京都大宮で暮らすのは何とも幸せなことである。

2014/06/16

 
京子で妹と姪っ子、さらに小泉進次郎似の男性と連れの女子2名と酒を飲んだ。

酒房京子

京都大宮で暮らすのは、何とも幸せなことである。

 

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この頃はほとんど京都大宮でしか飲むことがないから、あまり他と比べることができないのだけれど、それでもやはり、京都大宮は独特なのではないかという気がするのである。「飲み屋街」がこのような幸せな形で、成り立っているところはそう多くはないのではないだろうか。

これは先人が偉かったように思う。かつては京都繁華街の中心として栄えた大宮も、戦後になって阪急電車が河原町まで延び、北にひかえる西陣の繊維業が以前の勢いを失ったことから、一時は「さびれた繁華街」となっていたようだ。

ところが10年前くらいになり、新しい店ができはじめた。

この新しい店の店主たちは、わざわざさびれた繁華街をえらんで店を始めるくらいだから、志の高さがちがう。自分の店のことだけを考えていてもなかなかうまく行かないことは初めから承知の上で、「大宮全体を盛り上げる」ことを自ら買って出るような人たちばかりだったのだ。

 

新しい店がオープンすれば、それら店主自らが飲みに行ってその店を応援する。チャージを取ってお客を囲い込むようなことを一切せず、一杯、二杯飲んで店を出ると、「次はどちらへ?」と明るく尋ねる。

そういう努力を地道に重ねていくうちに、飲み屋街全体が一つの飲み屋であるような、極めて開放的な雰囲気がつくられてきたのではないかと思う。

 

店どうしは、もちろんフランチャイズや暖簾分け、徒弟関係などの「しばり」は何もない。それぞれが完全に自由に、自分なりのやり方で店を経営している。

であるにもかからず、それらの店が「一家」のようなまとまりを持っているところが、なんとも居心地がいいのである。

 

そんなわけで、大宮は街を歩くと危ない。すぐ知り合いに出くわして、「いっしょに飲もう」ということになる。

だから「きょうは家で飲む」と決めている日は、表通りを歩かないようにする必要がある。

ただしきのうは、妹と姪っ子が来て飲むことになっていたから、大宮通の入り口あたりをウロウロとしていたのである。

 

そうしたら、早速知り合いの男性と出くわした。

「きょうはこれから?」

「あい、妹と姪っ子が来るんで、京子へ行くつもりなんですよ」

「ぼくもこれから大宮で飲むので、もしかしたら会うかもしれませんね。そのときはよろしく・・・」

実際におなじ店へ行くかどうかはわからない。でも「大宮で飲んでいれば一緒に飲んでいるのとおなじ」という、このゆるい感じがいいわけだ。

 

さらに10メートルくらい歩いたら、また知り合いに出くわした。大阪に住むブログ読者の小泉進次郎に似た青年で、以前京子で一緒に飲んだことがある。

「若い女子を連れてきますから合コンしましょう」と誘われていたのが、なかなか日程を決められずにいたところに、きのうはとりあえずそれら女子と大宮へ来て、「あとで高野さんに連絡してみようと思っていた」とのことである。

見るとうしろに妙齢の、かわいらしい女子2名。こちらにペコリとお辞儀する。一人はやはりブログ読者なのだそうで、

「いつもおいしそうですね!」

と一言添える。

これはまさに「願ったり叶ったり」としか言い様がないだろう。

「あとで一緒に京子で飲もう」と約束し、その場は別れた。

 

さて妹、姪っ子と待ち合わせ、京子へ行った。

酒房京子

妹とは、会うのは10年ぶりとなる。

ぼくは家族、親戚づきあいにあまり熱心な方ではなく、親とももう10年以上会っていない。電話などではたまに話すし、まあ二人とも元気そうだから、「それで不都合はないだろう」と思うのだが、会えばそれなりに仲はいい。

