日本人だから和食になじみがあるのはもちろんなのだが、この冬はまったく食べる気がしなかった。何しろ豚肉とニンニクの組み合わせの、体が温まることといったらハンパないのだ。
豚肉にはビタミンB1が含まれる。これは糖質を代謝し、エネルギーを作り出すのに重要な役割を果すところ、そのままだと吸収されにくいのだそうだ。
これがニンニクに含まれるアリシンと結びつくと、吸収率が飛躍的に上がり、体はガンガンエネルギーを作りはじめる。それで体は温まり、疲れが取れるということだ。
豚肉とニンニクを毎日食べることにより、この冬は、いつも着ていたダウンの下のセーターも必要なく、マフラーもしなくて済んだ。
年を取ってくると、体を温めることは最重要の課題になるから、豚肉とニンニクを手放すことはできなくなっていたのである。
和食には、ニンニクは基本的に使われない。これは鎌倉時代に、ニンニクの使用が実質的に禁じられ、その影響がまだ残っているからだ。
明治になる前までは、肉食も禁止されていた。人間が体を温めるために必要なものを2つとも禁止してしまうのだから、ヒドイ話だ。
そのため日本人は、体を温めるために栄養以外の方法を探さなければならなかった。風呂好きだったり、酒に比較的寛容だったり、酒を温めて飲んだりするのは、そういうことではないかと思う。
また日本は、ニンニクと香味野菜や唐辛子を油で炒め、味のベースにするという料理法も、ついぞ輸入しなかった。中国で炒め物が始まったのは、日本でいうと鎌倉時代にあたるころなのだそうで、そのとき日本が中国から輸入したのは精進料理なのだから、正反対の方向に向かってしまった。
まずニンニクと油で具材を炒め、そこにだしを加えて煮込むのは、世界標準の料理法ではなかろうか。
強い火で炒めることで料理時間は短縮され、油と水の2つの方法で味つけするから、料理に重層的な構造を作ることが可能となって、多くの具材を一皿に盛り込めるこの料理法に背を向けてしまったことで、和食の進化は本道から外れてしまったのではないかと思える。
作るのに時間がかかり、大皿料理を作れないから、小鉢を並べなくてはいけない。ニンニクと相性がよいスパイスもあまり使えないから、味つけの種類も制限される。
おかげで肉食もニンニクも解禁されたいま、家庭料理はカレーにハンバーグ、餃子にとんかつと、外国の料理を日本人好みにアレンジしたものばかり。和食はそれとはまったく別に孤高を保っており、新たな家庭料理を生み出す力はすでに失っているようにも見える。
和食はおそらく、「ニンニクと油」を、自らの内に取り込まなければいけないのだ。チマチマと細かい工夫をするばかりでは、未来はないのではないだろうか。
とは言いつつも、僕も日本人だから、和食は好きだ。暖かくなってきて、体を温める必要もそれほどなくなってきたこともあり、きのうは久しぶりに、肉もニンニクもなしの料理を食べた。
作ったのは、まずはいわしの梅煮。
いわしは、脂はやはり秋口が一番乗っているのだけれど、年中わりとおいしく、しかも安く食べられるありがたい魚だ。
いわしはまずは、塩焼きし、おろしポン酢を添えるのがもっとも簡単。あとはこの梅煮が、定番の料理となる。
梅干しを使うのは、まずはいわしのクセを和らげるため。それから梅干しの酸で、骨をやわらかくする効果がある。
さっと軽く煮付けてもいいのだけれど、いわしやサンマなど脂が多く、味がしみにくい魚の場合、弱い火で長時間煮るのもおすすめなのだ。味がきちんと入ると同時に、骨も食べられるほどやわらかくなる。
煮時間は、最低1時間で、2時間なら十分だ。煮ているあいだは何もしなくていいのだから、用を足したり、酒を飲んだりしているうちに出来上がるという寸法だ。
ただしこれを、圧力鍋を使って作るレシピがある。これは脂が抜けてカスカスになってしまうから、絶対にやめた方がいい。
圧力鍋だと温度が高くなりすぎるのだ。圧力鍋を使うのなら、この料理は作らない方がいいとすら思うくらいだ。
ただ煮るだけだから、作り方自体は簡単だ。日持ちがするし、お弁当に入れるなどにも適しているから、試してみるのはおすすめだ。
