郡山の本格バーは充実しているのである。(郡山/姑娘飯店、春待堂、BARdeMOBO)

2014/04/25

 
昼は陣屋の「姑娘飯店」のランチで紹興酒、夜は読者の女性とやはり陣屋の「春待堂」で食事をし、さらに「BARdeMOBO」で酒を飲んだ。

BARdeMOBO

郡山の本格バーは充実しているのである。

 

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疲れていた胃腸もきのうの昼にはだいぶ回復し、食欲も多少は湧くようになってきた。

家にいれば、無理せず昼も抜くところだが、残りすくない郡山での滞在、まだ行ってみたい店もあり、そうも言っていられない。

向かった先は、陣屋の「姑娘(クーニャン)飯店」。

姑娘飯店

このブログの読者の人から、コメントで勧められていた。

やはりディープなお店ばかりでなく、地元の人がよく行く店もおさえておきたいところである。

 

まずは紹興酒。

姑娘飯店

熱燗にしてもらった。

 

それからランチ。

姑娘飯店

これに、さらに食後のウーロン茶またはコーヒーがついて800円。

かなり安いといえるだろう。

おかずは酢豚にしたが、その他にエビチリや牛肉とピーマンの細切り炒めなど4種類から選べるようになっている。

 

酢豚はやや甘めの、やさしい味つけ。

姑娘飯店

 

右の白いのは杏仁豆腐で、こちらは逆に甘さがひかえられている。

姑娘飯店

 
 

この姑娘飯店、郡山では一、二をあらそう人気の中華料理店なのだそうだが、それも肯けるところである。

まず値段が良心的だし、店員の対応から料理の味つけや盛りつけなどに至るまでがていねいで、お客に対するもてなしの心を感じる。

妙に格式張ったところはないし、もちろん逆に勢いだけの、ぞんざいなところもない。

出過ぎず足りた、誠によい加減で、いい店だとおもった。

 

夜は別のブログ読者の女性と食事をすることになっていた。

郡山にまで、ぼくのブログを長く見てくれている人が何人もいるのは、ありがたい話である。

「高野さんがいいと思ったディープな店へ連れて行ってください」とのことだったのだが、ディープな店に女性を連れて行くのはさすがのぼくも気がひける。

春待堂

そこでこれもやはりコメントで教えてもらった、陣屋「春待堂」へ行くことにした。

福島の地鶏をつかった焼き鳥と、会津そばの店である。

 

すこし早く着いたから、女性の到着をまたずに飲みはじめる。

春待堂

店内は「焼き鳥屋」というよりは「上品な居酒屋」で、店員も落ち着いた、フレンドリーな対応をしてくれる。

お通しの鶏煮込み。

春待堂

ホロホロに煮込まれているが、さすが地鶏、しっかりと味がある。

 

やがて待ち合わせの時間になり、女性が到着した。

春待堂

小林麻耶にも似た30代の独身で、お母さんが経営する居酒屋を手伝っているそうだ。

ぼくのブログは1年近く見てくれていて、レシピをお通しに活用したりもしてくれているとのこと。

「まさか本当に郡山に来るとは思わなかったので、びっくりしました・・・」

女性はぼくがこちらへ来てすぐ、連絡をくれたのである。

 

頼んだ料理は「焼き鳥おまかせ5本セット」1400円。

春待堂

串の長さは20センチほどもあるやや大きめの焼き鳥で、左からモモ、つくね、名前は忘れたがモモとつながった背中の部分、ハツ、それにナンコツ。

地鶏だからしっかりと弾力があって味が濃く、タレの味も控えめで、さらにつくねなどはかなり色々加えられているようで、どれもうまい。

 

自家製おぼろ豆腐600円。

春待堂

濃さは濃すぎずちょうどよく、塩とオリーブオイル、わさび、ショウガが添えられている。

 

だし巻き卵600円。

春待堂

かなり巨大で、ふんわりと柔らかい。

 

お新香盛り合わせ450円。

春待堂

上品にうす味で漬けられている。

 

女性はぼくのブログを、ぼくが郡山に来てからも見続けているそうだ。

「私も知ってはいるけど行ったことがない、まさかと思うようなディープな店へ行かれているので、すごく興味深いです・・・」

ぼくが今度はどこへ行くのだろうと、毎日楽しみにしてくれているという。

「堂前のスナックとか、私はボラれないかと心配で、とても一人では入れないですよ」

「ぼくは男だし、新宿・歌舞伎町で鍛えて何度もボラれた経験もあるので、その辺はだいじょうぶなんですよ」

ぼくは答える。

 

話は女性の将来のことにもなった。

「母とやっている居酒屋は常連さんも年をとってきて、かといって今以上新規のお客さんも見込めないので、母の面倒を見るためにも、私が駅前で新しく店を開こうかとも考えているんです・・・」

結婚はもうするつもりがなく、自立していきたいという。

「でも店を開くにも銀行にお金を借りたりしないといけないと思うと、なかなか一歩が踏み出せなくて・・・」

そこでぼくは、四条大宮の飲み屋街で若い人たちが店をはじめる様子をすこし話した。

 

「四条大宮は京都の街中にありながら、古い物件は賃料が10万円以下、中には5万円くらいのところもあり、そこに居抜きではいって初期投資20万円ほどで店をはじめたという話も聞いたことがありますよ・・・」

