京都の人は他人をよく「見る」のである。

2014/04/06

昨日は昼はラーメン屋でビールを飲み、夜は四条大宮の飲み屋をまわった。

四条大宮 スピナーズ

最後に立飲み屋をおとずれ、あらためて、「京都の人は、他人をよく見る」とおもったのである。

 

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ラーメン屋は昨日も、毎週行っている新福菜館三条店なのである。

ぼくは毎日、この日のために仕事をしていると言っても過言ではなく、三条店へ行くと、

「やっと来られた・・・」

と、ホッとしたような、我家に帰ってこられたような、そういう気持ちになる。

 

コースは毎度、おなじである。

新福菜館三条店 ビール

まずビール。
 

キムチを肴に飲んでいるうち、餃子が到着する。

新福菜館三条店 餃子

この餃子に、「つくづくたまらん」と毎回おもう。
 

最近は、ビールと餃子はお代わりする。

新福菜館三条店 ビール2本目

餃子を初めから2皿たのまないのは、少しでも長く飲んでいるためである。
 

大盛りラーメン麺かためネギ多め。

新福菜館三条店 大盛りラーメン

夢中で食べ、汁までほぼ飲み干してしまう。

 

家に帰り、昼寝をする。

この昼寝が、体がポカポカと温まり、よく寝られるのである。

 

夜は四条大宮に飲みに出る。

やはり家でばかり食事をせず、週に1度くらいは近所をあれこれ回ってみるのは、独り者には大事なことだ。

 

まずはよく行くバー、「スピナーズ」。

四条大宮 スピナーズ

この店では、ぼくも常連の一人に加えてもらっているから、顔見知りとあれこれ話す。

昨日は、

「そういえばこの店は、自営業者が多いね」

という話になった。

会社勤めの人もいるが、圧倒的に数が少ない。

店主の性格や、考え方によるものだろう、バーにはそれぞれ、カラーがある。

サラリーマンが多く集まる店もあるが、ぼくは自由業だから、やはり自営の人が集まる店が心地いい。

 

九十九一似の男性と、桐島かれん似の女性が、連れ立ってやってきた。

桐島かれんは、ぼくが座る姿を見て、

「背筋が曲がっているよ。
背筋が曲がると、おっさんは哀愁が漂うからね、シャンとしなきゃ」

と注意をする。

こうして言ってもらえる人がいるというのも、独り者にはありがたいのだ。

 

スピナーズでは、ビールを2杯飲んで、店を出た。

昨日は少し、ほかの店をまわってみようと思ったからである。

 

次に行ったのは、イタリアンバル「ピッコロ・ジャルディーノ」。

四条大宮 ピッコロ・ジャルディーノ

ぼくはここのマスター、「ハルオさん」が好きである。

頼んだのは、サバの赤ワインマリネ。

サバの赤ワインマリネ

洋風のしめサバで、やさしい味がし、赤ワインによく合う。

 

さて最後に行ったのは、立飲み屋「てら」である。

四条大宮 立ち飲み「てら」

ここはまずは、ツマミがうまく、しかも安い。
 

昨日たのんだのは、まずは板わさ。

てら 板わさ

 

それから焼き鳥。

てら 焼き鳥

真ん中の太いのは、つくねである。

 

ただぼくがこのところ、てらにちょくちょく行っているのは、「おいしいから」というだけが理由でもない。

「てらの常連さんとなじんでみたい」という思いもあったからなのだ。

 

そうしたら、昨日は大きな進展があった。

「受け入れてもらった」と実感できたのである。

 

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「京都は礼儀作法が発達している」と、ぼくはおもうようになっている。

このことが、京都の特徴ではないかとおもう。

ぼくのように外から来た者にとっては、その作法を飲込むのがちょっと難しいところがあり、それが「京都は入りにくい」と思われることにつながっているとおもう。

ただ一旦それを飲込むことができれば、あとは作法がある分、ラクに人とつながれるのだ。

 

京都で礼儀作法が発達したのは、やはり「都」だったからだろう。

もちろんまずは、貴族文化の流れを引いているというのがあるとおもう。

また都だから、主義主張が異なったり、利益が相反する人が、街場で同居することにもなっただろう。

そういう人たちがケンカをせず、とりあえず仲良くするためにも、作法が必要だった気がする。

 

京都の人が、話といえば、「笑えること」を尊ぶのも、礼儀の一つなのではないかと、ぼくはこの頃おもっている。

「笑えること」は、主義主張が異なっても、利益が相反していても、「誰にとっても」笑えるからである。

 

そんな京都で、人が他人と接する際、東京と大きくちがうのが、「他人をよく見る」ことではないかと、ぼくは最近おもっている。

しかも京都は、他の地方とくらべても、人をよく見ているとおもう。

 

