「夏はやっぱり、なすだよな」
これはチェブ夫の持論である。
スーパーなどなら、なすは1年中売っている。しかし冬場の温室で育てられたなすと、夏場の露地で育ったなすでは、まったくといっていいほど味が違う。
夏場のなすは、アクがほとんどない。サッと塩もみしただけで、甘みがあって瑞々しい。
「このうまさが分からないようでは、男じゃないよ」
先日チェブ夫は、ガールフレンドであるチェブ美と、ちょっとした口論をした。チェブ美は、
「なすなんて栄養は何もないから、食べる意味がないじゃない」
と言うのである。
「これだから女はダメなんだ……」
チェブ夫は「チッ」と舌打ちした。
たしかにものを食べるのは、栄養を取ることが目的だ。でも人間は、栄養を取るためだけにものを食べるわけではない。
「やっぱりおいしいから食べるのさ」
栄養にあまりこだわり過ぎるのは、男のやることではないと、チェブ夫は思っているのである。
なすは、ただ塩もみしたり、網で焼いたりするのもうまい。でも一皿の料理にしようと思えば、やはり何といってもマーボーなすだ。
なすは油との相性がとてもいい。しかもみそ田楽でわかるとおり、みそとの相性も最高だ。
なすをまず油で炒め、それからピリ辛のみそ味で煮込むマーボーは、「まさになすのためにある料理だ」と、チェブ夫は常々思っている。
「さらにマーボーなすに、トマトを入れるとうまいんだ」
まず、なすとトマトは相性が大変いい。植物としても近縁なのだそうだ。
さらにトマトの酸味が、マーボーの味をひき立てる。甘くてピリ辛の味つけは、トムヤムクンやからし酢味噌でわかるとおり、酸味が入ると味がととのう。
「トマトを入れないマーボーなすは、クリープを入れないコーヒーだよ……」
トマトは生を、最後に入れてサッと煮る。やわらかくなったトマトをなすと一緒に食べるのがまたたまらないと、チェブ夫は主張したいところだ。
マーボーなすの味つけには、甜麺醤が使われることが多い。
「でもそれは、八丁みそを使えばいいんだよ」
甜麺醤は、八丁みそとみりん、ゴマ油で完全に代用できる。
それから青みは、青ねぎを使うのでもいいけれど、今回は白ねぎに、ざく切りの水菜をかけることにする。シャキシャキとした水菜の歯ごたえが、やわらかななすとトマトとよいコントラストになるのである。
あとなすは、素揚げにするレシピが多い。でもこれは、油で炒めるので問題ないし、そのほうがラクだしカロリーも抑えられていいことずくめだ。
フライパンに、
- サラダ油 大さじ1
- なす 2本 (3センチ大くらいの乱切りにする)
を入れ、火をつけずによく振って、油にまだ冷たくて粘り気があり、すぐにしみ込まないうちに、全体にまぶしつける。
中火をつけ、5分くらい、なすに焼色がつき、しんなりとし始めるまでじっくり炒め、皿にとり出す。
「なすは火の通し加減がむずかしいんだよな……」
なすは火が通ってくると、ある時点を境にして一気にやわらかくなってしまう。このあと煮込むわけだから、あまりやわらかくし過ぎないのがコツとなる。
あらためてフライパンに、
- サラダ油 大さじ1弱
- 豚ひき肉 100~150グラム
を入れて中火にかけ、スプーンで押しつぶしてほぐしながら、水気が「ジュージュー」とする音がしなくなるまでじっくり炒める。
酒・大さじ1を加えて風味をつけ、焼色がついてくるまでさらに炒める。
フライパンを傾けて、油が少なくなっていればちょっと足し、
- ニンニク 1かけ (みじん切り)
- 豆板醤 大さじ1
を入れて、2~3分弱火で炒めて味をひき出す。
ひと混ぜして味をからめ、
- 八丁赤だしみそ 大さじ2
- 酒 大さじ2
- みりん 大さじ2
- しょうゆ 小さじ2
- オイスターソース 小さじ2
- コショウ 少々
を、みそを溶き混ぜながら加えていき、水・2カップを入れて中火で煮立てる。
煮立ったら、皿にとり出しておいたナスを入れ、5~10分弱火で煮る。なすをやわらかくし過ぎないのがここでもポイント。
なすが煮えたら中火にし、
- トマト 1個 (8等分のくし切りにする)
- 白ねぎ 10センチくらい (みじん切り)
を入れてひと混ぜし、間髪入れずに、
- 片栗粉 大さじ3
- 水 大さじ3
の水溶き片栗粉を、混ぜながらすこしずつ入れ、トロミをつける。
「ここでモタモタしてしまうとトマトがやわらかくなり過ぎるから気をつけなくちゃ……」
ゴマ油・小さじ1をたらし、ひと混ぜして火を止める。
皿に盛り、1~2センチのざく切りにした水菜、たっぷりの粗挽きコショウ、好みでパルメザンチーズ少々をかけて食べる。
「これはウメエ……」
コッテリみそ味で煮込まれたなすとトマトに、チェブ夫は180回くらい死んだ。
シャッキリ水菜とコショウの風味が、またたまらない。
そしてまたこのマーボーなすが、酒によく合う。
酔っ払って前後不覚になったチェブ夫は、チェブ美にセクハラをしつづけるのであった。
「僕を酔っ払いのセクハラおやじにするのはやめて」
そうだよな。