【レビュー】『民主主義ってなんだ?』高橋源一郎×SEALDs

2016/01/03

『民主主義ってなんだ?』高橋源一郎×SEALDs

一世を風靡する「SEALDs」について、その背景、および思想を知るには、決定版。2部構成に分かれていて、第1部ではメンバー3人の個人的背景および、SEALDs結成にいたるいきさつ、実際の活動の様子。第2部では「民主主義ってなんだ?」について、メンバーの基本的な考え方が書かれている。大変おもしろい。

 

 

この本は、メンバーの奥田愛基君、牛田悦正君、芝田万奈さんの3人と、作家・高橋源一郎氏の対談を書き起こしたもの。奥田君、牛田君、芝田さんは、「SEALDsの中心メンバーの一角」と言っていい人達のようだ。

高橋源一郎氏は、たまたま、奥田君と牛田君を明治学院大学で教えていて、以前から知り合いなのだとか。その縁で、司会進行役に選ばれたようだ。

 

第1部は、「SEALDsってなんだ?」と題し、メンバー3人の自己紹介から始まる。それぞれ、ホームレス支援をする父親がウザくて中学から家を出たり、父親がギャンブラーで、母親と離婚し、その後亡くなってしまっていたり、海外の帰国子女だったりと、一風変わった背景を持っている。

奥田君と牛田君は、大学時代からの友達。芝田さんは、2人とは運動に参加するようになったから出会ったようだ。

 

3人は、2012年の夏頃から、官邸前での反原発抗議に顔を出すようになった。奥田君の提案で、広く学生に対して呼びかけもしたらしい。

それで初めに集まったのは、20人ほど。そのうち100人くらいの学生が、毎週集まるようになった。

 

ところが奥田君たちは、そこで周りの人たちと一緒に反対をしていたのかといえば、必ずしもそういうわけでもなかったようだ。あくまでもデモは見学で、むしろそのあと日比谷公園に集まり、

「デモを見てどう思った?」
「原発についてどう思う?」

などのことを、学生同士で話し合うのがメインだったみたいだ。

その場は「TAZ」と呼ばれたとのこと。「Temporary Autonomous  Zone(一時的自主管理区域)」の略で、「官邸前の抗議活動とは別に、自分たちで場を作っている」という意味合いだったようだ。

 

TAZは2012年の冬まで、イベントなどにも形を変えながら続けられ、12月の選挙で自民党が大勝したのを記に、奥田君が海外放浪の旅へと出国。

それから翌年9月まで、中断状態になったという。

 

2013年に奥田君が帰国して、すると12月に、特定秘密保護法が強行採決される。

「このままじゃダメだよね」という話になり、SEALDsの前身に当たる団体、「SASPL(=Students Against Secret Protection Law:特定秘密保護法に反対する学生有志の会)」が結成された。

 

SALPLとして、デモを何度かやったり、沖縄・辺野古の抗議活動に参加したりなどの活動を続け、いよいよ「SEALDs(=Students Emergency Action For Liebral Democracy-s:自由と民主主義のための学生緊急行動)」が結成されたのは、今年2015年の5月。

なので、SEALDsが結成されるまでに、遡ること3年にわたって、活動の積み上げがあるわけだ。

 

SEALDsは、今年の6月から、毎週金曜日に国会前でデモを始め、そこで多くの人を集めて、一躍脚光を浴びるようになった。

でも若いからといって、昨日や今日、運動を始めたわけではなく、それに先立つ長い熟成の期間があったからこそ、あれだけ腹の座ったことができるのだなと、この本を読んで実感した。

 

第1部では、デモでのコールの決め方や、活動資金をどうしているか、物事をどのように決定しているかなどについても、SEALDsの3人が詳しく話している。

何事も、かなりゆるい感じで決まっていくようで、これもまた、とても興味深い。

 

第2部は、「民主主義ってなんだ?」と題し、メンバーのそれぞれが、民主主義についてどう考えるかが語られる。これがまた、珠玉の言葉の連続で、本は線を引きながら読むおれは、奥田君のほぼすべての言葉に、線を引いてしまったほどだった。

ただし、本を読み慣れない人に対して、一つだけ、アドバイスしておきたい。

 

第2部は、高橋源一郎がかなりたくさん話している。冒頭は「たたき台」として、その後も事あるごとに、2~3ページの分量で話す。

ところがこれが、ちょっと難しすぎるのだ。本はわりと読む方であるおれでも「難しい」と思ったから、本を読み慣れない人にとっては、なおさら難しく感じると思う。

場合によっては、高橋源一郎のところで止まってしまって、そこで読むのをやめてしまう人も、いるのではないかと危惧するほどだ。

 

なのでおれのアドバイスは、高橋源一郎が難しいと思ったら、
「すべて飛ばすのがおすすめ」
ということ。

高橋源一郎の部分をすべて飛ばし、SEALDsのメンバーのところだけ拾っていっても、十分意味は通じるのだ。

 

