ぼくは酒を飲むために生きているのである。(南禅寺もみじ)

2014/04/25

昨日は午後南禅寺のもみじを眺め、夜は大宮で酒を飲んだ。

立ち飲みてら

大宮で飲みながら、「ぼくは酒を飲むために生きている」と改めておもったのである。


 
最近忙しくなってきて、時間が足りなくなっている。

まずブログが、以前は2~3時間でさっくり更新できたものが、4~5時間はかかるようになっている。

これは「じっくり考えるたのしみ」を憶えてしまったためで、書き始めるまえの構想に、2時間ちかくがかかるようになったのだ。

そうすると書く内容は膨らんでしまうし、さらに更新してから見なおす時間も余計にかかることになる。

 

料理もおなじで、作り始めるまえ、やはり1時間近くをかけて構想を練るようになってしまった。

それから1時間半かけて実際に作り、そのあとチマチマ食べるから、これにも膨大な時間がかかる。

おまけに最近、季節のせいか、よく眠れるようになり、昨夜も9時間ぐっすり寝ている。

酒は飲まないわけにいかないし、ほかにもやることは色々あるから、仕事をする暇がなくて困っているのである。

 

しかも今、折からの紅葉シーズン。

京都のもみじは見ごろの絶頂をむかえている。

紅葉を「忙しいから」と見ないのは、人間としてどうかとぼくはおもう。

そこで昨日、ブログ更新が早めの時間に終わったし、お天気もよかったから、南禅寺へもみじ狩りに出かけることにした。

 

京都の名所は山ほどあり、ぼくも全てを知っているわけではもちろんのことないのだが、南禅寺のもみじはぼくが京都で最も好きなものの一つである。

南禅寺 もみじ

毎年南禅寺でもみじを見るたびに、「ああ、すごいなあ」と感動がある。

 

理由の一つは、南禅寺のもみじが「計算されつくされて」植えられていることだ。

もちろんどこのお寺のもみじでも、計算されて植えられているとおもうが、南禅寺はその計算の度合がほかと比べて高いとおもう。

かならず松の緑をとなりに配し、さらに建物とうまくからんで、建物を引き立てるようになっている。

これを「あざとい」と見る向きもあるようだが、もみじを「自然」としてではなく、「芸術作品」として考えたばあい、南禅寺は高度だとぼくはおもう。

 

それから南禅寺のもみじがいいもう一つの理由は、「わかりやすい」ことだ。

誰が見ても、「きれいだ」と思うように出来ているとおもう。

映画でもスティーブン・スピルバーグやアクション物など、単純明快なものが好きなぼくは、石庭など見ても、何のことやらわからないのだ。

南禅寺が「あざとい」と見られるのは、そういう「わかりやすさ」も一つの理由かともおもうけれども、ぼくはそういうほうが好きである。

 

南禅寺のもみじの良さは、「人の動き」を計算に入れているところにある。

境内を歩いて行くにつれ、もみじの見え方が変わっていき、ある「ストーリー」が感じられるようになっているのだ。

それを代表するのが「参道」だ。

参道は参拝者が、三門を通りぬけ、法堂へ至るためのコースである。

 

参道の入口に立つと、右手にもみじ、左手に松が高く植えられ、向こうの三門はそれに隠れてチラチラと見える塩梅になっている。

南禅寺 もみじ 三門

 

参道を歩いて行くと、だんだんと巨大な三門が姿をあらわし、その威容に心を打たれることになる。

南禅寺 もみじ 三門

 

三門の階段をトントンと上がると、その向こうに「額縁」がある。

南禅寺 もみじ 三門

 

三門の柱と梁に仕切られた空間に、深紅に燃えるもみじがドーンと顔を出すのである。

南禅寺 もみじ 三門

・・・のはずだったのだが、昨日はまだ少し時期が早くて、額縁のもみじは赤くなりきっていなかった。

 

そしてその先、さらに法堂へと向かう道も、おなじように、もみじと松で彩られている。

南禅寺 もみじ 法堂

 
 

