「ピンチはチャンス」なのである。(小林秀雄)

2016/01/03

昨日は朝チェブ夫を風呂に入れ、夜は酒場で若い人と話をした。

チェブ夫風呂

早めに帰り、久しぶりに小林秀雄の全集をパラパラと眺めながら、「ピンチはチャンス」と改めておもったのである。


 
チェブ夫がこの頃うす汚れてきたのは、酒場で女性に抱かれるからである。

これは全くうらやましい話で、ぼくは「おこぼれに与りたい」とおもいながら、そんないい思いをしたことは一度もないわけだが、おかげで最近ではチェブ夫の匂いをかぐと、女の匂いがプンプンとするようになってしまった。

しかしこれではチェブ夫にたいする教育上よろしくないわけで、昨日は予報で天気がよいのを確かめて、チェブ夫を風呂に入れることにしたのである。

チェブ夫風呂

女の匂いを洗いながし、エマールの匂いをさせてやるのだ。

 

ぬいぐるみはネットにいれて洗濯機でも洗えるそうだが、水のなかでグルグル回されるのはやはりちょっと忍びないから、洗面台に湯をためて押し洗いする。

チェブ夫風呂

洗面台はチェブ夫の風呂として丁度いい大きさで、チェブ夫は気持ちよさそうにするのである。

よくすすいだら、洗濯機で脱水だけはし、外干しする。

チェブ夫風呂

夕方にはすっきり乾いて、さらに黒目のはげたところもマジックで塗ってやり、「リフレッシュチェブ夫」と相成った。

 

朝っぱらからおっさんがぬいぐるみを洗う光景は、人には見られたくないところだ。

でも汚れたままにしておくわけにも行かないから、仕方がないのである。

 

夜はチェブ夫をつれて、まずはよく行く四条大宮のバー「スピナーズ」へ出かけていった。

スピナーズ

昨日は近くに女性がおらず、チェブ夫がきれいになったことは誰にも気付かれなかったが、べつにチェブ夫だけがそんなにモテる必要もないのだから、それでいいのだ。

マスターのキム君は、また料理を用意している。

スピナーズ 料理

「イカとセロリ、ブロッコリーのオイスターソース炒め」と「めんたいポテト」、どちらも300円を頼んでみた。

 

キム君が作る料理は、おいしいのはもちろんのこと、食べるのが楽しい。

キム君の「主張」を感じるからだ。

昨日はジャガイモが固めにゆでられ、歯応えがあるようになっているのがポイントだった。

イカもセロリの他にブロッコリーがいれられ、ブロッコリーはやわらかめに火が通されているのも、考えがあってのことだとおもう。

 

キム君とは話も少しした。

30代前半のキム君は、

「自分の生きた証を残したい」

と言う。

30代から40代は、そのためにまさにふさわしい時期である。

何をしたらそうなれるのか、キム君もあれこれ模索しているようだ。

 

「高野さんはどうなんですか」と聞かれ、ぼくは、

「あと一仕事はしたいと思う」

と答えた。

ぼくは自分自身については、それなりにあれこれやって来て、これ以上とくべつ「やりたい事」があるわけでもない。

あとは「きれいに死にたい」とおもうだけだが、やり残していることは片付けてしまわないといけない。

ぼくは、

「日本人として感じる、若い世代にたいする責任は、果たしてから死にたい」

とキム君に話した。

 

生ビールを2杯飲み、話も一段落したから、立ち飲み「てら」へさらに食事をしに行くことにした。

昨日はあまり長飲みせず、さっくり帰ろうとおもっていたのである。

 

てらには昨日もたくさんの若いお客さんが入っていた。

てら

料金が安めだからだろう、20代のお客さんが多いのがてらの特徴だ。

 

頼んだ料理はいつもと同じものである。

てら 料理

スパサラ100円。
 

アジフライ120円。

てら 料理

 

豚天250円。

てら 料理

 

