「酒飲みの品格」を身につけたいのである。

2014/01/26

 
昨日は四条大宮で外飲みをした。

スピナーズ

飲みながら、「酒飲みの品格を身につけたい」と改めて思ったのである。


 
ぼくも最近は、酒場で羽目をはずし過ぎないように気を付けているのである。

京都へ来て4年になるのだが、初めのうちは、お客さんどうしが自由に話す関西式の酒場の流儀になかなか慣れることができなかった。

話し過ぎるか、黙り込んでしまうかのどちらかになってしまい、「ちょうどいいところ」が掴めなかったのだ。

結果、盛り上がるとどこまでも有頂天になり、激しく飲み過ぎることとなってしまい、翌日深く後悔することになっていたわけである。

 

しかし酒場に行くたびにそれを繰り返しているのでは、こちらも身がもたないわけで、どうしても掛けがねが外れてしまうことがあるのは、まあ仕方がないとして、できれば普段は、もう少しまともに飲めるようになりたいと願い続けてきているのだ。

関西流の「酒場での身の処し方」が少しずつわかってきたこともあり、最近は以前にくらべれば、羽目を外すことは減っていると自分では思っている。

 

昨日は2~3日前から「外飲みをする」と決めており、何とか仕事を7時に終わらせ、四条大宮の街へ出かけていった。

まずバー「スピナーズ」でビールを一杯飲み、それから立ち飲み「てら」へ行って食事をし、もう一軒くらいどこかへ寄って、スピナーズへもどってこようという計画である。

行きたい飲み屋は色々あるから、こちらは毎日外で飲むわけでもなし、たまに飲みに出るとなるとどうしても詰め込むことになる。

11時には家に帰り、風呂に入って寝ようと思っていたから、4時間で4ヶ所をまわるには、どこかで羽目を外してしまわないように気を付けないといけないのだ。

 

スピナーズは開店直後で、マスターは料理の仕込みの最中だった。

スピナーズ

大根とニンジンを刻んでボウルにいれている。

お客さんは、他には常連さんの女性がひとり。

女性も自営業者だから、マスターと3人で、「申告」の話に花が咲く。

 

ひとしきり話が終わると、ぼくのビールもちょうどなくなっていた。

女性ともっと話せば楽しいのはわかっていたが、腹もすこし空いていたし、予定通り次へ向かうことにした。

「ちゃんと戻ってきてくださいよ」
とマスター。

「わかってる、大丈夫だよ・・・」

約束をし、店を出たのである。

 

大宮通を南へ下ると、途中イタリアンバル「ピッコロ・ジャルディーノ」のマスターと目が合った。

本当はここにも寄りたいところなのだが、昨日は時間がなかったから、申し訳ない思いで会釈だけして通りすぎる。

 

てらは5時に開店するから、ぼくが行ったときには店はすでに満員だった。

立ち飲みてら

顔なじみの女性が隣に場所を空けてくれ、ぼくはそこでビールをたのんだ。

 

てらへ来ると、やはり食べたいものがある。

立ち飲みてら

豚天と・・・、

スパサラ。

立ち飲みてら

 

鶏つくね。

立ち飲みてら

 

アジフライ。

立ち飲みてら

他にもあれこれ食べてみたいが、来るのが週に一回となると、定番の品をたのむだけでどうしても終わってしまうことになる。

 

隣の女性客とは、これまで何度か顔を合わせてはいたけれど、はじめてゆっくり話をした。

30代だと思うのだが、やわらかな物腰の、穏やかな女性である。

勤め先もはじめて聞き、ちょっと意外だったからびっくりした。

「結婚したら、ご主人は幸せになるでしょうね」と言うと、
「私は遊びまわるのが好きだから、結婚しないと思いますよ」
との答である。

 

しかしそのうち、後から後からお客さんが押し寄せてきた。

ただでさえ満員だった店内だから、ギューギュー詰めとなる。

ぼくはビールを2杯飲み、お腹もようやく落ち着いたから、大将にお勘定をお願いした。

「高野さん、もう行っちゃうんですか?」

女性の言葉に後ろ髪を引かれながら、店をでた。

 

スピナーズへもどる前に、もう一軒行きたいところである。

きりはた

お世話になっているバー「Kaju」へも行きたかったが、迷った結果、前から気になっていた居酒屋「きりはた」へ行ってみることにした。

 

きりはたは大宮の飲み屋街「寛游園」に、最近になってオープンした。

きりはた

大将はぼくより少し年が上、木屋町の飲み屋で働いていたのを、こちらで独立したということのようだ。

ここの噂は、あちこちの飲み屋でちょこちょこと耳にしていた。

以前一度来たときは、閉店時間を過ぎていて、入れなかったのである。

 

店へ入ると、他の店でときどき顔を合わせる女性がいた。

きりはた

ぼくは温く奴を注文し、大将と、その女性と話をした。

「ここは料理もおいしいし、まだオープンし立てでそれほど満員にはならないから、ゆっくりと寛げるのがいいのよね」
と女性。

メニューを見ると、「一人鍋」をはじめとして、「食べてみたい」と思えるものがいくつもある。

 

