東京に10日ほど行っていたのから一旦関西に帰ってきた。となれば大阪十三「あらい商店」へ行くしかない。
あらい商店は「在日コリアン家庭料理」の店。東京にも韓国料理屋はたくさんある。でもそれらの多くは、韓国で生まれ育った人が日本に渡ってきて開いた店だ。
それに対して関西には、あらい商店のように2代・3代、人によっては4代・5代と日本に住む在日コリアンが開いている店がたくさんある。
それら在日コリアンの店は、看板は「韓国料理」となっていることが多いのだが、韓国の店や韓国で生まれた人が日本で開いた店と比べると、辛みは抑えめ、甘みとうまみが強めになっていて、日本人の舌にじつに合う。日本に長年住んでいる在日コリアンは、日本の味の影響を受けているのだ。
さらに在日コリアンは、韓国の味と日本の味を融合させた新たな形の家庭料理を数多く生み出している。
あらい商店は、それら「在日コリアン家庭料理」とも呼ぶべき韓国料理とは異なる料理を食べられる、大変貴重な店なのだ。
あらい商店の大将には、先日「牡蠣の在日風吸い物」を教えてもらい、これが衝撃的にウマかった。大将との料理談義も楽しみに、僕は阪急電車で十三に向かった。
あらい商店への到着予定時刻は8時。終電は11時半だから、ゆっくりと3時間くらいはいられるはずだ。
十三駅の改札を出、西に伸びるアーケードを10分くらい歩き、アーケードが途切れたそのちょっと先にあるあらい商店に到着したら、まずビール。
それから、キムチ盛り合わせ。
以前はキムチ屋を営業していたあらい商店のキムチは言うまでもなくうまい。しっかりとしたコクがありながらわりとサッパリもしていて、酒がいくらでも進むというやつ。
それから、ネクタイ塩炒め。
「ネクタイ」とは食道のこと。位置が舌と胃腸の中間にあるだけあって、味もまさにその中間。舌のコクと胃腸のプリプリとした噛みごたえを兼ね備えていて、それをサッパリと塩ベースの味で炒めてレモンを絞ったのは、ビールのアテとしては最高だ。
飲んでいると、差別カウンターやデモでちょくちょく顔を合わせる知り合いが現れた。彼は赤ワインをボトルで頼んだ。
そうなると、僕の負けず嫌いが刺激されるわけである。
「酎ハイを2~3杯飲んで終わろう」と考えていたのを撤回し、マッコリをボトルで注文。
酔うにつれ、話は在日料理のことで盛り上がる。カウンターの彼は日本人だが、鶴橋の近くに住み、在日料理には関心が深いようだ。
在日コリアンが多く集まる鶴橋のあたりには、韓国料理はもちろんのこと、ラーメンやお好み焼きなどでもおもしろい店がいくらでもあるそうだ。ところがやはり、差別と関係するからだろう、それらの店はあまり注目されず、メディアなどでも取り上げられることは少ないそうだ。
「高野さん、そういう店を取材して、ブログで紹介してくださいよ」
カウンターの彼は言う。
「それはいいですね~!」
僕は超乗り気になり、それでまた酒が進むという企画。
シメの第一弾として、まずキムパ。
キムチが入った、普通のとはちがう特製のやつ。
いま思えば、この選択は誤りだった。キムパはゴマ油などで味がバッチリついているから、シメになるどころか酒がますます進むのだ。
それから、これがスゴイ裏メニューであるカレーうどん。
あらい商店には「牛スジカレー」という王道の人気メニューがある。カレーうどんはそのカレーをクッパなどに使うスープで溶きのばし、うどんを入れて少し煮たもの。
強めに利かせたスパイスに韓国唐辛子やゴマも入って、インドに日本、韓国の料理が融合した、まさに在日料理のお手本ともいうべきもの。一見するとシンプルながら、よくよく味わうとさまざまな味が絡み合っているのが感じられ、これも酒に合うことこの上ない。
カレーうどんを食べ終わろうとする間際、大将がご飯を少し入れてくれた。
「カレークッパ」となるわけで、これがまたうまく、しかも酒がさらに進むわけである。
その頃には、大将とカウンターの彼、それに僕の3人は、完全に出来上がってしまった。終電の時間はまさに過ぎ去ろうとしている。
「おれはもう、きょうはタクシーで帰ります」
カウンターの彼はそう言って、ワインのボトルをさらに1本注文する。
そうなれば、僕だけ一人電車で帰るわけにはいかないのは、言うまでもないことだ。
ワインのご相伴に預かり、料理談義はそれからも延々とつづいた。
「鎌倉時代に権力によって禁止されたニンニクを、これから日本は取り戻さなくてはいけないと思うんですよ」
僕は自説を滔々と語る。
「今度ぜひ在日料理のイベントをあらい商店でやりましょう」
大将もそれに応じる。
話はカウンターの彼が1時を過ぎて帰ってからもさらに続き、結局僕が店を出たのは午前3時。
もう帰ることはできないから、近くのサウナに宿を取り、ハイボールを2~3杯。
予想通りといえば、あまりに予想通りの展開。毎度のことではあるけれど、僕は意志が弱すぎる。
ただし一つ言い訳させてもらえば、これはあらい商店も悪いのだ。料理があまりに酒に合い過ぎ、さらに話がおもしろ過ぎる。
これで飲み過ぎないようにするためには、人間の限界を超える忍耐力が必要とされるのではないかと思う。
あらい商店
- 住所 大阪府大阪市淀川区十三元今里2-20-2
- 電話 06-6304-3435
- 営業時間 12時~14時/17時~23時30分(23時ラストオーダー)
- 定休日 火曜