあとから出てくる。
それでこれを肴に、ビールから切り替えた熱燗を飲んでいると、サービス品がいろいろ出てくる。
まず、あごの子の炊いたん。
あごの子はこれから旬に入るそうで、「まだ小さくて商品としては出せないから」と、サービス品で出してくれる。
コッテリめの味が卵にしみて、うまいのなんの……。
しかもこれを、さやえんどうと炊き合わせてくるのが、何とも洒落ている。さやえんどうもこれからが季節だから、まさに海のものと山のものとの「出合いもん」ということだろう。
聞くと大将は、若いころ京都で修行したそうだ。和食の基本をきちんと学んでいるということだ。
でありながらこの店、看板は「大衆料理」とされていて、気取らないところがいい。
大将は、
「私の料理などニセモノなんで……」
と謙遜するのだが、その謙遜の仕方がまたいかにも京都人っぽい感じがする。
それから、切り干し大根もでてくる。
しっかりとしみた味は、たぶんけずり節などでなく、魚の骨のあまったのとかを使っただしだろう。
それにスナップえんどうの塩ゆで。
塩がきちんと強めにきいているのがいい。
以上のようにこのこがね、一から十までうまいのだ。しかもただうまいだけでなく、サービス精神が旺盛なのが、とてもいい。
ちょこちょことサービス品を出されると、仮にそれが計算のうちに入っていたものだとしても、お客としては嬉しいものだ。
「お客さんに喜んでもらいたい」という、商売人としては基本中の基本でありながら、意外にそれをきちんと持っている店は少ないこの精神を、この店は創業以来20数年、忘れずに保ち続けているようだ。
お客さんにたいするサービスは、何もサービス品だけではない。大将や女将さんをはじめとして、店員の人たちの愛想も、大変よい。
大将は、僕が京都から来たと知り、京都時代のいろいろな体験を次から次へと話してくれる。おかげでこの店で、僕は本当に気持ちのよい時間をすごした。
それから傑作なのが、メニュー。
カウンターの上部や奥に、たくさんの品書きが貼りだされている。
この膨大なメニューは、いくつかのものは、幅が広いカウンターの右と左で、おなじ内容のものが貼りだされている。
ところがそれをよく見ると、字がちがう。コピーではなく、おなじ内容でありながら、必要な枚数分、わざわざ手書きしているのだ。
メニューは、個室4室にもおなじだけのものがある。それらもすべて、イチイチ手書きしているそうだ。
しかも入荷してくる魚は、毎日ちがう。だから大将は、これだけの膨大な数の、内容が重なるメニューを、毎日手書きしているのだ。
僕はそれを聞いて、大笑いしてしまった。そんなことをしている人は、日本中を探しても、この大将だけではないだろうか。
要は、お客さんに対する気持ちが、それだけ真剣だということだろう。大将は、コピーを使ってしまったのでは、「お客さんに何かが伝わらない」と思っているのではないかと思う。
また大将は、こうも言っていた。
こうしてメニューを書いていると、その日入荷した魚をこう料理しよう、ああ料理しようと考えられ、ああ、あの魚はこうもできる、ああもできると思い浮かんだりしていいんですよ……。
大将は、料理にたいしてほんとうに真剣なのだと思った。考えて考えて、「本当においしいものを作りたい」と思っているのが、ひしひしと伝わってくる。
その大将の料理にたいする真剣さを、もっとも端的に示すものが、この店の「オリジナル料理」だと思う。
いちばん最後のだけはいのしし肉だが、あとはぎょうざにコロッケ、生春巻きと、魚を使ってはいるものの、中国・西洋・ベトナムの料理だ。
大将は、和食料理人としての腕は超一流だとおもうけれど、和食にこだわっていないのだ。ただ「おいしいものが作りたい」と思っているだけなのだろう。
それでこの「いわしぎょうざ」がどうしても食べてみたくなり、本当は、シメはラーメンを食べようと思っていたのを、このぎょうざと、あと「まかない巻き」という興味深いものを、さらに頼むことにした。
まず、いわしぎょうざ。
これはスゴイ。羽根つきだ。
料理は、やはり見た目も大事だ。大将は、それをよく分かっている。
タレもかなり凝っていて、ゴマ油をたらした酢醤油にからしが添えられ、さらに好みでラー油をかけるようになっている。
このいわしぎょうざが、また爆裂的にうまい。
和食店なのに、ニンニクがきちんと入っている。味はほぼ、普通のぎょうざに近いのだが、イワシを使ってある分、肉のぎょうざよりもやわらかくて、しかもいわしは脂が多いからトロリとし、「ほっぺたが落っこちそうになる」とはこのことだ。
魚だからコクが足りなくなりがちなのを、タレのからしとゴマ油で補うようになっているのもさすが。
それから、まかない巻き。
お造りにだす魚を4~5品選び、太巻きにしたもので、「うまいに決まっている」というやつだ。
最後はあら汁。
これもサービスで出してくれた。
これだけ食べ、翌日運転しなくてはいけないから酒は控えめにはしたものの、お勘定は3,800円ほどだった。
この店は、本当にすごい。最高の魚がある土地で、最高の頭脳が、お客さんのことを真剣に考えながら、枠にとらわれない料理を作っている。
米子には、この店へ行くためだけに来たとしても、絶対に後悔しないと思う。
大衆料理 こがね
住所 鳥取県米子市朝日町64-2
電話 050-5872-3482(予約専用)
定休日 日曜
営業時間 17:20~22:30(L.O.22:00)