大将とは、いろいろなお客さんの話になった。

やはり顔を見て、「この人は合わない」と思ったら、断ることがあるそうだ。

「素人の、乱暴なお客さんが、ひとりでやっている自分などにとっては一番怖い」
とのことである。

ヤクザのほうが、よっぽど礼儀正しいことが多いそうだ。

 

そのうち、これもやはり顔なじみの若い男性が入ってきた。

最近行きつけのバーの定休日に場所を借り、「一日マスター」をしたという話で盛り上がる。

6時から夜中の3時まで営業し、たくさんの人に来てもらえてありがたかったが、慣れないことだったからさすがに疲れたとのことだ。

「高野さんもやってみたらいいですよ」
と言うのだが、「ぼくは客商売は自信がない」と話をした。

 

話は盛り上がっていたのだが、ぼくはお酒を一本飲みおわった。

もう一本飲みたい気もしたのだが、そろそろスピナーズへ戻らないといけないのである。

涙をのんで、大将にお勘定をお願いした。

男性とはフェイスブックの交換をし、ふたたび後ろ髪を引かれながら店をでた。

 

さてスピナーズへ戻ると、カウンターに60代と30代の画家がならんで座っていたから、ぼくはその隣に行き、燗酒をたのんだ。

スピナーズ

つまみは粕汁。

マスターがさっき仕込んでいたのはこれだったのだ。

濃厚で、味噌が入っているかと思ったほどだが、酒粕だけの味だそうだ。

 

そのうちやはり常連客の60代の男性が入ってきて、ぼくの横にすわった。

この男性と、画家の60代の男性と話しながら、

「『酒飲みの品格』を身につけたい」

と、ぼくは改めて思ったのである。

 

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というわけで「酒飲みの品格」なのだが、男性は四条大宮で生まれ育ち、40年以上にわたって、大宮で飲み続けているのである。

「女好き」は愛嬌で、いつも身なりもきちんとし、若い人とも気さくに話す。

若いころには大宮だけではもちろんなく、祇園などでもずいぶん金を使ったそうだ。

「警察の署長と、ヤクザの親分と、二人に挟まれて飲んだこともあるしな」
と男性は笑う。

 

「飲み屋にそれだけ授業料を払い、今も払いつづけているのは、やはりそれだけ、得るものがあるからでしょうね」

ぼくは男性に聞いてみた。

長年酒を飲んできている男性が、「飲む」ということをどのように捉えているのか、知りたいと思ったのである。

すると男性は語りはじめた。

「たしかに飲み屋では、学ぶことが多いんですよ・・・」

 

自分は絵も描けないし、楽器も弾けない、文章も書けないけれど、飲み屋で「飲み方」については学んできている。

飲み屋には、一晩で何十万、何百万と取られる店だってたくさんあるし、また様々な人がいるわけだから、そういう場所で身を持ちくずさずに、また人に迷惑をかけないように飲むのは、そう簡単でもない。

今でも自分は、
「ああ、こういうことを言っては良くなかったな、こういうことをしてはダメだったな」
と思うことがたくさんある。

若い人からでも、学ぶことはたくさんありますよ・・・。

 

すると話を聞いた画家の男性が言う。

「私なんかが見ていると、
『この人はずいぶん授業料を払ったのだろう』
と思うような人が、ひどい飲み方をしていることもありますよ。
それはどういうことなんでしょうね?」

それにたいし、男性はこう答えるのである。

「酒は、身銭を切って飲まないと、ダメなんですよ。
会社の金で飲んでいるようでは、肝心なことを学べないのだと思いますね・・・」

 

「飲み屋で学ぶこと」というと、パッと思い浮かぶのは、たとえば「酒の種類」だったり、「あちこちの飲み屋の特徴」だったり、さらには「飲み屋でのマナー」だったり、ということも多いのではないだろうか。

もちろんそれらも、たしかに飲み屋で学ぶことで、飲み屋に通ううちにそういう知識が増えていくのは、楽しいことはまちがいない。

しかし酒は、酔うほどに、その人の「人間性」そのものが顔を出すようになる。

きれいに飲めるようになるには、「マナー」などという問題ではなく、「自分」という人間そのものを磨く必要があるのではないかと、ぼくは男性の話を聞きながら、改めて思ったのである。

 

「やはり『品格』ってものがありますよね」

画家の男性は言う。

「絵にも経験などには関係なく、品格を感じるものと、そうでないものとがあるんですが、酒を飲むことも、同じなのかもしれないですね・・・」

 

「酒飲みの品格、か・・・」

ぼくはこの言葉を、口の中で繰り返した。

ぼくもできれば、この品格を身につけたいものだと、酔いがまわった頭でぼんやりと思った。

 

「若者に説教しているようじゃ、まだまだじゃないかと思うよ。」

チェブラーシカのチェブ夫

ほんとだな。

 

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