ヘイトへのカウンターはしないですむのが一番なのだ(6月14日京都・西院)

6月14日京都・西院カウンター 東京・京都・大阪などでの社会運動

6月14日京都・西院

在特会など差別団体のヘイトスピーチにたいするカウンターが、今のような形で始まったのは、2年ほど前からだそうだ。

「レイシスト(差別主義者)をしばき隊」が結成され、在特会が新大久保の韓国人街を「韓国人を殺せ」と醜悪なヘイトをたれ流しながらねり歩くのを、非暴力ではありながら、かなり直接的な実力行使をすることにより阻止したのが初めだったという。

 

 

それからカウンターの活動は、ブラカードやダンマクを掲げたり、通行人にチラシなどを配って周知活動を行ったりなど、様々なスタイルが生まれていったわけなのだが、依然としてその中核には、トラメガなどでレイシストに罵声を浴びせかけることがある。

なぜならば、カウンターの目的は、ただ単に「ヘイトスピーチに抗議すること」ではないからだ。

「ヘイトスピーチをやめさせること」だからである。

 

ヘイトスピーチは、日本も加盟する人種差別撤廃条約に「犯罪」と明記されている。集団リンチとも比することができる言葉の暴力なのであり、またさらに、ナチス・ドイツや関東大震災後の日本で起こったような、大虐殺の種をまくからである。

暴行や殺人などと同様、議論の余地なく「悪いこと」なのであり、それに対するのに抗議(=悪いということを指摘する)などは当たらない。

もし目の前でヘイトスピーチが始まったら、被害が拡大する前に、一刻も早くやめさせなければいけないのだ。

 

暴行などの場合なら、それを止めるために犯人を一発くらい殴っても、正当防衛になるわけだが、ヘイトスピーチの場合はそうはいかない。そこで口を極めて犯人を罵倒して、相手の心を折るのである。

「こんな嫌な思いをするくらいなら、もうヘイトスピーチはやりたくない、、、」

犯人にそう思わせることができたなら、カウンターはそれなりに成功していることになる。

実際カウンターが始まってから、ヘイトデモなどの動員数は目に見えて減っている。2年前は100人以上集まるのが普通だったとのことなのだが、今では多くても20~30人だ。

 

ただ、ヘイトスピーチを一旦されてしまったら、カウンターに「勝ち」はない。

ヘイトによる被害は出てしまうわけだから、あとは「それをどう最小限に食い止めるか」しか、問いはなくなってしまうのだ。

 

ところがきのう京都で、カウンターはまさに「勝利」した。

 

「日本京津会(けいしんかい)」という新興のヘイト団体が、西院でヘイト街宣を告知していた。そこには在特会の元会長・桜井(本名 高田)誠も参加することを表明していた。

西院は在日コリアンが多く住む場所で、この団体は以前にもここでヘイト街宣を行っている。

その街宣では、

「日本人は朝鮮人のことが嫌い」
「中国人のことを好きな日本人なんているわけがない」
「みなさん、どんどん声に出していいましょう。朝鮮人が嫌いだと、中国人が嫌いだと。そうすれば彼らはこの日本から出て行ってくれます」
「みなさん、ハエや蚊と一緒に住みたいと思いますか?見つけたらどうしますか?殺しますよね?」

などが公衆の面前で述べられており、悪質だ。

 

そこでカウンター組織「C.R.A.C.」は、ツイッター上で早くから、当日のカウンター参加を呼びかけた。

6月14日西院カウンター告知画像

呼びかけに応ずる声も数多く上げられて、昨年の12月、京都でのヘイトデモに400人のカウンターが集まったことを考えれば、同じくらいの人数が集まりそうな盛り上がりとなり、新聞社や国会議員までもが駆け付けることとなった。

 

きのうの当日も、ヘイト街宣の開始より1時間も前から、100人ほどのカウンターが集まり、ダンマクを張ったり、

6月14日京都・西院カウンター

 

チラシまきなどの周知活動を行った。

6月14日京都・西院カウンター

 

さらに当日近くになり、京津会が場所の変更をほのめかしたため、京都と大阪の10ヶ所以上でカウンターが待機・監視した。

 

その結果、、、

京津会は来なかったのだ。

 

あまりの大ごとになったため、恐れをなしたようである。またもしかしたら、警察からの要請も入ったのかもしれない。

高田誠は、京都までは来ていたようだ。しかし街宣が中止になり、梅田で地元の差別主義者と懇親会だけをしたらしい。

 

これはカウンターの完全なる勝利である。

街宣の予定場所は、カウンターによる反ヘイトスピーチの、格好のアピールの場となったようだ。

 

おれは西院から梅田へ移動、そこでヘイト街宣を待機した。街宣が行われないのを確認し、そのあとは仲間とビールを一杯。

6月14日西院カウンター

 

飲みながら、仲間の一人がしみじみとつぶやいた。

「まさかヘイト街宣を中止させられるなど、2年前には考えられもしなかったよ、、、」

その頃は、カウンターは多勢に無勢、警察の締め付けも今よりもずいぶん厳しく、だいぶつらい思いをしたそうだ。

「それもこれも、続けてきたからこそなんだよな」

 

それを聞き、おれはカウンターの先輩に尊敬の念をもった。

負けても負けても、地道に活動を積み上げてきた先人がいたからこそ、きのうの勝利があったのだ。

 

市民による行動は、一人ひとりの力は小さい。

しかしそれが、決して無力ではないことを、今回の一件はあらためて、はっきりと教えてくれたと思う。

 

◎参考記事

 

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ヘイトスピーチを許してはいけないのだ(5月31日大阪カウンター)

いい年をしてヘイトをこくなら早く死ね(5月3日西院ヘイト街宣)

神原元『ヘイト・スピーチに抗する人びと』

#12月7日京都ヘイトアクションを許すな ~「カウンターは新しい」と思うのである

カウンターを初めて体験したのである。

『 #鶴橋安寧 アンチ・ヘイト・クロニクル』(李信恵)を読んでますます在日の人たちが好きになったのである
 

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