東京へは、仕事ではなく実家の関係の用で来ている。僕の仕事は書いてナンボのしがないライター稼業なので、いつもの稼ぎを維持するためには、東京に来たって暇をみつけて、必死こいて書き続けなければならない。
ところがなかなか、そうはいかない。東京に来れば、やはりいつもは来られないお店や場所が色々ある。そういうところへ行ってみたいと、どうしたってなるのである。
しかも僕の場合、行きたい場所はすべて酒を飲むところ。飲めば、飲んでいるあいだはもちろんのこと、飲んだあとも長い時間、酒が醒めるまでは仕事にならない。
特に昼間に飲んでしまうと、そのあと半日を棒に振ってしまうので、事態は深刻なのである。
しかし言うまでもなく、昼酒をするいい企画を思いついてしまうのだ。きょうは新中野にあるラーメン店「麺屋どうげんぼうず」に行きたくなった。
ここは以前行ったことがあり、ウマいのだ。「辛そば」というピリ辛ラーメンが看板メニューで、しかもそれが辛いだけでなく、じつに複雑で奥深い味がする。
ただしここは、あくまでラーメン店で、飲み屋ではない。お酒はビールのみ、つまみも1種類だけだから、夜、酒を飲むにはあまり向かない。
ならば、昼に飲めばいいというわけだ。昼ならば、ビールにつまみ1品で、まったく不足はないのである。
昼から酒を飲むいい企画ができたとなると、もう朝から落ち着かない。本当は、バッチリと仕事をし、ランチが終わったころ出向くべきだが、仕事はまったく手につかない。
それで11時半の開店と同時に入ろうと決め、新宿から地下鉄に乗ってでかけたら、到着するのが早すぎて、まだオープンしていなかった。
それで仕方がないから、近くの喫茶店で、とりあえずビールを1杯。
喫茶店は「ういすぱー」という、いかにも昭和の薫りがする名前の店で、もう30年以上営業しているのだとのこと。
麺屋どうげんぼうずがある「鍋屋横丁」は、こういう古き佳きものがきちんと残っている場所なのだ。
マスターとママ、それに女性店員がいて、まだランチには早くてお客は僕一人だったから、ランチの準備をしながらも、一見の僕の相手をていねいにしてくれる。心地よいほろ酔い加減となり、麺屋どうげんぼうずへ向かういい下準備となった。
そしていよいよ、どうげんぼうず。言うまでもなくビールを注文。
つまみは「4種盛り」500円。
ラーメンのトッピングとなる味玉とメンマ、チャーシューとネギを盛り合わせたものだ。
この味玉が、まずウマイ。半熟卵に味がしっかり染みているのはもちろんのこととして、その味が、甘すぎず、辛すぎずで絶妙な加減。あっさりめに味がつけられたメンマと一緒に食べると、酒がいくらでも進むやつだ。
それからチャーシュー。これは「絶品」といって差し支えない。
ホロホロに煮上げられているのだが、パサパサとした感じは皆無。これが外側が焼かれていて、香ばしい風味がついている。
このチャーシューとと粗挽きコショウがふられたネギは、これだけで、ビールは5本でも10本でも行けるのだが、ランチタイムにさしかかり、あまり長居するのも申し訳ないから1本だけにしておいた。
そして、「肉そば」980円。
これは通常の「辛そば」に、チャーシューを増量したものだ。
これがどういう味かというと、まずベースは、肉と魚介のいわゆる「ダブルスープ」の仕立て。そこにしょうゆやみそ、油や辛味調味料を複雑に合わせてあるのだと思う、ひとことで「これ」と言うことはできない、奥深い味つけがされている。
辛さは4段階が選べるようになていて、段階に応じて粉末の唐辛子とスパイスをふりかける。唐辛子は韓国のを厳選していると思うし、スパイスも、ピリッとしたコショウ系だけでなく、口の中がちょっと痺れる山椒系のものも配合されている。
辛さの段階は、きょうはいちばん辛い「シバキ」を選んだ。
これがかなりグッと来る、パンチのある辛さだから、辛いのが好きな人はこれを選ぶのがおすすめだ。
麺は、縮れ麺をあらかじめよく揉んでからゆでたもの。
強いコシがありながらも、スープが絡むことこの上ない。
このラーメン、ベースから味つけ、ふりかける唐辛子やスパイス、そして麺にいたるまで、それぞれがじつに細かい配慮がされている。またそれらばバラバラになることなく、全体としてきちんと調和しているのがスゴイところだ。
そしてこの辛そばを食べ終わったら、ご飯とパルメザンチーズを入れるのだ。
ラーメンにご飯を入れるとうまいのはもちろんとして、さらにこのパルメザンチーズがたまらない。
これはパルメザンチーズだけでなく、上の写真で黒っぽくポツポツしたものが見えることからわかる通り、スパイスなのか、ハーブなのか、西洋系の味がするものが含まれている。これがラーメンの本体にじつによく合い、味をさらに次元のちがったものにする。
ラーメンは、元々は中国のものだし、魚介系のスープを入れるのは日本の技術。唐辛子を使うのは、韓国っぽくも見える。
さらにそこに洋風の味が加わるから、まさにオール・オーバー・ザ・ワールド。「国境を越えたラーメン」ということができると思う。
ラーメンを食べ終わったら、完全にノックアウトされてしまった。酒も十分、フラフラになりながら、新幹線で京都にもどる。
本当は、新幹線の中で仕事をしようかと、ちょっとだけ思っていた。しかし新幹線は最高に気持ちがよいお昼寝タイムになってしまい、仕事は一つもできなかった。
まったく僕は、いつもこの調子なのである。
これでは生活が立ち行かないが、生活を立ちゆかせるためのいい企画は、ついぞ思い付いたことがないのだ。