鶏天おろしポン酢200円。

てら 料理

てらは毎回変わらずうまい。

 

隣にいた小栗旬似の20代後半とおぼしき男性と、「ラーメン」の話になった。

「地方の地のラーメンなどは、一軒だけで食べても意味がわからず、いくつかのお店で食べて初めておいしさが分かることがある」

と話すと、小栗旬は、

「あ、わかります、何軒かで食べて初めて、『伝えたいことがわかる』というか・・・」

と相槌を打った。

酒を飲む時には人とそれほど話すわけでもなく、料理を相手に静かに飲むのが好きだという小栗旬は、料理のメニューがなかったスピナーズへは、これまでそれほど行っていなかったけれど、

「料理が出るようになったとのことなので、今度また行ってみたい」

と言っていた。

スピナーズもこうしてお客さんの幅が広がることになるのだろう。

 

てらで酎ハイを2杯飲んだら、少し酔いがまわってきた。

飲もうと思えばまだ飲めたのだが、「今日はさっくり切り上げよう」とおもっていたから、そのまままっすぐ家に帰ることにした。

すぐに布団に入ったのだが、まだ10時半で早すぎて、ちっとも眠くならないのだ。

そこで睡眠薬代わりとして、布団のなかで小林秀雄の全集を読むことにした。

 

ところが昨日はどういうわけか、以前なら30分ほどで眠くなっていた小林秀雄が、いつまで読んでも眠くならない。

結局3時過ぎまで読みつづけ、「ピンチはチャンスだ」ということに思い至ったわけである。

 

◎スポンサーリンク

 

さて「小林秀雄」なのだが、ぼくは小林秀雄にかぶれていて、会社を辞めたあとの職業に執筆業を選んだのも、「小林秀雄みたいになりたい」とミーハーにおもったのが理由である。

大思想家と底辺のライターでは比較にならないのはもちろんだが、ぼくは小林秀雄を「師」とあおぎ、小林秀雄のように人生を全うしたいとおもっている。

会社を辞める前後で全集を読破したが、昨日改めて小林秀雄の全集を手にとってみる気になった。

小林秀雄が先の戦争をどのように捉えていたのか、確認したかったからである。

 

ぼくは今の時代は、日本が太平洋戦争へ突入する、少し前くらいの状況と似ているのではないかとおもっている。

もちろん日本が、これから「戦争する」とは必ずしもおもわないが、右傾化し、きな臭くなっているのは確かである。

小林秀雄は30代から40代の前半を、日本が日中戦争から太平洋戦争を行うなかで過ごしている。

小林秀雄が当時をどう過ごしていたのかを知りたいと、戦争前から戦争中にかけての巻を、結局5~6冊も読むこととなった。

 

小林秀雄の執筆活動は、太平洋戦争が大きな転機となっている。

戦前は「文芸批評家」だったのが、戦後に「思想家」への変貌を遂げた。

ぼくはこれは、小林秀雄が戦争により、「日本に深く絶望したため」だとおもっていた。

でも改めて読んでみると、そうではなかったようである。

 

小林秀雄は、太平洋戦争の開戦には賛成している。

開戦直後に書かれた『三つの放送』で、

「何時にない清々しい気持ちで上京、文藝春秋社で、宣戦の御詔勅奉読の放送を拝聴した。僕らは皆頭を垂れ、直立していた。目頭は熱し、心は静かであった。」

と書いている。

小林秀雄は戦後になり、戦争に反対しなかったことを問われて、

「オレは頭が悪いから反省しない」

と言ったそうだが、実際当時、多くの日本人・知識人が、太平洋戦争の開戦には喝采をあげたという。

誰も「悪いようにしよう」と思って行動するわけではなく、悪い時には、「いいよう」にしたはずのことが全て裏目に出てしまう、などということが起こるのだから、先の戦争も、結局はそういうことだったのかも知れないと、ぼくはおもった。

 