ぼくは10年ほど前、40年住んだ東京から名古屋へ越した。

そのときまず驚いたのが、街を歩いていて、「人と目線が合う」ことだった。

東京では、街を歩いていたりする時、人と目線が合うことは、皆無である。

まずだいたい、東京にはあまりにたくさんの人がいるから、人など見ていたら街を歩けないのだ。

 

東京の街を歩くためには、歩いている人を「流れ」ととらえ、それをすり抜けていくようにしないといけない。

一人ひとりの人など見てしまうと、流れをすり抜けられなくなり、人とぶつかってしまうのだ。

 

そういう風土だからだろう、東京では、人を見るのが「よくない」とされるところもあるとおもう。

女の子などをうっかりと見てしまうと、

「あ、あの人、私のこと見た、ヤダー」

と言われることも、あるくらいなのである。

 

しかしこれは、人があまりに多すぎる、東京に特殊な事情である。

東京以外のすべての地方は、普通に人を見ているのではないかとおもう。

 

ただ京都の場合、その「人を見る」時間が、他の地方にくらべても圧倒的に長いというのが、ぼくが持っている印象である。

人を見て、「この人と仲良くしていいのか」を、時間をかけて見極めるのだ。

 

ぼくは毎週行っているラーメン屋で、注文を「いっしょで?」と聞かれる常連扱いされるまで、1年半の時間がかかった。

東京なら、3回行けば常連になるところである。

時々行っているバーでも、やはりマスターに受け入れてもらうまで、1年ほどがかかっている。

京都には歴史的に、種々雑多な人が集まり、よそ者が町の人に迷惑をかけることも多かっただろうから、警戒する風土ができたということなのだろうとおもう。

 

しかし一旦それが分かると、飲み屋などでのふるまい方も、どうしたらいいのかがわかるのだ。

要は、「見られている」ことを意識していればいいのだ。

 

東京の飲み屋などでは、基本的に、「話をし始めてから」がコミュニケーションである。

だから東京では、飲み屋のカウンターで話し相手がいない時は、居場所がなくなってしまうことになる。

ところが京都の場合、カウンターのほかのお客さんは、自分を見ているわけである。

だから自分がどのように座るか、どのようにふるまうかが、周りの人にメッセージを送ることになり、その時点ですでに、コミュニケーションは始まっているのだ。

 

そう思えるようになると、京都の飲み屋のカウンターで、別に話し相手がいなくても、まったく苦にならなくなった。

最低でも店主は、話をしてくれるわけだし、そのうち周りのお客さんも、「この人とは話しても大丈夫」とおもえば、話しかけてくれるのだ。

 

てらへもそう思い、ここ何回か、つづけて通っていた。

そうしたらとうとう昨日、「決定的な一歩を踏み出した」とおもえたのである。

 

てらにはコアな常連さんが何人かいる。

幅広い年代の男女で、いずれもいい感じの人たちで、明るく話しながら飲んでいる。

ぼくはかなり前から、時々てらへ行っていたので、そのうちの何人かの人と言葉を交わしたことはあった。

ただまだ親しく話すところまでは行っていなかったのだ。

 

昨日もぼくがてらへ行ったら、その常連さんたち4~5人の脇に立つことになった。

話を横耳で聞きながら、あまりにおかしいので時々いっしょに大笑いしたりしていた。

そうしたら、飲み終わってお勘定をするぼくに、そのうちの一人が、

「すいません、いつも下卑た話題ばかりで」

と話しかけてくれたのである。

「いえいえとんでもない、こちらも楽しませていただきました」

とぼく。

それからぼくは、その常連さんの輪に入り、二言三言話をして、にこやかに挨拶をして店を出た。

常連さんの一人ひとりと、言葉を交わしたことはあったが、輪に入れてもらえたのは初めてである。

 

「受け入れてもらえた・・・」

ぼくはそう実感し、帰り道を歩きながら、嬉しい気持ちを噛みしめた。

嬉しさのあまり、帰ってからツイッターを相手に、さらに延々と飲んでしまったのは、言うまでもないことである。

 

「常連さんに、説教とかしちゃダメだからね。」

チェブラーシカのチェブ夫

うん、わかってる、気をつけるよ。

 

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スピナーズ

ピッコロ・ジャルディーノ

てら
 

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ちょっと飲もうと思ったら、結局朝まで飲んでしまったのである。

四条大宮は街全体が、一つの飲み屋みたいなのである。

飲み屋には、一期一会の出会いがあるのである。

一杯のつもりで飲みに行ったら、6軒ハシゴしてしまったのである。

-07 外飲み