東京での用事がとりあえず一段落し、京都へ帰ることになったのだが、何かちょっと気が晴れることがしたかった。そこで途中で、久しぶりに名古屋へ寄ることにした。
名古屋には会社時代の転勤で、2年ほど住んだことがある。僕にとっては非常に水が合う土地で、今でも僕は、日本の中で名古屋が一番好きなのだ。
名古屋といえば、「名古屋めし」。これをできる限り食べて帰ることにした。
名古屋は信長・秀吉・家康の三大武将がいずれも生まれ育ったところ。徳川の本拠地でもあるわけで、今でも武家の文化を継承している土地だと思う。
「武家の文化」とは、僕が思うに、敵と味方をハッキリ分けて、敵には果敢に戦いを挑むとともに、味方同士は濃密な関係を築くこと。戦闘集団とは、やはりそのようなものではないだろうか。
なので名古屋は、ビジネスなどでも「入り込むのが難しい」といわれるが、一旦入り込んでしまえば、天国のような居心地のよさ。名古屋の人間関係に入り込むポイントは、自分を飾らず、素の自分を相手にぶつけることだと思う。
名古屋の「濃密な人間関係」の特徴は、とにかく「重ねる」ことではないかという気がする。
たとえば喫茶店でコーヒーを頼めば、重ねて豆がついてくる。モーニングなら、値段は同じで、パンと卵、それにサラダがついてくる。
喫茶店などで灰皿が置かれる場合も、かならず2つが重ねてある。1つで十分なのに、それをもう一つ置くことで、「たくさんタバコを吸って、寛いでくださいね」という気持ちを表しているのではないかと思う。
名古屋の場合、食べ物についても、この「重ねる」ということが特徴と言えるのではないか。
僕が名古屋めしの中で一番好きなのは、あんかけスパゲティ。
これは比較的最近できたものだが、「名古屋めしの最高傑作」だと思っている。
県外の人が初めて食べると、これは何だか分からないのではないかと思う。ナポリタンのような具が入ったスパゲティに、見たことも食べたこともないようなソースがかかっている。
ソースは「あん」と言われるが、もちろん洋風。肉のミンチとトマトなどの野菜、それにたっぷりのスパイスを入れて作るそうだ。
このあんかけスパゲティが「名古屋の食べ物らしい」と思うところは、これは要は、ナポリタンとミートソース、それにカレーという喫茶店三大めしを一つに重ね、融合させたものではないかと思うのだ。
具はナポリタン風で、そこにソースをかけるのはミートソース風、さらにそのソースにスパイスがたっぷり入れられているところは、カレーのようだ。「おいしいものを全部一度に食べたい」という気持ちを叶えるこの料理、名古屋めしの真骨頂といえるのではないだろうか。
味はもちろん、実にウマイ。ちょっと病みつきになる味で、僕は名古屋へ行ったら、まずこれを食べないと気が済まないのだ。
さらにこのあんかけスパゲティ、メニューのネーミングが実に名古屋らしいと思う。上の一番人気のメニューは「ミラカン」というもので、「ミラネーゼ」というメニューと「カントリー」というメニューを、お客さんのリクエストによって合体させたものなのだそうだ。
「ミラネーゼ」も「カントリー」も分からない者にとっては、それを合わせた「ミラカン」など、さらに訳が分からない。でもこの内輪受けの極致な感じが、名古屋人の濃密な人間関係を象徴しているように思う。
あんかけスパゲティは「元祖」と言われる店は「ヨコイ」で、住吉の本店を初めとして名古屋市内・豊橋に5店舗があり、さらに最近東京・六本木にも進出したとのことだ。
でもヨコイ以外でも多くの店で食べられるから、それらを食べ比べてみるのもいいのではないかと思う。
あんかけスパゲティは昼に食べ、夜は今度は味噌カツ。
やはり名古屋へ来たら、味噌カツは外せないのだ。
味噌カツは、県外の人から見ると、名古屋は何でも味噌をつけて食べるから、カツにも味噌をかけるのだろうと思う人もいると思う。たしかに名古屋は、おでんもうどんも味噌を使うし、味噌味の料理が多いのは事実。
でも味噌カツは、それなりの成立の由来があるもので、やはり2つの料理が重ねられたものとなっている。元祖店である「矢場とん」によれば、味噌味の土手鍋(ホルモン煮込み)に、串かつをひたして食べたのが発祥だとのことだ。
豚汁が豚肉料理の一つの代表であることからも分かる通り、豚肉と味噌の相性は最高。味噌カツは、「王道」といえる味ではないかと思う。
ただし名古屋の味噌カツは、店にもよるが、僕など県外の者から見ると、ちょっと甘すぎると思えるところもある。でもそれは、それなりの事情があるようだ。
味噌カツは、昔は贅沢品だったのだとか。普段は一生懸命仕事をし、数ヶ月に1回食べに行く「ハレの食事」だったそうだ。
名古屋の人は、普段飲むみそ汁にもやはり八丁味噌を使う。それと区別するために、ハレの食事である味噌カツには砂糖をたっぷり入れたのではなかったか。
味噌カツは、「元祖」といわれるのは「矢場とん」という店。でもこれも、色々な店で食べられるから、食べ比べるのはおすすめだ。
味噌カツを食べ終わり、名古屋駅に移動して、新幹線のホームできしめん。
「名古屋のきしめんは新幹線のホームの店が一番うまい」と言われることがあるのだけれど、それはたぶん嘘だと思う。
きしめんは、江戸時代から三河国の名物だったとのことで、うどんなどと同じように普通にしょうゆ味のかけ汁で食べる。味噌を使っていないから、これは名古屋らしくないと思うと、さにあらず。たっぷりの追いガツオがかけられているのが特徴。
やはりここでも、カツオだしにさらに追いガツオというように、名古屋の人は「重ねる」のだ。
冷凍麺を使っているから、歯応えはプリプリしている。今回はかけを食べたが、もちろんトッピングは色々ある。
新幹線ホームのきしめん店は、朝は7時前から、夜は8時半または9時までやっている。上りにも下りにもあるようだから、名古屋に着いたら、または名古屋から離れるとき、食べてみるのはおすすめだ。