【京都駅前・新福菜館本店】戦前の味を今にのこす「文化財」ともいえるラーメン

2016/05/08

新福菜館本店

 

晩飯に、新福菜館本店のラーメンがどうしても食べたくなった。僕の場合、食欲とは別に「ラーメン欲」がある。しかもさらにそれとは別に、「新福菜館欲」があるのである。

以前は近所に、のれん分けの店である新福菜館・三条店があったから、そこに毎週通っていた。ところがこれが、2年ほど前に潰れてしまった。

それで今は、やはり近所にある新福菜館の流れをくむ別の店へ行くのだが、やはりそこだと、少し味がちがうのだ。





 

バスに揺られて京都駅へ。新福菜館本店は、京都タワーの下を東西に走る塩小路通を東へ行き、高倉通を南にちょっと下った西側、京都駅から5分くらいのところにある。

新福菜館本店

やはり老舗のラーメン店である「第一旭本店」が隣りにあり、両店ともだいたいいつも行列ができている。ただ新福菜館のほうが店内が広いこともあり、回転が早くて入りやすい。

 

京都ではじめてラーメンを食べるなら、この2つのうち第一旭を僕はすすめる。第一旭は戦後に創業したラーメン店で、現在のラーメンの基本的な体裁をととのえており、はじめての人にも理解しやすい。

第一旭

澄んだ豚骨の白湯スープに醤油の味がキリリときいて、いかにも京都らしい、シンプルで品のあるラーメンだ。また京都というと、府外の人にとっては女性的なイメージがあるだろうから、このラーメンが存外に男性的なのに驚くこともあるかもしれない。

 

それに対して新福菜館本店は、はじめて食べてもまず理解できないはずだ。僕は3~4回食べても意味がわからず、それから2~3年は行かなくなり、三条店が潰れてからふたたび行くようになって、それでようやくどういうことかがわかったほどだ。

ひとことで言うならば、新福菜館本店のラーメンは、現在の意味でのラーメンではなく、「中華そば」の名のとおり、蕎麦に近いものなのだと思う。

 

戦後に生まれたラーメンは、化学調味料がたっぷりと入っているのが特徴だ。これは何も、スープの材料費を節約しようというだけのことではない。

「肉としょうゆ」の相性がよくないからだ。とんかつにしょうゆだけをかけてもあまりおいしくないように、肉のスープにしょうゆだけで味をつけても、両者のうまみが融合せず、一味足りない感じがする。

 

それを補う一つの方法が「魚介だし」で、日本の煮物は肉じゃがなど肉を入れる場合でも、基本的にカツオだしなどを使う。

化学調味料は、グルタミン酸やイノシン酸といった魚介だしの抽出成分。これがラーメンの肉のスープとしょうゆの味を融合し、一つの味へ昇華させる役割を果すのだ。

 

最近のラーメンでこそ、煮干しなど実際の魚介だしが使われるようになったものの、戦後すぐのラーメンは値段が安い化学調味料が使われていることから、ラーメンの味を「化学調味料の味」とイメージする人は多いと思う。

そのイメージは、今や生活の隅々にまで行きわたったインスタントラーメンで、さらに強化されたのではあるまいか。

 

ところが新福菜館は、1938年、戦前の創業だ。その頃に化学調味料はあったはずだが、まだラーメンに化学調味料を入れるとはなっていなかったということだろう。僕の舌で判断したところによると、新福菜館本店のラーメンには、化学調味料がほとんど、あるいはまったく使われていないのだ。

カツオだしにしょうゆ味のカエシを合わせる蕎麦とまったくおなじセンスで、豚骨スープにしょうゆの味を単純に合わせている。

 

なので「化学調味料がラーメンの味」とする現代人の規格から、このラーメンは外れるのだ。

ラーメンというより、「鴨南そば」などに近いと言いたくなるような味で、はじめて食べる人にとっては、「ラーメンとしては一味足りない」「なぜこの味なのかわからない」と感じることが多いはずだし、僕の場合はそうだった。

 

しかしこの「足りなさ」こそが、新福菜館の真骨頂なのである。足りないことが、中毒をひき起こし、「新福菜館欲」を生むのではないかと思う。

おそらくそれが、「個性」なのではないだろうか。足りないから、それを「何とか理解しよう、十分に味わおう」と、食べる方としては思う。その心の動きが、愛着につながる気がするのだ。

 

新福菜館本店がこのように、時代から完全に外れながらも、戦前の味を今に残しつづけているのはスゴイことではないかと思う。商売である以上、「時代の波に乗りたい」と思うのは当然だし、実際、新福菜館のほかの支店は、僕が知るかぎりすべて、本店とは味を変えている。

たぶん新福菜館本店が味を変えずにつづいているのは、まずはラーメンそのものの完成度の高さ、それから店主の自分の味を信じる度胸によるものであるのはもちろんとして、さらに一つ、新しいものに気軽になびかず、古き佳きものを大切に支持しつづける京都のお客さんあってのことである気がする。

 

以上のように新福菜館本店のラーメンは、他のラーメンとはまったく異なる性質を持ったものだから、ただ単に「うまい・まずい」だけで判断してはいけないのだ。文化財に接するような心持ちで、その意味を汲み取ろうとすることが大切ではないかと思う。

 

食べるのにおすすめなのは、女性だと量的にちょっと厳しいかもしれないけれど、「特大・新福そば」900円。

新福菜館本店

これが新福菜館本店のすべてを堪能できるメニューといえる。

 

「特大」だから量が多いのはもちろんなのだが、それだけではないのである。中華そば(並)には入っていない、もやしと生卵が入っている。

これは味を変えるためのもの。だからはじめは手を付けず、ネギとチャーシューだけで食べるのがおすすめだ。

 

新福菜館本店

 

散々「一味足りない」と言ってきたから、「どんなにまずいのか」と思う人もいようけれども、もちろん決してまずくはない。スープはやや甘めの濃厚なコクがあり、チャーシューもしっかりと味がしみていながらも、弾力を失っていない絶品。

麺は太めでもっちりとしていて、これにスープがよく絡む。化学調味料がつかわれていない分、素材の味を堪能できる。

 

そうして麺を7割くらい食べたところで、やおら生卵を溶きまぶす。すると一気に、足りなかった味が、過不足なくととのうのだ。

これは「すきやき」の原理である。肉としょうゆは、砂糖と生卵によっても融合することができるのだ。新福菜館のスープのやや強めにつけられた甘みは、ここに至って完全に活きることとなる。

この「ちょっと足りない」と思いつつ、最後に一気に味がととのう感動を味わえるのが、「特大・新福そば」というわけだ。

 

それから焼きめし・500円。

新福菜館本店

特大そばに焼きめしは、さすがの僕も食べきれない。でも残した場合は、お持ち帰り用に包んでもらえる。

ラーメンのカエシを使ったコクのある味だから、試してみるのはおすすめだ。

 

もちろんのこと、ビールは飲む。

新福菜館本店

つまみは「朝鮮漬」150円がいい。





 







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