いわしは、頭をつけて売っているものの方が新鮮だ。その場合、包丁で頭を落とし、腹を割いてワタをかき出す。(頭やワタは、ごみ収集日まで冷凍しておくと臭わない)
きのうは、頭とワタを落としたのを買ってきた。水でよく洗い、表面に小さいウロコがあるから、それも指でやさしくこすりながら落とす。
ちなみにいわしの量は、「鍋にちょうど入るくらい」と考える。浅めの鍋ならフライパンでもいいわけで、そこにきっちりと隙間なく並べられるくらいの量が、作りやすい。
鍋(フライパン)に、
- 洗ったいわし
- だし昆布 10センチくらい
- 梅干し 2~3個 (大きさにより。果肉をそぎ切りにする)
- 酒 1カップ
- 水 いわしがかぶるくらい (たぶん1~2カップ)
- 砂糖 大さじ2
を入れ、火にかける。
ここでまずポイントは、梅干しをていねいにそぎ切りにすること。べつにちぎって入れても味は変わらないのだけれど、出来上がりの見た目が天と地ほどもちがうのだ。
それから酒は、たっぷり入れる。極端な話をすれば、水はなしで、すべて酒だけで煮るのが一番うまい。
煮立ってきたら、軽く沸き立つくらいの弱めの火加減にして、出てくるアクをていねいに取る。
ちなみにアク取りをていねいにやらなければいけないのは、ニンニクを使わないからだ。面倒くさくても、和食の場合「仕方がない」とあきらめるしかないのである。
落しブタをし、火加減を最弱の弱火にし、20分ほど煮たところで、
- しょうゆ 大さじ1
を入れる。
しょうゆは、最終的には大さじ2くらいだと思うのだが、初めから入れてしまうと甘みが入らなくなる。それから梅干しの塩気があるから、最後に味を確認する必要があり、2回に分けて入れるようにする。
煮時間は、煮立ちはじめてから1時間以上で、2時間が理想。煮汁がほぼなくなるまで煮る必要があるので、それによっても煮時間は決まる。
もしあまり早く煮汁がなくなってしまうようなら、途中で水を足してもよい。
1~2時間煮て煮汁がだいぶ少なくなったら、
- みりん 大さじ1 (テリを出すため)
- しょうゆ 大さじ1 (味をみて加減する)
を入れる。
火を少し強め、鍋の煮汁をスプーンで上からかけながら、煮汁がほぼなくなるまで煮る。
皿に盛り、梅干しを上に盛る。
しみじみとした、日本の味だ。
あとは、しじみの赤出し。
しじみやあさりのみそ汁は、出てくる貝のうまみだけがだしだから、水の量をどのくらいにするかが唯一のポイント。「貝100グラムに対して水1カップ」が目安となる。
しじみは、
- 水 2分の1カップ
- 塩 小さじ2分の1
くらいの塩水に1時間ほどひたして砂抜きし、水を4~5回替えながら、両手で殻をすくっては、ガシガシとこすってよく洗う。
鍋に分量の水としじみを入れ、中火にかけて、出てくるアクを取りながら殻が開くのを待つ。
殻が開いたら火を止めて、味を見ながら赤出しみそを溶き入れてお椀によそい、青ねぎと一味をかける。
ほうれん草のゴマ和え。
ゴマ和えは、「だしを使う」となっているレシピが多いのだけれど、カツオ節をいっしょに入れるので問題はまったくない。
- ほうれん草 2分の1把
は、グラグラに沸騰させた水で1本ずつゆで、すぐ水にとって冷やしたあと、水気をよく絞って4~5センチ長さに切る。
- 砂糖 小さじ2分の1
- しょうゆ 小さじ1
くらいでまず和えて、
- 白ゴマ 3つまみほど (ひねり潰しながら入れる)
- カツオ節 2.5グラム入りミニパック2分の1ほど
を加えてさらに和える。
それに、きゅうりの塩もみ。
- きゅうり 1本
は3ミリ厚さくらいの斜め切りにして、
- 塩 1つまみ
で揉み、20~30分置く。
しんなりとしたら、水に10分くらいひたして塩抜きし、あらためて、
- 味ポン酢 小さじ1くらい
で和え、器に盛って七味をかける。
酒は、和食にはやはり日本酒、もう暖かいから常温。
和食と日本酒が合うことは、いまさら言うまでもないのである。
おかげできょうも、二日酔いになってしまったのだが、久しぶりの和食だったのだから、仕方がないのだ。
「もっとガンバって!」
そうだよな。