「やりたいこと」の方向だけ見ていればあとは何とかなるのである。(新福菜館三条店、PiPi開店パーティー)

2014/04/06

 
昨日は昼にビールを飲み、夜は知り合いの女の子が喫茶店の開店記念パーティーをやるというから行ってきた。

PiPi開店記念パーティー

そこで顔見知りの男性と話をしながら、「やりたいことの方向だけ見ていればあとは何とかなる」と、改めて思ったのである。

 

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土曜の昼は「ラーメン屋でビール」と決まっているわけで、これはもう水曜日くらいから楽しみにしているのだから、仕方がないのである。

新福菜館三条店

ただ店へ行き、餃子をつまみにビールを飲んで、最後にラーメンを食べるというだけの話で、誰と話をするわけでもないのだけれど、これが、いい。

下手に話をしてしまうと、ラーメンがおいしくなくなるような気すらする。

黙って食べ、味を噛みしめるのが、一番幸せを感じられるのである。

 

ここのラーメンに「中毒性」があるのは、何もぼくに限った話ではないようで、いつも行く豆腐屋のご主人夫妻も、やはり
「一週間に一度は食べたくなる」
と言っている。

新福菜館三条店

世の中に、「おいしいラーメン」はいくらでもあると思うのだが、「中毒になるラーメン」は、そう多くないのではないか。

「中毒になる」というのは、酒でもタバコでも、恋愛でもそうだけれど、
「幸せを感じられる」
からだろう。

新福菜館三条店のラーメンは、ただ「おいしい」に留まらず、「人に幸せを感じさせる」という、類まれなものだと言えると思う。

 

それが何故なのかについては、一言でいえることではもちろんなく、敢えていえば
「全身全霊が込められている」
ことになると思うが、ぼくなりにポイントだと思うことはある。

それは
「甘みのある味つけになっている」
ことである。

 

一般にラーメンは、「甘みがない」ことが特徴になっている。

甘みがあると「蕎麦つゆ」になってしまうからで、これが「中華そば」の存在理由だと言ってもいいのではないか。

ところがここのラーメンは、甘みが付けられているのである。

戦前に創業の古いタイプのラーメンで、まだ戦後の「そばVSラーメン」抗争がそれほど激化していなかったため、「日本人の口にあう味」を素直につけたのではないかとぼくは見ている。

 

日本人は、やはり「和風の味つけ」が、最も幸せを感じられるものだろう。

新福菜館三条店の「中毒」のポイントは、そこにあるのではないかと思うのである。

 

新福菜館三条店から帰って、いつもどおり昼寝をし、そうするとあっという間に夕方になってしまった。

PiPi開店記念パーティー

夜は知り合いの女性が1月からはじめた喫茶店の「開店記念パーティー」へ行くことにしていたから、その準備をしないといけないのである。

 

そのパーティーは、「死体」のコスプレをすると料金が500円引きになるとのことで、どうしようか考えたのだが、チェブ夫にコスプレをさせることにした。

PiPi開店記念パーティー

絆創膏をいくつか張り、赤と黒のマジックで血の模様をかいて一丁上がりだ。

それから途中の花屋で、小さな鉢植えを一つ買った。

やはり「開店記念」となれば、そのくらいはしないといけないだろう。

 

喫茶店は、四条壬生川通を2~3分下がった東側にある「PiPi」である。

PiPi開店記念パーティー

店につくと、早速死体のメイドがお出迎えをしてくれた。

知り合いはこの喫茶店でアルバイトをしていたが、先代のオーナーから権利を譲ってもらったらしい。

PiPi開店記念パーティー

チェブ夫のコスプレも喜んでくれ、無事500円引いてもらえた。

 

パーティーには、死体が続々とやってきた。

Pipi開店記念パーティー

傷口はティッシュで作るのだそうで、みんなかなり凝っている。

 

食べ物も、食べきれないほど用意されていた。

PiPi開店記念パーティー

オーナーのお父さんが作ったものもあるとのことで、どれも大変おいしかった。

 

