年末に東京から叔父が来て、ふぐを食べに行った。お造りに焼きふぐ、てっちり、雑炊まで食べ、お腹は一杯になったのだが、やはり最後はラーメンでシメたくなるわけである。
それで叔父と別れたあと、三条木屋町にある博多長浜ラーメンの店「みよし」へ行った。
みよしは創業30年以上になる老舗。京都で「博多とんこつラーメン」といえば、「まずはここ」となるのではないかと思う。
10分ほど並んで店に入り、ラーメンを注文。
スープはわりと濃厚で、味は超本格的。
麺は極細。
完全に博多仕様で、この店が長浜にあったとしても、決して引けは取らないと思う。
ただしこの店、「やはり京都だな」と思うところがあり、それにまたシビレルのだ。
トッピングの具材が多いのである。
博多とんこつラーメンにトッピングするとなれば、普通はまず紅しょうがとゴマ。それに高菜漬けくらいなものだろう。
紅しょうがとゴマは、みよしにももちろんある。それから高菜漬けは、同じような味がするエキスがあらかじめ入られているようで、トッピングの具材としては省略されている。
しかしみよしのトッピングは、それ以外のラインナップがスゴイのだ。
カウンターの上に、トッピング具材が入った器がズラリ。
左から、ニンニク唐辛子、豆板醤、刻んだ鷹の爪、ゴマ、紅しょうが、それに揚げ玉。
テーブル上には、カレー粉とふたたびゴマ、ラー油。
さらにコショウとラーメンのタレ。
計10種類となっている。
これらのトッピングを、はじめから全て入れるわけはない。味がこんがらがって、ワケがわからなくなってしまう。
そうではなく、食べ進んだり、替え玉をしたりするとき、好みで入れるということだろう。要は、味を変えるためにあるわけだ。
この「味を変える」ということが、いかにも京都らしさを感じるところなのである。
京都は、やはり「食」については、長年都なのだから、一日の長がある。「エンターテイメント」を盛り込むことに長けていると思うのだ。
たとえばおでんなどなら、丸い大根を白く煮て、それを盛り付けるときには、茶色いさつま揚げなどの下に隠しておく。さつま揚げをどけると、下から白い大根が、まるで雲間からあらわれる満月のように顔を出す、というサプライズを、食べる者に味わわせるわけである。
この「サプライズ」の要素は、「味を変える」という形で、京都の外食はどんなものでも、持っていることが多い。
たとえば、祇園松葉のにしんそば。ニシンがどんぶりの下に沈み、その上に麺がかぶせられている。
うす味のだしでしばらくそばを味わったあと、おもむろにどんぶりの下のニシンに箸を伸ばすと、いっしょに沈んでいたドロリとした煮汁によって、そばの汁が一気に濃くなる。
そうして味を変え、さらにそばを楽しむのだ。
新福菜館の特製ラーメンでも、並ラーメンにはない生卵ともやしが、味を変えるためにあると気が付いたのは、新福菜館に通い始めて1年以上たってからだった。
多くのラーメン屋にも、最低でもニンニク唐辛子が置かれていて、これも味を変えるためにあるものだ。
このように、「味を変える」ということは、京都の食の一つの特徴だといえると思う。このみよしにも、それが「トッピングの充実」という形できちんと貫かれているわけで、まさにこれは、「京都で発展したとんこつラーメンの一つのあり方」なのである。
ただしおれはこのときには、紅しょうがとゴマをトッピングしただけで十分うまくて、それで最後まで食べきってしまい、替え玉でも、他のトッピングを活用するには至らなかった。
次回行ったときには、ぜひ挑戦してみたいと思う。