名人のラーメンは欠点を直すと意味がなくなるのである。

2015/06/04

 
京都大宮の街で飲み、バーで画家の男性の話を聞いた。

スピナーズ

話をしながら、「名人のラーメンは欠点を直すと意味がなくなる」と思ったのである。

 

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京都大宮の街で飲む場合には、このごろはたこ焼き「壺味(つぼみ)」がスタートになることが多い。

たこ焼き「壺味(つぼみ)」

出てくる料理がどれもうまく、しかものんびりとした雰囲気がある良店だということもあるが、大将とは「PiPi」で顔を合わせることがちょくちょくあり、何となく身近な感じがするのも大きい。

 

きのうも壺味で色々食べた。

たこ焼き「壺味(つぼみ)」

まずすぐに出てくるたこキムチ。これは次の品が焼き上がるのを待つためのつなぎとした。

それから豚肉の焼きそば。

たこ焼き「壺味(つぼみ)」

壺味で第一のオススメは「ねぎ焼き」だが、「時間がかかりそう」とのことで、少し早くできそうなこちらにした。

キャベツにタマネギ、もやしなどの野菜が、「莫大」とも思えるほどたくさん入っているのが特徴で、麺も太めでシコシコし、ソースも辛めでさっぱりしている。

 

さらにしめサバ。

たこ焼き「壺味(つぼみ)」

既製品かと思ったら、大将のお母さん「ケイちゃん」のお手製だと聞きあわてて注文。

しっかりめに漬けた気取りがないものなのだが、それがかえってサバの脂を引き立てている。

 

壺味にはしばらくいて、それから「スピナーズ」へ移動した。スピナーズではトマト酎ハイ。

スピナーズ

トマト酎ハイはツマミを食べず、ずっとこれだけ飲み続けても、トマトジュースの栄養のおかげで気持ち悪くなることがない。

しばらくするとマチコちゃんや池井くんが現れたのでそちらのテーブルへ移ったが、二人ともわりと早く引きあげたので、またカウンターに戻った。

 

カウンターでは、天本英世似の男性がとなりにいた。正真正銘プロの画家で、筆一本で食べているだけあって言葉の一つ一つに重みがある。

人が創作活動をどのように行うのかに興味があるから、ぼくは自分の経験を話しながら、男性がどのように絵を描いているのかを聞き出そうとしてみるのである。

 

天本英世似の男性は言う。

「ぼくは絵を描くときに、頭では考えないです・・・」

「感性」が満足することだけを心がけるから、描き上がっても、その絵が「いいのか悪いのか」が「自分ではわからない」という。

人に褒められてもすぐには信じず、よっぽど実力がある人から褒められて、はじめて「うまくできたのかな」と思うそうだ。

 

さらに天本英世似の男性は続ける。

「そういう感性の領域だから、絵がいいか悪いかの評価が定まるまでには時間がかかるものなんですよ」

弟子が多い画家などなら、死後も弟子が持ち上げるから評価が高くなりやすい。逆に絵はよくても嫌われていた人なら、なかなか評価されないという。

「弟子や家族など関係者が皆いなくなった100年、200年先になって初めて、絵のほんとうの評価が決まるのだと思いますよ・・・」

天本英世似の男性は、そう言いながら遠くを見据える目つきをする。

 

ぼくはその話を聞きながら、「ラーメン」のことを思い出した。

話の規模はずいぶん違うが、ラーメンにも似たところがあると思う。

 

これはぼくの完全なる独断だが、まず「並」のラーメンは、何かの「特徴」を持っている。麺なりスープなり、乗せられている具なりが何か、他とはちがう、際立ったものがあるのである。

たしかに特徴こそが「商品価値」であるわけだから、商売をするのにそれはおかしなことではない。特徴を生み出すために必死の努力をすることは、それはそれで尊いだろう。

ただしそれは、誰でもが考えることだから、「並」と言うまでのことだ。

 

次に「上等」なラーメンは、特徴などはむしろなく、一見「普通」であることが多い。しかしよくよく味わうと、「余分なものも、足りないものも一切ない」ことを発見する。

「なぜこの店の店主は、まさにこの味を今、自分が『食べたい』と思っていたとわかるのだろう」などという不思議な感覚を持つこともある。

これは「並」のラーメンが、自分の特徴のことだけを考えているのに対し、食べるお客さんの立場になり、「お客さんが何に満足するのか」をよくよく考えているということだろう。

だから「上等」だと言うのである。

 

しかしさらに上がある。

「名人」のラーメンがあるのである。

 

名人のラーメンは、かならず何か「欠点」を持っている。一般のラーメンのセオリーからは大きく外れ、「えっ?」と聞き返したくなるようなところがある。

ところがこの手のラーメンが、「ハマる」のだ。定期的に食べずにはいられなくなってくる。

それはそのラーメンが、それを生み出した人の「人格」そのものの反映だからなのだと思う。

 

人間の人格には、かならず欠点があるだろう。もしラーメンに人格が反映されれば、かならずそのラーメンも、欠点を持つことになる。

だからそのラーメンにハマる人は、それを生み出した人の人格にハマっているのだ。

そういうラーメンを生み出した人は、それだけ愛される人格を持ち、さらにそれを、ラーメンに宿らせることができたのだから、「名人」だと言えるだろうと思うのである。

 

ところがこの名人のラーメンが、継承されるのがむずかしい。生み出した人が自分でやっているあいだはいいが、代替りすると味が変わりやすい。

それはそのラーメンが、「欠点を持っている」という、まさにそのことによっている。欠点は修正したくなるのが人間の常である。

 

しかし欠点を修正してしまったとたん、名人のラーメンは意味がないものになる。

何も存在価値がなくなって、店は潰れてしまうのである。

 

天本英世似の男性の話を聞いて、ぼくはそのようなことを思った。

やがて男性は帰って行き、ぼくも家に帰ってすぐに寝た。

 

「でもただ好き勝手やればいいのとは違うからね。」

たこ焼き「壺味(つぼみ)」

そうだよな。

 

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