結局昨日は、ぼくはハメが外れることとなり、延々12時ごろまで飲みつづけ、二次会へもつきあった。

PiPi開店記念パーティー

そこで話をしていて、ぼくは

「『やりたいこと』の方向だけ見ていれば、あとは何とかなる」

のだと、改めて思ったのである。

 

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さて「やりたいこと」なのだが、パーティーの最中に、若い男性がぼくの隣に来て、話しかけてきたのである。

今は会社勤めをしているが、それをやめ、
「飲食業がやってみたい」
とのことなのだ。

ぼくは飲食業についてはまったく疎いが、「やりたいことをやる」ことについては、ぼくなりの考えがあるわけだ。

「やりたいことの、方向だけ見ていれば、あとは何とかなる」

ということである。

 

「やりたいことをやる」に当たって、誰でも一番不安になるのは、

「生活していけるのか」

ということだろう。

「やりたいこと」は、多くの場合漠然としているから、会社に勤める場合のように、「どうやったらお金を稼げるのか」の道筋がはっきりと見えてこない。

飲食店を始めてみても、お客さんが来ない場合だってもちろんある。

「どうやったらお客さんが来るのか」は、簡単に答えられるものではないだろう。

 

でもそれについては、ぼくは自分の経験から、はっきりと思うのだ。

「やりたいこと」をやろうとしていさえすれば、お金は必ずついてくる。

まずはやりたいことをやろうとしている人については、周りの人が応援してくれることになる。

「損得」ではなく、「やりたいこと」を必死にやろうとしている人を、人は応援したくなるものである。

 

さらにぼくは、「神様」までが、そういう人を応援すると思うのだ。

これは全く不思議なことで、本当に困ったときには、予期せぬお金がポンと入ってきたりする。

でもこれはおそらく、人間なら誰もがもつ、動物としての「本能」の働きなのではないだろうか。

本能は、「やりたいことをやろう」とするとき最大に発揮されるとぼくには思え、それにより、まだ明確でないことでも感知できるようになるのだと、ぼくは思っているのである。

 

「やりたいこと」は多くの場合、初めは漠然としているものだが、それで全くかまわない。

その「方向」だけ見ていれば、やりながらだんだんハッキリとしてくる。

 

ただし一つだけ、自分の「才能」と「運」を疑わないことだけが大事だ。

才能も運も、最終的に成功したとき、初めて評価できるわけだから、その途中では、「最大」にしておけばいいのである。

 

ぼくはそんな話を男性にして、

「ぜひやりたいことをやってみたらいい、ぼくも応援するよ」

と言った。

男性は満足そうにニコリと笑い、ぼくの側から立ち去っていった。

 

「一次会だけで失礼しよう」と思っていたパーティーだが、「そうは問屋が卸さない」のは知れた話だ。

ただでさえ意志が弱いぼくだから、楽しくなるともう帰れなくなる上に、二次会の会場がいつも行く「スピナーズ」と聞いてしまうと、
「ぼくだけ行かないと、スピナーズのマスターにおかしく思われるのではないか」
など、しなくていい心配までするのである。

総勢20人ほどでゾロゾロと移動して、スピナーズでの二次会となった。

PiPi開店記念パーティー

カウンターにはいつもの常連さんがいたけれど、昨日はその人たちとは話ができず、テーブルで飲んだのだ。

 

二次会も延々とつづいた末、3時過ぎになってお開きとなった。

PiPi開店記念パーティー

死体の中には、本当の死体になった人も、何人かいたのである。

 

金曜は、外飲みをしてもサックリ帰り、早めに寝ることができたのだが、昨日は帰ったのは明け方だった。

今日ももちろん、お酒がたっぷり残っていて、このブログの更新も、四苦八苦しているわけである。

 

「今日からは気持ちを入れ替えて仕事してよね。」

チェブラーシカのチェブ夫

そうだな、がんばるよ。

 

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