「英語」など辞めてしまえばいいのである。(具たくさんの豚の粕汁)

2014/04/25

 
昨日は冷蔵庫にちょうど全ての材料がそろっていたから、「具だくさんの豚の粕汁」を作った。

具だくさんの豚の粕汁

これを肴に酒を飲みながら、「英語など辞めてしまえばいい」と改めて思ったのである。


 
腕っぷしに多少なりとも頼むところがある男性は、

「最後は力で分からせればいい」

と考えている人も、少なくないのではないかと思う。

たしかにこれは、問題解決の一つの方法ではあると思うが、大きな弱点もあるのである。

ケンカをするなら、必ず勝たなくてはいけない。

だから自分より強い相手に対しては、このやり方は通用しないことになるわけだ。

 

それに対して、おもに腕力がない女性が、争い事を解決する際にもちいる全く別のやり方がある。

それが、「いじめ」である。

いじめで勝つためには「他人と結託する能力」が問われるわけだから、腕力の大小には関係がないことになる。

そして日本は、歴史的に見た場合、女性に限らず男性でも、この「いじめ」によって問題を解決することが多かったのではないだろうか。

 

先日もタリーズコーヒーで仕事をしていたら、印象深い出来事があった。

ぼくが電話で話していたら、60代くらいと思われる男性がぼくのところへやって来て、「席で電話を使うのをやめろ」と言うのである。

その際の言い方が、

「みんな迷惑しているんだよ」

というもので、ぼくは「いかにも日本的だ」と思い、心のなかで微笑んでしまった。

そのお客さんは初めて見た顔だったのだが、ぼくは誰よりもたくさんタリーズコーヒーへ通っていて、タリーズでは、誰もが席でふつうに電話するのをよく知っていたからだ。

 

ところが今の日本では、このいじめとか、さらにいじめを企業がおこなう「談合」とかが、「よくないこと」とされている。

企業の場合、企業の腕っぷしを競う「競争」が「公正」であるとされていて、談合をすれば法律違反で捕まることになるのである。

競争となると、「スポーツ」が典型だが、「ルール」を客観的に決められることになるわけで、それが「公正である」と思われる理由だと思う。

しかし例えば、腕っぷしの強い大手スーパーなどに押されて、地元の商店が壊滅し、地域社会がやせ細っていく現状などを見たり聞いたりするにつけ、

「本当に競争がいいことなのか」

と、ぼくは疑問に思うのだ。

 

さらに国家間が「競争」するとなった場合、究極の姿は「戦争」である。

戦争は「殺し合い」なのだから、「いい」と思う人はいないだろう。

そうしてみると、「腕っぷしの強いものが生き残る」ことになる「競争」という考えそのものに、大きな限界があるのだと考えなければいけないのではないだろうか。

むしろ「争いを避ける」ための日本の知恵である「談合」に、もっと役割を見出してもいいのではないかと思うのだ。

 

日本はこれから、「アメリカ」と「中国」という二大軍事大国にはさまれて、難しい舵取りをしていかなければいけない状況にあるだろう。

日本より強いこれらの国々に対した時、「戦争」という選択肢がないのは明らかだ。

しかしアメリカだけでなく、もっと中国とも仲良くできれば、両者を行き来することで、キャスティングボードを握ることもできるようになるかもしれない。

さらには他の多くの国々と「談合」を結んでいくことで、大国に対し、

「みんな迷惑しているんだよ」

と意見するようなことだって、できるようになるのではないかと思うのである。

 

ところが日本は昔から、「外交下手」だと言われている。

潜在的には、日本人が持っている政治力は、決して低くないはずだとぼくは思うのだけれど、それを国際舞台で発揮できていないわけだ。

それには色々な理由があるだろうと思うけれど、まずは「黒船」の衝撃が、いまだに日本人の「トラウマ」として残っているのかなと思う。

「富国強兵」なくしては「日本には未来がない」と、今でも思い込んでしまっているところがあるのではないだろうか。

 

