今や北海道から沖縄まで、日本全国にあるラーメンチェーン店「天下一品」。これが「京都発のラーメン」だということは、知らない人が多いのではないか。
京都のラーメンというと、何となく「うす味」というイメージがあると思う。実際「京風ラーメン」と呼ばれる、うす味で和風だしをブレンドしたラーメンがあったりする。
でも京風ラーメンは、実は京都以外の人が京都をイメージして勝手に作り上げた味。京風ラーメンの店は京都には、駅ビルなどの観光客向けの店を除いては、まったくないのだ。
それでは京都のラーメンがどのようなものかといえば、例外なく「濃い」のである。これには僕も、京都に越してきて初めて京都のラーメンを食べ、ビックリした。
一番の老舗は戦前に創業された「新福菜館」で、ここはスープの色が真っ黒。
ちょうど「鴨南そば」に似た感じの、コッテリと甘辛い醤油とんこつ。
新福菜館は戦後すぐ、地方のラーメン店が立ち上げるのを応援もしたようだ。「郡山ブラック」など各地で「ブラック」と呼ばれるラーメンは、この新福菜館がルーツになっていることも多いのではないかと思う。
それから戦後すぐに立ち上げられたのが、まず「第一旭」。
ここは新福菜館よりはうすいのだが、それでも東京などで「中華そば」と呼ばれるアッサリとしたものに比べると、だいぶ濃くてしっかりとした味がする。
それから「ますたに」。
これは「背脂醤油系ラーメン」のルーツとなった店で、豚の背脂が振りかけられていて、コッテリと脂っこいのが特徴だ。
それに、1970年代に創業された「天下一品」が、京都のラーメン界では「四天王」ともいえる存在だと思う。いずれも「濃い」のが特徴だ。
これは京都が、べつに「うす味」にこだわっていないからだと思う。たしかに野菜を炊くときなどは、色を淡く、味をうすくして野菜の色と風味が活きるようにするのだが、京都の人も、魚や肉を炊くときは、コッテリとさせてしっかり炊く。
要は京都の料理は、「TPO」なのだと思う。素材に適した料理法をするわけで、豚肉を主体としたラーメンの味つけは、「濃い方がうまい」と判断したということなのだろう。
さてその京都のラーメンの中でも、天下一品はとくべつ濃い。ポタージュ状にドロリとしていて、この濃さは、九州のもっとも濃い豚骨ラーメンより、さらに濃いのではないだろうか。
このスープ、鶏と11種類の野菜が原料となっているそうだ。鶏を鶏ガラだけでなく、肉のついたものを使い、その肉と野菜が溶けるまで煮込むことで、あのようにドロリとするらしい。
この天下一品のとくべつ濃いラーメン、京都の人から強く支持されていると感じるのだ。「熱狂」という言葉を当ててもいいほどではないかと思う。
べつに特別ラーメンオタクでもない人が、「2~3ヶ月に1ぺんは天下一品のラーメンを食べないと我慢できない」と言ったりする。
ラーメン無料券が漏れなくもらえ、さらにラーメンストラップなどオリジナルグッズが当たる、10月1日「天下一品の日」にはズラリと行列ができ、その前後はバーなどでも、天一の日に行くだの行かないだの、行っただの、などということが話題になったりする。
ある知り合いになった僕と同じくらいの年の京都の女性も、他のラーメンは食べないが、天下一品のラーメンだけは、時々食べるのだそうだ。
その女性、若いころお金がなくて、天下一品になかなか行けなかったから、仕方なく、家で天下一品に似せたドロリとしたラーメンを自分で作ったこともあるというからオドロキだ。
他のラーメンで、もちろんそれぞれにファンはいても、天下一品ほどの熱を感じるものはない。天下一品のラーメンは、京都で特別な地位にあると言ってもいい気がするのである。
僕はそれは、天下一品のラーメンが、京都の人がとくべつ好きな味とまさに一致しているからではないかと思う。
京都の人は、「白くてドロリとした汁物」が好きなのだ。
その代表は、まずはお雑煮。
京都では、お雑煮には白みそで味付けする。
この白みそのお雑煮、食べたことがない人は、「カツオだしに白いみそでアッサリとしているのか」などと思うかもしれないが、そうではない。昆布だしに甘めの白みそをタップリ入れ、ポタージュスープみたいにちょっとドロリとさせるのだ。
入れる具は、基本は里芋。全体として、「ねっとり・ドロリ」とした食べ応えになる。
この白みそのお雑煮は、京都の人にとっては「ソウルフード」と、まちがいなく言っていいと思う。京都の人は、この白みそのお雑煮を食べるとき、他の食べ物にはない、特別な感情を持つはずだ。
しかし白みそのお雑煮は、たぶんお雑煮が神様に捧げるものだからだろう、京都の人はお正月以外は食べないようだ。白みそ自体、お雑煮以外にはあまり使わないのではないか。
それに代わるものとして、京都の人が日常的に食べる白くてドロリとした汁物が、「粕汁」だ。
この粕汁も、やはり「京都のソウルフード」と呼べるのではないかと思う。
「お母さんやお婆さんの味といえば粕汁」という話は、とてもよく聞く。ある京都の女性は、「地球最後の日の前日には粕汁を食べたい」と言っていた。
ちなみに粕汁は全国的には、具材を「紅鮭」とすることが一般的ではないかと思うが、京都の人は「豚肉」という人が多い。京都はアッサリとした食べ物が多いから、このコッテリとした豚肉の粕汁で、不足しがちな栄養を補うのかとも思う。
ここまで来れば、もう分かったのではないか。天下一品のラーメンは、この豚肉の粕汁に、味も姿もそっくりなのだ。
粕汁同様、色は白くてドロリとしている。味も豚肉が中心で、それにネギというのは、粕汁と全くおなじ。
天下一品のラーメンはこのように、京都の人の琴線に触れる味なのではないだろうか。そのため比較的最近できたものでありながら、まさに「ソウルフード」と言いたくもなるような熱狂を生み出しているのではないかと思う。
天下一品は、日本中どこにでもある。これを「京都の人が好む味」と思って食べると、味わいもまた違ってくるかもしれない。
そういうわけで、きのうは僕も、天下一品。
北白川の本店が、やはりうまいはうまいのだが、家の近くの二条駅前店でも問題はまったくないのだ。
ラーメンだけを食べるのも、もちろんいい。でも天下一品はつまみや定食のメニューも非常に充実しているから、「居酒屋」や「食堂」として利用するにも申し分ない。
まずビール。
水曜の9時ころという半端な時間だったのだが、店は満員。
キムチと餃子を注文し、はじめに注文したビールはキムチで飲む。
餃子が焼き上がってきたら、ビールをお代わり。
さらに牡蠣フライを注文し、酒はチューハイ。
そして、ラーメン。
味は「コッテリ、ニンニク入り」と指定した。
ラーメンは、酢豚とセット。
定食だと、ご飯はおかわり自由となる。
これだけの量を飲み食いし、お勘定は3,210円ポッキリ。「ありがたい店」だといえると思う。
しかしさすがにこれだけ食べたら、お腹ははち切れそうになった。家に帰って1時間ほど、全く動けなかったのは言うまでもないことだ。