姪っ子の方は小学校低学年のころ会ったきりで、それが今は23歳。見違えてスラっとした美人になり、喜ばしい限りである。

 

きのうも京子は、京都らしいものがあれこれ出てきた。

つきだし。赤いのは赤万願寺の焼いたの。

酒房京子

 

たたきゴボウ。

酒房京子

 

ハモ。

酒房京子

 

万願寺とナスの煮たの。

酒房京子

 

鯛あら炊き。

酒房京子

 

鶏すき。

酒房京子

それにあとは鯖ずしが出たが、写真には撮り忘れた。

いずれもうまく、妹と姪っ子も満足していた。

 

姪っ子には、叔父として二つだけ話した。

一つは「人生」について。

人間、生きているうちには色々なことがあり、いいこともたくさん起こるが、もちろん悪いことや辛いことも起こることになる。その「悪いこと」を自分がどのように受け止めるかで、その後の人生が変わってくる。

悪いことや辛いことを、「これは自分が成長するために与えられた試練だ」と前向きに受け止めれば、その通り、それらは糧となって成長していく。反対に、「なんて自分は不運なんだ」と受け止めてしまったら、その通りに不運な人生を歩むことになる。

何でも受け止め方一つで変わるのが人生で、とにかく「前向き」でいることだけが大事である。

 

それから「結婚」について。

もし結婚し、子供を産みたいと思うのなら、まさに今、23歳が、それを考えるべきもっとも大事な時期である。

ただ23歳は「まだまだひよっこ」なのが現代だから、「もう少し見聞を広げてから」などと思ううち、あっという間に三十を過ぎてしまう。そうなると今度は「仕事」がおもしろくなり始めるから、そちらに熱中してしまったりすれば、気が付くと四十、タイムリミットは目前となる。

男性なら、三十代は思い切り仕事をし、四十を過ぎてから二十代の女性と結婚するのもアリだろうが、女性の場合はそういうわけにはいかない。結婚は、「早すぎる」と思うくらいが「ちょうどいい」のである。

 

そんな話をするうちに、小泉進次郎似の男性が女子2名を連れてやってきた。

酒房京子

早速乾杯。

すでに一同出来上がりかけていたから、すぐにカラオケと相成った。

酒房京子

小泉進次郎似の男性は、歌がうまい。ギャルズも女の子らしい明るい調子で場を盛り上げ、姪っ子も「カラオケはやらない」と言っていたのに3曲ほどを披露した。

ぼくもチャゲアス「SAY YES」を初めとして熱唱に熱唱を重ねたのは、言うまでもない話である。

 

女子の一人は、きのうが30歳の誕生日だった。それから年齢についての話で盛り上がっていたところ、ふと気づくと女将京子さんの姿が見えない。

トイレにしては長いし、「どうしたのか」と思っていたら、しばらく経って、スイカを手にして戻ってきた。

酒房京子

「スイカでバースデーケーキを作り、誕生日を祝おう」という、女将の心配りである。

「ハッピーバースデー」の歌をうたい、ロウソクを吹き消す。

酒房京子

女子はもちろん大喜びだった。

 

やがて終電の時間となり、会はお開きとなった。

一人残ったぼくは、あと一杯だけ焼酎を飲み、きょうまた昼から飲むことになっているから、きのうは大人しくそのまま帰った。

 

大宮で暮らせることは、何とも幸せなことだと思う。

ちなみに大宮周辺は、家賃もそれほど高くない。

 

「京都は住むにはいい場所だよね。」

チェブ夫

ほんとだよ。

 

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京都の人の「他人の自由」を尊重する態度は、人見知りで偏屈なぼくにはじつに居心地いいのである。

京都大宮飲み屋街で、またいつものごとく飲み過ぎたわけである。

飲めば「まさかの展開」もあるのである。

出会いが広がるのはありがたいのである。(鯛とタケノコのご飯、池井健建築事務所3周年)

飲み屋は行けば長くなるのである。(酒房京子、Kaju、スピナーズ)
 

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