それからもう一つは、「学校で英語を習う」ということも、大きいのではないかと思うのだ。

習った結果、英語が話せるようになるのならまだいいが、ほとんどの人は、何年やっても、話せるようにはならないわけだ。

ぼくはこれが、「外国にたいする劣等感」を日本人の心に深く植え付けるのに、大きな役割を果たしているのではないかと思う。

「英語も話せないダメな自分」と思ってしまうことにより、さらに自分が生まれ育った文化までを、「ダメなものだ」と思い込んでしまうところがあるのではないか。

 

外交には通訳を使うのだから、英語など話せる必要はないのである。

英語の勉強など辞めてしまい、それよりもっと、自分たちの文化の良さを改めて見直すことが、日本の未来を作ることになるのではないだろうか。

 

というわけで、昨日は「具だくさんの豚の粕汁」を作ったのだ。

具だくさんの豚の粕汁

これをご飯にかけて食べると、また何ともうまいのである。

 

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さて具だくさんの豚の粕汁なのだが、酒粕や豚肉を初めとして、作るだけの材料があれこれ家にあったから、それらを全てたたき込んだという話である。

具だくさんの豚の粕汁

粕汁は、京都の人に話を聞くと、「油あげ、大根、ニンジン」が基本で、「青ねぎかセリ」をトッピングするのだが、その他に人によっては、「芋、ゴボウ、竹輪、コンニャク」などをいれるのだそうである。

昨日ぼくは、この「その他」として、芋とゴボウ、竹輪をいれた。

芋は京都だから「海老芋」で、またニンジンは「金時人参」なのだけれど、もちろんこれらは里芋や、普通のニンジンでもいいことは言うまでもないのだ。

 

まずはだしを取る。

具だくさんの豚の粕汁 作り方

3カップ半の水に、だし昆布の切れっ端とかつお節のミニパック3袋をいれ、中火にかけて沸いてきたら弱火に落とし、5分くらい煮出してザルで濾す。

 

このだしに、うすくち醤油大さじ1、さらに塩を足し、丁度よい塩辛さにして 野菜を煮る。

具だくさんの豚の粕汁 作り方

油あげと大根、ニンジンは短冊に、ゴボウはささがき、竹輪は斜め切り、海老芋は適当な大きさに切った。

 

野菜を煮ているあいだに、だしを器に取り分けて、酒粕をふやかしておく。

具だくさんの豚の粕汁 作り方

酒粕は、多くて悪いことはなく、昨日は握りこぶしより一回り小さいくらいの量をいれた。

 

5~10分くらい煮て野菜がやわらかくなったら、豚こま肉200グラムとふやかした酒粕をいれる。

具だくさんの豚の粕汁 作り方

2~3分煮て、豚肉の色が変わり、酒粕が煮汁に溶けたら火を止める。

 

青ねぎをたっぷりかけて食べる。

具だくさんの豚の粕汁

この「まったり」とした味が、たまらないのである。

 
 

海老芋は、ふつうの里芋より「ねっとり」とした食べ応えになる。

具だくさんの豚の粕汁

 
 

昨日はあとは、白めし。

白めし

やはり豚の粕汁は、ご飯と一緒に食べたいのである。

 

厚揚げの焼いたの。

厚揚げの焼いたの

フライパンでこんがり焼き、おろしショウガと青ねぎ、味つけポン酢をかける。

 

野菜の皮とだし殻のじゃこ炒め。

野菜の皮とだし殻のじゃこ炒め

大根やニンジンの皮、だし殻の昆布とかつお節などをすべて細く刻み、ゴマ油とちりめんじゃこでじっくり炒め、酒とうすくち醤油で味をつけて、さらに汁気がなくなるまで炒める。

 

すぐき。

すぐき

わさび醤油。

 

そして最後に、粕汁はご飯にかけて食べると、酒粕も原料は米だから、米と酒粕がからみ合い、渾然一体とした状態となり、大変うまいのである。

具だくさんの豚の粕汁

これは八百屋のご主人が、「ちょっとお行儀は悪いですが」と言いながら、教えてくれたやり方だ。

 

「ぼくなんか、おっさんだってノックアウトするからね。」

チェブラーシカのチェブ夫

お前の可愛さにはいつもノックアウトされてるよ。

 

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