人格は欠落にこそ宿るのである。(新福菜館三条店、スピナーズ、酒房京子)

2014/05/04

 
昼は新福菜館三条店でビールを飲み、夜はスピナーズと酒房京子でさらに飲んだ。

酒房京子

人格は、欠落にこそ宿るのである。

 

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ブログ更新を終えた昼、何ともいい天気だった。

いい天気

昼ビール日和である。

いつもは土曜日に行くことにしている新福菜館三条店だが、この天気では矢も盾もたまらない。

ちょうど仕事の切れ目にあたったこともあり、きのう出掛けることにした。

 

いつもの通り、まずビール。

新福菜館三条店

 

それからギョウザ。

新福菜館三条店

 

ビールとギョウザはおかわりし、大盛りラーメン麺かたいめネギ多め。

新福菜館三条店

食べ終わるとこの上ない満足感につつまれて、昼寝を3時間ほどするのである。

 

このラーメンが、黙って食べないとあまりうまくないことについては以前から不思議だったが、きのうちょっとわかった気がした。

よく味わわないと感じられない味なのである。

ふつうのラーメンにはたっぷり入っているニンニクやら化学調味料、脂がそれほどはいっていないし、さらに本店より甘みが抑えめになっている。

感覚に刺激として、直接訴えかけてくる部分が少ないから、漫然と食べてしまうとただ「しょうゆ臭い」で終わってしまう。

 

でもそうして刺激が抑えめになっている分、このラーメンには言葉に尽くせぬ味わいがある。

それを感じるためには、黙って集中する必要があるのである。

 

これはもしかしたら、日本の食の特徴なのではないだろうか。

だから昔は、食事中に会話するのがマナーともなっている西洋などとは異なり、日本では「黙って食べろ」と言われたのではないかという気もしてくるところだ。

 

幸せな昼寝から覚め、きのうは仕事も少しした。

4月は怒涛のように飲んだから、ちゃんと仕事をしないと本当にまずい。

 

9時頃まで仕事をし、それから四条大宮のバー「スピナーズ」へ出かけた。

腹はもう膨れているし、2~3杯飲み、それで家に帰る予定である。

 

スピナーズでは、若い女の子をアルバイトとして入れていた。

スピナーズ

マスターも色々と考えているようだ。

若い女の子がカウンターの中にいるのはたしかにいい。

男性客の視線は釘付けとなっている。

 

横に吉岡秀隆似の若い男性がいた。

画家として一人立ちするのを目指し、アルバイトをしながら頑張っている。

穏やかな物腰なのだが、心根には激しいものも秘めている。

デモなどにも参加することもあるそうだ。

 

ぼくはちょうど、先日魯山人展を見たところだったから、画家であるこの男性にその話をしてみた。

魯山人は、以前料理について書いたものを読んだとき、「根暗」な印象があってあまり好きになれなかったが、今回陶器や書をみても、やはり同じだったのである。

一点の隙もない、芸術的に高度なことは感じられるのだが、その「隙のなさ」が気に食わない。

「作品から伝わってくるのは、『どうだ、オレはすごいだろう』ということだけな気がしたんですよ・・・」

「すごいだろう」と言われても、「はいそうですか」としか言いようがない。

 

すると吉岡秀隆似の男性は、ニヤリと笑いながら言う。

「かける言葉があるとすると、『お見事!』というくらいのものですね・・・」

まさにその通りである。

 

ぼくはさらに続けた。

ぼくが惹かれるものの中には、かならず「欠落」があるように思う。

ラーメンでも、「名人」と思えるものには、新福菜館三条店にしても、それからやはり京都の「ますたに」にしても、ボッコリと穴があいたように足りないところがある。

でもその欠落にこそ、それを生み出した人の人格が宿っている。

そういうとき、作品はその人の「分身」であるともいえ、ぼくはそういうものに魅力を感じる・・・。

 

「それは人格というものがそもそも、かならず欠落を持ったものだからですよね」

吉岡秀隆は「わが意を得たり」という様子で答える。

さすが画家、これもまさにその通りだろう。

 

さらに話は、興福寺「阿修羅像」のことにもなった。

「ぼくは今まで見た芸術作品のなかで、あれが一番すごいと思うんですよ・・・」

 

ぼくは阿修羅像を見たとき、一瞬にして釘付けとなり、1時間以上ものあいだその前に立ち尽くすことになった。

像の表情はいかにも魅力があり、どんなに見つづけていても見飽きることがない。

ところが眺めても眺めても、その表情を評する言葉が一つも思い浮かんでこない。

嬉しいのか悲しいのか、男性なのか、女性なのか、今でも一言たりとも、説明できる言葉がない。

 

「本当にすごいものは、そういうものではないかと思うんですよ・・・」

ぼくは言う。

「まさにそういうものだからこそ、人の心を動かしつづけるわけですよね。」

吉岡秀隆は、阿修羅像の顔マネをしながら応えるのである。

 

その頃には、ぼくは2杯のビールを飲みおわり、さらに頼んだ焼酎も飲みおわろうとしていた。

スピナーズ

でも話が尽きる気配はない。

言うまでもなく、焼酎はおかわりする。

話がようやく一段落したのは、12時もとうにまわった頃だった。

 

帰ることにして店を出ると、まさにその時、携帯にメールが着信した。

マチコちゃんである。

「京子でカラオケ盛り上がってるよ・・・」

「・・・・・・」

しばし考えはしたけれど、行くことにしてしまうわけである。

 

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それからは歌いまくり。

酒房京子

マチコちゃんと仲間の若者たちも盛り上がっている。

 

料理もあれこれと食べた。

カレイの煮付け。

酒房京子

 

カニの酢の物。

酒房京子

 

にしんとナスの煮付け。

酒房京子

 

帆立ヒモの炊き込みご飯。

酒房京子

 

豚肉とレタスの炒め物。

酒房京子

豚肉とレタスは、うまかったから味つけを聞いたら、

「てきとう・・・」

との答だった。

塩ベースなのだが、何やら色々はいっている。

 

さらに焼酎をたらふく飲み、3時も近くなって家に帰った。

結局こうなってしまうわけだが、仕方ないのである。

 

「意志が弱いね。」

チェブ夫

ほんとにな。

 

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