この視覚効果は、参拝者に寺の宗教的威厳を深く感じさせることを目的としているだろう。

芸術を最大限に活用したこのやり方に、「昔の人はたいしたものだ」と、ぼくはいつもおもうのである。

 

境内奥にある「本坊」もまたいい。

入場するのに500円かかるけれど、払う価値はあるとおもう。

 

こちらはより芸術的なものが見られるのだが、まずは方丈庭園。

南禅寺 もみじ 方丈

借景も計算に入れられ、きれいに配置されている。

 

さらに奥には回廊がしつらえられ、歩きながら景色が眺められるようになっている。

南禅寺 もみじ 方丈

 

坪庭の苔ともみじ。

南禅寺 もみじ 方丈

 

巨石ともみじ。

南禅寺 もみじ 方丈

 

茶室ともみじ。

南禅寺 もみじ 方丈

 

池ともみじ。

南禅寺 もみじ 方丈

まさに「もみじづくし」で、南禅寺はここ一ヶ所で、とりあえずお腹一杯、もみじを味わえる場所だとおもう。

 

南禅寺から帰って少し仕事をこなしたあと、大宮へ飲みに出かけた。

四条大宮 スピナーズ

忙しくても、飲みには行くのである。

 

ぼくの人生の目的を、もし人生に目的があるものならば、あげるとすれば、まず第一に「おいしい酒を飲むこと」である。

ぼくは最低限これだけあれば、他に何もなくてもいい。

だからできれば、一生を酒だけ飲んで送りたいところである。

でもそういうわけにも行かないから、仕事もしているわけなのだ。

 

昨日はまず「スピナーズ」へ行ったら、マスターのキム君は、またツマミを用意していた。

四条大宮 スピナーズ つまみ

ローストビーフとコールスロー、それぞれ300円。

ローストビーフは買ったものかとおもったら、キム君が自分でフライパンを使って焼いたそうで、焼き加減も非常によく、ソースもうまかった。

 

それからめんたいポテト、これも300円。

四条大宮 スピナーズ つまみ

マッシュポテトに明太子を混ぜ込んだもので、こちらもエッジが利いている。

もしスピナーズに行ったときにツマミがあれば、頼んでみるのはおすすめである。

 

昨日はスピナーズにしばらくいて、それから「てら」へ移動して、常連さんと色々話した。

立ち飲みてら

特にてらでは、常連さんと、初めて話が盛り上がったのである。

 

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さてスピナーズへ行ったら、まずいたのは50代の常連さんの男性で、次に来たのが、ぼくが「熊の男性」と呼んでいる、やはり50代の人だったから、カウンターには、50代のおっさんが3人揃ったわけである。

熊の男性とは、「飲み屋」についてあれこれと話しをした。

ぼくがガールズバーが、

「きれいだけれど話のできない、お人形さんみたいな女の子ばかりでつまらない」

と言ったら、熊の男性は、

「それはガールズバーというのがそういう設定なのであり、高野さんは求めるものがちがっている」

と言う。

安い給料で雇える話ができない女の子を揃え、「それでいい」という男性が、安い料金で行くのがガールズバーなのだから、もし話ができる女の子と飲みたければ、

「クラブへ行くべきなんですよ」

という話である。

 

なるほど、ぼくはスナック止まりで、クラブへは行ったことがないけれど、たしかにそういうものなのだろう。

京都の安めのクラブなら、キャバクラなどと変わらない値段で飲めるそうだ。

 

ただぼくは、仕事の接待があるわけでもなし、飲むならスピナーズのほうがよっぽどいい。

スピナーズに来る女性の常連さんは、下手なお店の女の子よりよっぽど可愛く、話もできて、一緒に飲むとたのしいのである。

ただし女の子はお客さんだから、いつでもいるわけではない。

昨日のように、50代のおっさんしかいない時も、耐え忍ばないといけないわけだ。

 