以下に、奥田君の言葉の中で、特にいいと思ったのを、引用しておきたいと思う。

SALPLで初めてデモをした時、デモと議会制民主主義にどう折り合いをつけるのかと思ってはいました。議会制民主主義では政治家数百人が代表ですが、背後には有権者が一億人以上いるわけです。たった数百人の代表者が集まって話し合う議会がうまく機能しないんだったら、しょうがないからこの1億人の主権者自身が動くしかないじゃんって。「8割の国民が納得していないんですけど、たった数百人の議員の皆さんはどう思います?」的な、多数決の原理を議員の数じゃなくて、どっちかというと国民に置き換える発想だったんですよね。

その後、やっているうち、立憲主義とか「権利」「自由」もしくは「公正」って概念に照らしあわせたときにおかしいんじゃないかって問題が出てきた。8割の人が反対してて2割しか賛成していないのに、議会を通りそうになっているから、俺らはデモをやって止めようとしてる。でも、じゃあ逆に8割の人がやばい法案に賛成してて、2割の人が反対してたら、俺らはデモをしないのかっていうと、たぶんするわけです。極端なこと言うと、8割の国民が「人殺しOKにしましょう」とか言ってもダメなものはダメなわけですよね。ということは、たぶん民衆の多数がどうとかっていうのとは別個に、自分にとって正しいことを言うっていうのも大事な訳です。人を殺しちゃいけないとか、平等が大事とか、自由が大事とか。やっぱり俺らが言っているのは「自由」「民主主義」のことなんだって。だから「平等」っていう概念抜きの民主主義ってけっこう危険。

 

僕が思う民主主義というのは、エライ人に何でも任せっぱなしで文句いうだけじゃなくて、色んな人がいる社会の中でどうやって生きていくか、個人として引き受けて、考えたり、発言したりし続けること。まあそれってかなりめんどうくさいのですが(笑)。それはずっと言ってます。「民主主義だから仕方ないし、やるか……」的な。

で、その主体者は、常に個人じゃないといけないと思うんですよ。だれかが言ったじゃなくて、自分の意思として引き受けるのが大事。だからこれまでの運動でよく使われているような「我々は平和を愛し」っていうような、複数形を主語にすることは基本的にしない。「俺はムカついてて」っていう喋り方でいい。なんか個人的に日常で使っている言葉でいいんですよ。たとえばフライヤーのデザインからキャチフレーズ、コールのフレーズ、日常的に使ってる言葉の中から使うことで、もう一回人に民主主義を取り戻す感覚が僕はある。

 

僕の高校の後輩なんですけど、民主主義は他社と生きる共生の能力だとジョン・デューイが言ってる、って話をよくしてる。学校教育と民主主義はすごく関わってますよっていう話で。(中略)

「日本は民主主義国家だ。すばらしい!」って話じゃなくて、どうやって意見の違う人と生きていくかっていう能力を自分たち自身も高めていかないといけないなって。今の国会を見ているとそういう能力が高いとは思えない(笑)。他者と生きていくっていう感覚すらもうすぼんやりしてる気がする。格差も広がっていく中で、余計その能力を高めていかないと。「選挙に行けばいいじゃん」とか「選挙に勝てばいいじゃん」ってよく言われるけど、勝つことや自分たちがやりたいことを通すことも大事だけど、他者と生きていく能力を一人ひとり高めていくことが大事だと思う。(中略)

ある人が、「戦争は弱者が食われる世界です。だから日本は強くないといけない。自然界を見てみろ」って言ってた。でも自然界を見ても、虎とか絶滅していってるんですよ(笑)。人間だって象に敵わない。動物の中でも弱いところにいる。(中略)

じゃあなんで言葉を喋っているのか。猿とかネコとかがしゃべっててもいいわけじゃん。(中略)

そうですよね。弱いからしゃべらざるをえない。(中略)

人間の進化っていうと、二足歩行になって道具を使えたからって言われるけど、弱かったから助け合わざるをえなかった、社会をつくらざるをえなかったって説もある。だからコミュニケーションの道具として、言葉が発展していったんじゃないかって。それで考えると、他者と生きる能力が民主主義で大事だってことは、逆に人間にとって、民主主義ってすごい大事なんだと思う。

 

「おわりに」より。

さて、この本ができる9月の中旬には、国会での安保法制に関する結論は出ているだろう。廃案になっていればいいが、仮に止められなかったとしたら、「本当に止める」と掲げた学生の動きにはどんな意味があったのだろうか。いずれにせよ覚えていてほしいのは、どんな社会になるにしても、問われているのは自分たち自身だということだ。法案が通るまでも、通った後も、次の選挙も、問われているのは政治家ではない。「民主主義ってなんだ?」――その答えをだすのはずっとずっと自分たちの番なんだと思う。

 

この本は、絶対におすすめ。現在社会学概論のジャンルで、ベストセラー1位だそうだ。

価格は、予定より値下げされたということで、1,296円(税込)。

「安すぎるだろう」という話だ。

 

 

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