酒も新福菜館のラーメンも「体」が喜ぶのである。

2014/04/06

 
昼はブログの更新をしながらビールを飲み、夜は新福菜館三条店でラーメンを食べた。

新福菜館三条店

酒も新福菜館のラーメンも、体が喜ぶのである。

 

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「なぜ酒を飲むのか」と聞かれると、酒飲みのぼくも少し困るところはある。

別に必要があって飲んでいるのとは違う。

飲めばそれだけ金もかかるし、だいたいぼくはこれまで30年、酒代に家一軒が建つくらいの金を使ってきているのだから、それだけの金を使うなら、もっと有意義なことに使ったらどうかと言われれば、その通りであるような気もしてくる。

飲み過ぎれば次の日は酒がのこり、使い物にならなくなって仕事に支障もきたすのだから、いいことはあまりなさそうだ。

 

「人間関係の潤滑剤になる」というのはたしかにその通りなのだが、別に酒がなくても、人間関係を作ることはできると思う。

酒はいわば「趣味」の一つであり、ぼくが四条大宮で酒を飲むのは、趣味の仲間と友好を深めているというようなもので、それが「英会話」や「手芸」のサークルであっても同じであるようにも思える。

結局のところ、酒を飲むのに「理由」などないのであり、山に登る人が「そこに山があるから」登るというのと、同じなのかもしれない。

あえて言えば、「酒が好きだから」ということだろう。

 

というわけで、一昨日、というか昨日、明け方まで飲んだおかげで、起きたのは昼近かった。

毎度のことながら、酒がそれほど強くないぼくは、目一杯飲むと次の日かなり酒がのこる。

ぼんやりとした頭で支度をし、ブログの更新をするために喫茶店「PiPi」へ出かける。

最近は、ブログの更新はPiPiでして、仕事はタリーズでするようになっている。

 

PiPiへ行くと、前日たこ焼き屋でいっしょに飲んだ若い友達が、すでに昼めしを食べに来ていた。

話をしながらブログ更新をはじめたが、飲み友達だから、話題はどうしても酒の話になる。

そうなると、こちらもいつもならもう昼酒をしている時間帯でもあるし、どうしても酒を飲みたくなるのである。

喫茶店「PiPi」

飲みたくなれば、頼めば酒が出てくるのが、PiPiのいいところだ。

 

ツマミは特製コールスロー。

喫茶店「PiPi」

これは「京都らしい」と思うところなのだが、PiPiの味つけはどれを食べても薄めに仕立てられている。

 

昨日はこうして、ビールをちびりちびりと飲みながら、ブログを更新した。

酒を飲みながらでもブログ更新ができるのは、すでに実証済みのことである。

 

ブログ更新を終え、いったん家に帰って昼寝をした。

新福菜館三条店

もう夕方になっていたから、新福菜館のラーメンは、思い切って晩めしにするためである。

 

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さて昼寝から覚め、すっかり暗くなった中、堀川三条東入ルの「新福菜館三条店」へ歩いていった。

厳しく冷え込み、空腹の体は凍りそうだったけれど、帰り道にはポカポカと温まっていることを思えば苦ではない。

新福三条のラーメンは、ぼくは完全に「中毒」といえる状態で、週に一ぺんはどうしても食べたくなる。

これも酒と同様、「どうして」と言われると困るのだが、「好き」なのだから仕方ないのだ。

 

店に入り、席にすわって、「いっしょで」と言えば、自動的にいつも頼むメニューが出てくる。

新福菜館三条店

まずはキムチでビールを飲む。

そのうち餃子が焼き上がってくる。

新福菜館三条店

この餃子でビールを飲むのが、まずは「たまらない」ことになる。

 

ビールと餃子はお代わりする。

これはもちろん一つには、ビール一本ではまだ「酔いが足りない」からではある。

でもそれだけでもない。

「そう簡単にはラーメンを食べさせないぞ」と、自分で自分をじらしているところもある。

 

そしてビールを飲み終わると、大盛りラーメンを頼むのである。

新福菜館三条店

レンゲでスープをすくい、一口飲んだところでクライマックスが訪れる。

このラーメンは、他のラーメンと「何が違うか」と思うのだが、飲んだスープがすぐにそのまま、体にしみ渡っていくのである。

まさに「お風呂」に入ったときのような感覚で、体のすべての細胞が、このスープを受けとって「ザワザワ」と喜ぶのを感じるのだ。

 

結局のところ、酒も、この新福三条のラーメンも、これがやめられない理由なのだと思う。

理屈ではなく、それを体が喜ぶのである。

 

ここからは、脇目をふらず、一気に食べる。

最後の一口の麺を卵をまぶしつけてすすり込んだところで一巻の終わりとなる。

さらに新福三条のラーメンがすごいところは、ビール2本、餃子2皿に大盛りラーメンを食べ、究極にお腹が一杯になるにもかかわらず、ラーメンを食べるとよくありがちな「胃のもたれ」が起こらない。

素晴らしく幸せな気持ちで家路につくことになるのである。

 

昨日はさらに家に帰って、あり物の肴で熱燗を飲んだ。

あり物の肴で熱燗

2合飲み、さらに気分がよくなって布団に入った。

 

体が喜ぶことをしてやるのに、悪いことはないだろう。

いやたとえ「悪い」と言われても、ぼくは聞く耳をもたないのである。

 

「飲み過ぎはよくないよ。」

チェブラーシカのチェブ夫

それはそうだな。

 

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