ややもして、松下奈緒似の女性がやって来た。

松下奈緒も、「話すとたのしい女性」の一人である。

2杯めの焼酎お湯割りを飲みおわり、「そろそろてらへ移動しようか」と考えていたぼくだったが、たのしくなりそうな予感がしたからもう一杯おかわりした。

ところが松下奈緒は、すでに泥酔状態、カウンターに突っ伏して寝てしまったから、ぼくは少し前に横に来ていた、伊藤英明似の男性と話しをした。

 

初対面だった伊藤英明似の男性とは、「料理」の話になった。

「料理は嫌いではない」と言うこの男性は、ルウをブレンドしてみたり、カレー粉を足してみたりし凝ったカレーを作り、それを家族にふるまったりもするそうだ。

夜も家で、自分でツマミを作り、酒を飲みたいとおもうのだけれど、「ツマミの作り方がわからない」と言う。

 

「おひたしとか作ったらいいじゃないですか」

と言うと、

「おひたしは大好きなんですが、どうやって作ったらいいんですか?」

と聞く。

「料理に興味があっても、おひたしの作り方を知らない人がいる」ことにはびっくりしたが、おひたしと酢の物、卵炒めの作り方を教えてあげた。

もしかしたらこのブログも、想定している読者の料理レベルを考え直さなければいけないのかと思っているところである。

 

伊藤英明が帰っていったので、ぼくもスピナーズを出て、「てら」へ向かうことにした。

立ち飲みてら

最近では、スピナーズとてらが定番コースになっている。

 

てらへ行くと、少し混んでいたのだけれど、常連さんの女性二人が横へずれ、手招きしてぼくを呼んでくれた。

これは初めてのことである。

また女性二人は、ぼくの焼酎が手元にとどくと、乾杯をしてくれた。

顔見知りの常連さんどうしがする儀式であるこの「乾杯」を、ぼくもてらで、ついにしてもらえるようになったのである。

 

それからぼくは、この女性二人と3人で、あれこれと話しをした。

女性の一人、深田恭子似の女性は、

「私は付き合っている男性から『諭される』のは好きではないけど、どなられるよりはいいからガマンする」

とのことである。

なるほど、親しいからこそグチをこぼした女性にたいし、男性が上から目線の説教をしてしまうことはありがちだ。

 

「実はぼくが前の彼女に捨てられたのも、そのことが一つの原因なのではないかと思っているんです」

と言うと、もう一人、アンジェラ・アキ似の女性が、

「女性がグチをこぼした時は、『ふんふんふん、そうなんや、お前も大変やなあ』と話を聞けばいいんですよ」

と応える。

「タイミングもあったんでしょうけど、女は『ダメだ』とおもったら、さっくりと切り捨てることがありますから、次回は気を付けてくださいね」

とのことである。

飲み屋で女性のお客さんと話すのは、勉強になるのである。

 

てらで食べたのは、まず鶏のお造り650円。

立ち飲みてら 鶏のお造り

 

それから豚天250円。

立ち飲みてら 豚天

 

つくね130円。

立ち飲みてら つくね

 

スパサラ100円。

立ち飲みてら スパサラ

いつもながら、てらの料理はうまいのだ。

 

てらでは「一杯で帰ろう」と考えていたところ、思わず話が盛り上がったから、焼酎お湯割りをおかわりした。

酎ハイグラスに並々と注がれた焼酎だから、ぼくはさすがに酔っ払い、最後のほうの記憶があやしい。

 

しかしこうしててらで、常連さんの輪にはいり、話が盛り上がったのは、初めてのことである。

ぼくは昨日、

「こうして人と関係がつながり、それが深まっていくたのしみを存分に味わうことが、ぼくの人生の二つ目の目的だ」

と、改めておもったのであった。

 

「仕事もちゃんとやらなきゃダメだよ。」

チェブラーシカのチェブ夫

うん、わかってる、がんばるよ。

 

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スピナーズ(食べログ)

立飲みてら(食べログ)
 

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