自分の個性をきちんと打ち出し、料金を低めにおさえた多くの店が、常連さんを獲得し、宣伝などしなくても口コミでお客さんが増えていく。

「中町のあの古い飲み屋街とか、もしまだ使える店舗が残っているのなら、前にホテルもあって出張客も見込めるし、いいんじゃないかと思うんですがね」

ぼくは「郡山と京都は事情もちがうだろうから、あくまで参考程度に」と念押しをしながら、そんな話も少しした。

 

やがて料理も食べ終わり、お腹がふくれていたため会津そばは食べ忘れたのだが、もう一軒行くこととなった。

BARdeMOBO

向かった先は、郡山の友人から「いい店だ」と聞いていた「BARdeMOBO」である。

 

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郡山では、これまでこの「BARdeMOBO」を含めて3軒のバーに入ったのだが、どれも「本格バー」である。

スコッチをはじめとした大量の洋酒をとり揃え、バーテンはシェイカーを振りカクテルを自在につくる。

いわゆる昔ながらの、伝統的なもので、落ち着いた雰囲気の中、お客さんもお酒を楽しみ、静かに飲んでいる。

ぼくが「入りたい」とおもった3軒が、3軒ともそうなのは随分な確率だとおもったのだが、きのうBARdeMOBOの若いバーテンに聞いてみると、郡山の駅前だけで、本格バーは20軒はあるだろうという。

それも老舗ばかりでなく、比較的最近はじめた若い店も多いそうだ。

 

しかしそれには理由があり、郡山の本格バーは、ルーツを辿れば、すべてが一つの店へ行き当たるのだそうだ。

30年ほど前にオープンした「The Bar Watanabe」で、そこで働いていた人が独立して店を開き、今度はその店で働くことになった人がさらに独立してとしながら、店が増えていったという。

The Bar Watanabeのマスターは、もう亡くなったということだが、京都のバーで修行して、こちらへ帰って自分の店をはじめたそうだ。

BARdeMOBO

「多くのバーのマスター」という意味なのだろう、「バーマス」と呼ばれたそうで、このバーマスが人を育ててきた功績で、今郡山はこれだけバーが隆盛している。

 

儲け主義のチェーン店が多い今だが、街が本当につくられるのは、このようなことによるのだろう。

「いい店」は一朝一夕にできるものではなく、時間をかけ、育てられていくものだ。

ただしそれには、この「バーマス」のような「飲食業の先輩」のほかにも必要なものがある。

お店を応援する「お客さん」である。

郡山の人たちが、これら多くの本格バーを支え続けているということが、すなわち郡山の文化レベルの高さを示しているとぼくはおもった。

 

きのうはそんな話をバーテンに聞きながら、小林麻耶に似た女性とはじめはバーボン、それからスコッチのロックを飲んだ。

BARdeMOBO

しかしそのうち、酔いがまわるに連れ、話は3年前の事故のことになっていった。

 

「愚痴を言おうとおもえば、色々あるにはあるんですよ・・・」

女性は話しはじめた。

郡山市に住む人たちは補償金を一銭ももらっていないが、汚染地域の人たちは、東京電力から少なくない額の補償金を受けとっている。

その人たちが郡山へ避難してきて、ごく稀にではあるけれど、パチンコ三昧の日々をおくるのを目にすることもある。

生まれ育った故郷が放射能で汚染され、そこから立ち去らなければならなかったことは心から気の毒におもうけれど、といって受けとったお金で遊んでばかりいることは、割り切れないところもある。

 

郡山からも、自主避難している人は大勢いる。

でもその人たちには補償金は出ないから、ご主人はこちらに残って仕事をつづけ、奥さんと子供たちが避難して、二重生活を送らなくてはいけない。

その負担は軽くはなく、そのため継続できずにもどってくる人もいる。

そうすると今度は、もどった人と残りつづけた人との軋轢が生まれることもある。

 

郡山に残っている人のあいだでも、放射線のことを気にする人も、気にしない人もいる。

「私は気にしないんですけどね」と女性は言いながら、そうすると、気にしている人からはおかしく見られることもある。

そのような様々な感情のしこりがあるから、郡山の人たちは、ふだんは事故や放射線については互いに口にしないという。

「話せば、相手にどう受け取られるかわからないですからね・・・」

女性は目を伏せてつぶやく。

 

しかしそのうち、女性は顔を上げ、ぼくを見ながらこう言った。

「だから前向きに生活していくしかないんですよね。
郡山の人たちは皆そう考え、がんばっているとおもいます・・・」

 

ぼくは女性の話を聞きながら、先日行ったおでん屋のことを思いだしていた。

おでん屋では、10代とも見える男の子を何人も、店員として雇い入れていた。

一人は1年くらいは経っているようで、教わりながら焼き場を担当したりしていたが、あとはまだ入ったばかりで、様子もよくわかっていないように見えた。

 

詳しい話を聞いたわけではなかったから、事情はよくわからない。

でも今の時代、飲食店はおぼこい男の子を雇い入れ、手をかけて教育するより、経験のある気のきいた女の子でもアルバイトとして雇うのが普通なのではないだろうか。

そう考えるとあのおでん屋のいかつい店主は、震災を機に、「自分なりのがんばり方」として、あえてそのような道を選んだとも思えたのである。

 

郡山で、ぼくは良心的な人、良心的な店にたくさん出会っている。

それらの人、それらの店のすべては、重い現実を受けとめながら、腹をくくって前に向かっているのだろう。

 

そんなことを思いながら、ぼくは女性をタクシー乗り場へ送っていった。

再開を約束し、女性はタクシーで走り去っていった。

 

「ぼくは郡山が好きになったよ。」

チェブラーシカのチェブ夫

ぼくもだよ。

 

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