高野の経歴

1962年札幌生まれ。3歳で神奈川・鵠沼に引越し、4歳から東京・港区高輪、小学5年から練馬区豊玉、中学校は中野第11中へ越境。

中学時代は勉強が好きで、成績はだいたいオール5か、4が一つ。

ただし気に入らないものに食ってかかる性格は今と変わらず、生徒会を批判したら、「それなら自分がやりなさいよ」と言われて生徒会長に立候補するハメになり当選、しかし会長としては、演説だけは、毎度全校生徒を爆笑の渦に巻き込むも、あとはこれといったことは何もできなかった。
 




 

高校は早稲田大学高等学院。落第さえしなければ大学へ行けるため、勉強の意欲を失い、バンドと酒に明け暮れる。

中学まで競泳をしていたのだが、学院には水球部しかなかったのでそちらへ入部。しかしド近眼で、メガネがかけられないため周りがよく見えない上、自分が球技と体育会気質につくづく向かないことを痛感、そのストレスから喘息になり、無事退部して、帰宅部へ。

 

大学は、文系であったにも関らず、「建築って面白そう」と、希望学部の第一志望に「理工学部建築学科」と記入してしまったら間違えて合格。入学し、建築学科は「建築に興味がある人」が行く場所でなく、「建築家になりたい人」が行く場所だと知るも後の祭、苦労に苦労を重ねて5年で卒業。

課題の提出日、課題をやっていないのは疎か、課題の内容すら知らず、さらに留年したため知っている友達も誰もいなくて、どうしたらいいか途方に暮れる・・・、という夢を、今でも見る。

 

大学の3年で、それまで通っていた語学サークルがカレッジをスタートすると知り、つき合っていた彼女が「行く」と言うので入学を決意。親に頼み込んで入学金を出してもらい、大学の4年、5年とダブルスクール。

大学卒業と同時に、カレッジのスタッフとなり、さらに彼女と結婚。男の子を二人設ける。

 

カレッジでは、言語音声の研究と、理系書籍を学生と製作することに主に従事。

『フーリエの冒険』

『量子力学の冒険』

『DNAの冒険』

を出版。

さらに語学サークルの運営に関わり、一時は理事にも就任、中部事務所の所長を務めるも、その後失脚、広島へ飛ばされる。

 

広島に2年いて、退職。同時に、10年余りの別居の末、離婚。

2010年3月に、一度住んでみたいと思っていた京都へ越し、1年は、退職金でブラブラする。

 

その後、金が尽きてきたためネットで探したフリーライターの仕事を始め、現在に至る。

 

趣味は料理。

著書に、『おっさんひとり飯』。

 

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2016/07/24