ラーメン店「天下一品」は、京都以外の人にとっては、「数あるラーメン屋の一つ」ということだと思う。でも京都では、熱狂的なファンを持つ、「神格化された」とでも言いたくなる存在なのだ。
毎年のことなのだが、10月1日の朝起きてツイッターやフェイスブックをチェックすると、「今日は天下一品の日」という投稿をかならず目にする。天下一品は10月(テン)1日(イチ)を「天下一品の日」と決めて、その日に来たお客さんにはラーメンの無料券をサービスするのだ。
僕はこれまで、10月1日に天下一品には行ったことがなかった。だいたい天下一品などいつでも行けるわけだから、10月1日はとくべつ味がちがうわけでもなし、たかがラーメンの無料券をもらうためだけに、わざわざ行列にならぶ気がしなかった。
しかし京都へ来て7年目、ラーメン好きを自認しながら、いまだ天下一品の日に並んだことがないというのは、画竜点睛を欠くような気がしたのである。
京都の人は、天下一品には特別な感情をよせているように感じる。たかがラーメン1杯分の無料券のために、ふだんはめったに行列などしない京都の人が、小一時間ならぶというのが、まずそうだ。
それから10月1日の夜にバーへ行けば、天下一品の日に並んでどうだった、いやあんなのに並ぶのはクズみたいなものだ、などなど、天下一品の日の話題でかならず盛り上がっている。
知り合いの京都のバーのマスターは、「天下一品のラーメンは、2~3ヶ月に1回はかならず食べないと気が済まない」と言っていた。
またやはり知り合いの京都の女性は、結婚したての若いころ、お金がなくて天下一品に行けなかったから、天下一品のラーメンの作り方を調べて家で自分で作ったとも言っていた。
京都はじつは、府外の人にはあまり知られていないのだが、「ラーメン王国」とも呼びたくなるほど多くの種類のラーメンがある。戦前に創業された「新福菜館」をはじめとして、「第一旭」「ますたに」「天下一品」と、伝統的なラーメンだけでも4つの流派が存在し、さらにそれらの亜流、また新興のラーメン店まで数えれば、「無数」とも言えそうなほど色々なラーメンがある。
京都のラーメンは、どれも基本的に「味が濃い」のが特徴で、ラーメンはうす味文化の京都にあり、庶民の重要なスタミナ源として機能してきたような気がする。
しかしその中でも、天下一品は特別なのだ。
ラーメン店は色々あるから、それぞれのお店にファンがいる。でも天下一品だけは、「熱狂」を感じるのだ。
きのう天下一品の日に並んだとき、偶然、京都出身の友達があとから来た。その友達は、
「これはやっぱりお祭りだから。お祭りには参加しないとね」
と言っていた。
お祭りは、神様を讃えるものだ。とすると天下一品は京都に住む人からみると、「神格化された存在」とすら、映っているのではないか。
僕はそれには、理由があると思っている。
京都の人は、「白い、ドロドロとした汁物」が好きなのだ。
筆頭は、「白みそのお雑煮」だ。白みそは塩分が少ないから、おいしく作ろうと思ったら、家族分なら白みその500グラム入りパックくらいを、全部入れるほどたっぷり入れる。
だから白みそのお雑煮は、みそ汁のようにシャバシャバとしているのではなく、クリームスープのようにドロドロしている。
さらに京都では、そこにヌルヌルとした里芋(小芋・親芋)を入れて、ドロドロ・ヌルヌルの食感を楽しむのだ。
ただし白みそは、京都の人はお正月以外にはあまり使わないようだ。たぶん白みそといえばお雑煮で、お雑煮は神様に捧げるものだから、そうそういつでも食べてはいけないのではないか。
そこで登場する、京都の人が特に冬場に、日常的に食べる白いドロドロとした汁物が、「粕汁」だ。
京都では、粕汁は完全に「ソウルフード」と言っていいと思う。「おばあちゃん・お母さんの味は粕汁」「明日死ぬなら、粕汁を食べて死にたい」という話は、京都の人からしょっちゅう聞く。
しかも京都の人は、粕汁には、全国で定番となっている紅鮭ではなく、豚肉を使う人が多い。そこに九条ねぎをたっぷりかける。
この九条ねぎがたっぷりかかった、豚肉の粕汁が、色も食べ応えも、さらに味も、天下一品のラーメンとそっくりなのだ。
天下一品のラーメンはこのように、京都の人が特別な感情をいだいている白みそのお雑煮、豚肉の粕汁の延長線にあるのである。
これが、京都の人が天下一品にたいして熱狂する原因ではないかと思う。
というわけで、僕も今回、約50分間行列し、天下一品二条店に入店した。
天下一品の日は「参加することに意義がある」のだから、50分並んだからといって文句を言ってはいけないのだ。
頼んだのは酢豚定食・税込み1,010円。まず漬物とご飯・酢豚が出てきて、食べながらラーメンを待つ。
そしてラーメン。
コッテリとしたスープが麺に「これでもか」というばかりに絡みまくって、まあ僕は京都出身ではないから、熱狂するとまではいかないけれど、大変うまい。
お勘定し、ラーメン無料券をもらって家に帰り……、
本当は、帰ったらすぐ仕事をしようと思っていたのに、満腹になったあまりの気持ちよさで、2時間ほど昼寝した。