終電に間に合うように帰途を急ぐ知り合いをルミネ前の路上で見送り、「さてどうしようか」と考える。宿は歌舞伎町のカプセルホテルに取っている。時刻はまだ12時前・・・・・・。
あと1~2杯飲み、ラーメンでも食べて帰ることに決め、来た道を引き返して歌舞伎町へ向かった。
僕は歌舞伎町が好きだ。圧倒的な量の看板やネオンに彩られ、ひたすら猥雑。人間のエネルギーに満ちあふれ、それをすべて吸収しようとしていく街。
といって、歌舞伎町に数限りなくあるキャバクラなどの風俗店には、僕もさすがにもういい年で、あまり興味はなくなっている。
でもそういう店の綺羅びやかな看板や、意匠をこらしたドレスを着て店の前に立ち、お客さんを待つ女性、さらには辻々にたむろして、獲物が来れば機敏な動きをする客引きなどを見ていると、なんだか平和な気持ちになってくる。
ただしこちらは風俗店には行くつもりがないわけだから、客引きに引っかかるわけにはいかない。なので客引きは「敵」とみなし、排除することにしている。
何しろこれまで、客引きに引っかかっていい思いをしたことがない。ぼったくられたこともあるし、そうでなくてもロクでもない店に連れて行かれたり・・・。
客引きは、ただ無視していてもいつまでもしつこく付きまとってくる。なので排除するには一旦立ち止まり、そいつの目をじっと見て、「話しかけてくんなよ」とハッキリと言うのがいい。
客引きは、立場としては非常に弱い。トラブルになって警察に通報されるなどすれば、困ることになるのは客引きだからだ。
新宿通りをわたり、歌舞伎町一番街に入る。10メートルに1回の割合でまとわり付いてくる客引きを切っては捨て、切っては捨てしながら、僕は飲み屋を物色した。
「落ち着いてゆっくり飲めるところがいいんだけどな・・・・・・」
そう思いながら、TOHO CINEMASの前の広場に出る。あたりを見渡してみたところ・・・・・・。
視界の隅に、歌舞伎町にはおよそ似つかわしくない、鈍い色の看板がどんよりと光っていることに気がついた。
それが、ショットバー「ワールドワイド」。
これが、かなりスゴイ店だった。
ドアを開けると、ボルサリーノを粋にかぶったママが一人。
一杯だったお客さんは、終電で皆帰ったあとだったらしい。
「もう今がラストオーダーで、12時半閉店ですけどいいですか?」
こちらは一杯飲めればいいので、文句はない。店に入れてもらうことにした。
目の前の棚には膨大な種類の洋酒が並んでいる。
「安いウイスキーを氷なしの水割りでください」
僕のその言葉にママは呆れた顔をする
「安いっていってもスコッチとか、バーボンとか、色々あるんですけど。バーボンなら安いのはフォアローゼズ、ハーパー・・・・・・」
ハーパーをもらうことにした。
「水は少なめの方がおいしいと思うのでね」と言いながら出してくれたそのハーパー、450円。しかもチャージもタックスもなし・・・・・・。
「歌舞伎町にもこんな店が残っているのか」
僕はしみじみと驚きながら、出されたハーパー水割りを飲んだ。新宿だと、ウイスキーの水割りなら安くても800円、その他に500円~1000円のチャージを取られるのが相場だろう。
チャージ・タックスなしの450円というのは、京都の中でも一番安い、僕がいつもお世話になっている四条大宮よりさらに安いくらいだ。
店は先代から合わせて36年になるそうだ。店内の装飾もとても風情があって落ち着ける。
ママとは「客引き」の話をした。僕が客引きを「敵」とみなしていると言うと、
「客引きも、長い人はまた違うんですよ」
とのことだ。
もちろん客引きの中には、ボッタクリの店を案内する悪質な奴もいる。でも長くやっている客引きは、歌舞伎町の常連さんと何回も顔を合わせる。上等な客引きは、道を歩く常連さんの顔を覚えるのだそうだ。
だからそういう常連さんにボッタクリ店を紹介すれば、「あいつはボッタクリを紹介するやつだ」と思われて、次からは相手にされなくなる。また場合によっては警察に通報され、自分が捕まってしまうことになる。
「だから客引きも長い人は、ボッタクリ店は絶対に紹介しないものなんですよ」
「なるほど、それは気が付かなかった」
僕は思った。次からは、あまり初めから客引きを邪険にせず、ちょっとは相手をしてみてもいいのかもしれないと思った。
「でも素人さんには、ボッタクリ店を紹介する客引きと、そうでない客引きとの区別はつかないと思いますので、とりあえずは相手にしないようにするのでいいと思いますけどね」
ママはそう付け加え、ニコっと笑った。
そんな話をしているうちに、あっという間に閉店時間。お暇をして、店を出た。
「この店、絶対また来よう」
僕は思った。
ワールドワイド
住所 新宿区歌舞伎町1-12-4 1F
電話 03-3209-6503
営業時間 18時~24時30分(24時ラストオーダー)
定休日 無休