小林秀雄は当時の「政治家」については、良くは書いていない。

「帝国議会を傍聴したが、あれほど退屈なものとは思わなかった」などと書いているのもある。

ただ小林秀雄が尊重したのは、「兵士」だったとおもう。

「戦場で命をかけて戦っている同胞がいる時に、国内で文芸批評をすることにどういう意味があるのか」という趣旨の文章を、小林秀雄はいくつも書いている。

 

さらに小林秀雄は、太平洋戦争開戦の昭和17年以降、文芸批評を書くのを全くやめてしまった。

そして昭和17年に発表された、名作のほまれ高い『無常ということ』を皮切りに、『平家物語』『徒然草』『西行』『実朝』と、後の代表作『本居宣長』につらなる一連の作品を、立て続けに発表するのである。

そして同時に、発表する作品数は激減していく。

昭和18年は5作、昭和19年は0、昭和20年は1作となっている。

 

作品が激減した理由は、戦時下の日本でまともな文芸批評が発表できなかったこともあるだろう。

必要とされたのは「戦意高揚」のための文学で、小林秀雄の作品も、検閲で削除されたものもあるそうだ。

でもそれだけでなく、小林秀雄自身の心境の変化もあったのではないか。

命をかけて戦う兵士がいる時に、「小説の批評など生ぬるい」と小林秀雄は思ったのではないかという気がぼくはする。

 

それで小林秀雄は、小林自身が最も価値があると考えた、「歴史・伝統」の分野へ舵を切ったということだろう。

小林秀雄にとって新たな分野だったから、小林はかなりの時間を、それを勉強するために充てたはずである。

勉強すれば作品は書けないから、小林秀雄は「骨董の売り買い」をしながら、生計を支えたと言われている。

そのような戦時下での努力と模索が、戦後になり、一気に花ひらいて行ったわけである。

 

ぼくは以上のような小林秀雄の生き様を、全集を通して改めて目の当たりにした。

そして、「ピンチはチャンス」なのだとおもったのである。

 

40代初めの仕事盛りを、作品が発表できない戦時中に過ごさなければいけないとは、文学者として「不幸」なことではある。

でも小林秀雄は、その不幸な時代を誠実に受け止めることで、後に大きく飛躍することとなったのだ。

 

「何がよくて、何が悪いか」は、後になってみなければ分からないことだ。

なのだから、その時々を自分に忠実に生きることが、大切だということなのだろう。

 

昨日は結局、3時過ぎまでそうして小林秀雄について考え、その後も頭が冴えてしまってなかなか眠れなかったから、今日は眠くて、体もダルい。

仕事もしないといけないのに、できるかどうか、甚だ不安なのである。

 

「慣れないことするからだよ。」

チェブラーシカのチェブ夫

もう若くもないのにな。

 

小林秀雄で、まず「入門」としておすすめなのは、
考えるヒント (文春文庫)
考えるヒント
¥590

この『考えるヒント』。

全集で、ちょうど転機のころの文章が掲載されているのは、
小林秀雄全作品〈14〉無常という事
無常ということ
¥1,785

第14巻『無常ということ』。

音楽が好きな人なら『モオツァルト』、
モオツァルト・無常という事 (新潮文庫)
モオツァルト
¥546

また絵が好きな人なら『近代絵画』
小林秀雄全作品〈22〉近代絵画
近代絵画
¥2,100

もいい。

そして小林秀雄の代表作は、
本居宣長〈上〉 (新潮文庫)
本居宣長上
¥746

本居宣長〈下〉 (新潮文庫)
本居宣長下
¥746

この『本居宣長』である。
 

◎スポンサーリンク


 

◎食べログ

スピナーズ(食べログ)

立飲みてら(食べログ)
 

◎関連記事

趣味の料理は「自己流」がいいのである。

「幸せ」は金では買えないのである。

「最低限」は「それ以上」を期待することでもあるのである。

「結婚しない」と決めるのも賢いかもしれないのである。

ぼくは酒を飲むために生きているのである。

-07 外飲み