〔料理本紹介〕池波正太郎『そうざい料理帖』

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池波正太郎『そうざい料理帖』は、ぼくの「鍋物の師匠」といえる存在だ。

そうざい料理帖

「小鍋だて」の作り方が、古きよき昔の日本の面影を残していて、洒落に洒落ているのである。

 

ぼくが料理の本で、これまで最も影響を受けたのは、檀一雄『檀流クッキング』

であることは間違いなく、これは料理の作り方を学ぶ意味でも、また料理や人生にたいする姿勢を学ぶ意味でも、ぼくの「食のバイブル」といえるものになっている。

第2位はと考えると2つあり、一つはこのあいだちょっと書いたウー・ウェン『大好きな炒めもの』

で、ぼくの炒めもののやり方は、基本をこの本から学んでいる。

 

そしてもう一つが、池波正太郎『そうざい料理帖』

で、これはぼくの「鍋物の師匠」とも呼べる存在だ。

 

池波正太郎は、ご存知とは思うが「鬼平犯科帳」を初めとする剣豪小説の大家なのだが、「食」に関しても造詣が深く、食を題材としたエッセイも数多い。中でも、これはそのうち改めて取り上げたいと思っているけれど、『食卓の情景』

が最高傑作で、池波正太郎の内食、外食の世界が余すところなく語られている。

『そうざい料理帖』は、『食卓の情景』を初めとする池波正太郎の食のエッセイから、「内食」のところだけを抜き出し、それにイラスト入りの、ごくごく簡単なレシピを添えたものだ。

池波正太郎の、「料理法」だけ学ぼうと思うなら、この『そうざい料理帖』一冊で十分であることになる。

 
といっても、池波正太郎は、基本は、自分では料理はしない。家での料理の担当は、奥さんである。

ただし、ごくごく簡単な料理だけは、自分でも作ったようで、だから『そうざい料理帖』に載せられているのは、それら簡単なものだけだ。特に「小鍋だて」が、非常にたくさん取り上げられている。

 

池波正太郎は、奥さんとお母さんが台所で食事をするのとは別に、居間で一人で、さらに奥さん、お母さんが食べるものとは違う、あくまで自分が食べたいものを食べていたのだそうだ。

小鍋だては特に好きで、これだけは、当たり前の話ではあるけれど、材料を自分で入れ、調理も楽しんだようである。

 

ところがこの小鍋だてが、そんじゅそこらのものではない。洒落に洒落ている。

それは一つには、池波正太郎は10代の頃から株屋で働き、自分でも株で儲けて、うまいものを食べに食べているということがあると思う。戦前の時代だから、現代よりさらに「日本」が色濃く残っていただろう。

 

しかしそれだけでなく、池波正太郎は小説を書くために、日本の昔の食べ物を色々調べているのだ。池波正太郎の小説は、食べ物のシーンがいいと聞くが、それはその賜物だろう。

だから自分の食べるものも、言うまでもなく、「昔式」なのである。

池波正太郎が食べる一つ一つの食べ物に、今は亡き、古きよき日本の面影を感じ、それが何ともたまらない。

 

例えば鶏の水炊きは、池波正太郎が入れる具材は、鶏肉の他には豆腐とネギ、それにニンジンだけとなっている。水炊きに白菜を入れないなど、聞いたことがないのだが、これは白菜が最近のもので、昔は使われなかったからだそうだ。

さらにこの水炊き、ニンジンを細切れにして入れる。ニンジンといえば、丸か半月が普通だろうが、実際にやってみると、鍋の見た目がとてもとてもオシャレになり、これはおそらく池波が、どこぞの料亭などで見たのだろう。

 

それからやはりこの本に出てくる、「豚肉のうどんすき」も、ぼくは何度もやっている。これは池波正太郎が、小説家 子母沢寛の家へ行ったとき、子母沢自身が作ってくれたものだそうで、豚肉とうどんを水で煮て、それを醤油とみりんのつゆで食べるというものだ。

至極簡単に出来ながら、びっくりするほどうまい。男の料理の典型といえるだろう。

 

『そうざい料理帖』にはこのように、何とも粋な鍋のやり方が山盛りに載っている。

また鍋の季節になってきたら、活躍してもらうことになるだろう。

 

「池波正太郎は文章もいいんだよね。」

そうざい料理帖

ほんとにそうなんだよ。

 

 

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炒め物は卵を入れるとやさしい味になるのである。(豚肉と水菜の卵炒め、草野心平「口福無限」)
 

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