【書籍紹介】「在日特権」の虚構(野間易通)

2016/01/03

『「在日特権」の虚構』を読んだ。

「在日特権」の虚構

差別と、それへの対抗についての知識は、現代には必須のリテラシーだと言えるのではないだろうか。

 

 
 

ぼくが日本の社会について真剣に考えはじめたのは、会社を辞めてからのこと。重度の会社人間で、仕事が終われば、そのまま会社の人間と深夜まで酒をのむような生活を毎日続けていたぼくは、「自分のまわり」はまずは会社がすべてであって、社会のことは、会社の延長線上にだけ考えていた。

会社は典型的に古い体質だったから、ぼくもそれに染まって、支持政党はずっと自民党。「何だかな」と思うところはあったけれど、大した疑問は感じなかった。

 

ところが会社を辞めてみると、家庭は崩壊していたから、ぼくが所属するのは、まずは京都市、それから日本、この2つだけになった。日本のことを会社を通さず考えるようになったのは、それからのことである。

ちょうどその頃、民主党への政権交代があり、自民党政権に漠然とした閉塞感を感じていたぼくは、民主党に投票した。なかなかうまく政権運営ができない民主党を、それでも支持しているところへ、東日本大震災、そしてそれに伴う、福島での原発事故が起きたのだ。

 

震災で、多くの人が津波に飲み込まれて亡くなったこともショックだったが、それ以上に、「絶対安全」であるはずの原発が壊れ、放射能が漏れ出したことはショックだった。事故処理の経緯をニュースで追いかけていくうちに、事故が単に技術的な原因で起こったのでなく、政界や官僚、財界、学者など日本の支配層が、長年、無責任体質を温存してきたことにより起きたことを痛感した。

「この事故をきっかけとして、今こそこの無責任体質を変えていかなくてはいけない、、、」

ぼくは、民主党に期待した。しかしやがて、民主党は自壊、「絶対に勝たせてはいけない」と思った自民党が選挙で勝ち、政権を握ったあとは、まさに奈落の底へ転げ落ちるかのように、状況は悪化していると、ぼくには思える。

 

それでもぼくは、しばらくは、半ば「あきらめ」の気持ちでいた。自民党を選挙で選択したのは、国民自身だ。

「安倍政権を国民が支持してしまっている以上、どうこう言ったところで始まらない」

そう思い、悪化する状況を横目で見ながら、ぼくは黙っていたのだけれど、まず「これはマズイ」と思ったのは、特定秘密保護法案の強行採決。ぼくは安倍政権が、国民を弾圧する方向に、いよいよ一歩を踏み出したと思った。

 

そして、集団的自衛権行使容認の、閣議決定。安倍政権は、法律の根幹に位置する憲法を、安々と無視する暴挙に出た。

法律の範囲内なら、いくら政策が気に喰わないからといって、まだ議論の余地はある。しかしいよいよ法律を無視するとなれば、許される一線を踏み出し、「悪徳」の道に入ったことを意味するだろう。

 

「これは、絶対に許してはいけない」

ぼくは思った。

「安倍政権に反対するために、具体的な行動をしていかなくてはいけない、、、」

そしてぼくは、デモやカウンターなどの社会運動に、少しずつ参加するようになった。

 

参加してみて分かってきたのは、現代の社会運動が、ぼくが知っている時代のものとは様がわりしていることだ。

ぼくのイメージで言うと、社会運動は、まず安保闘争。それから成田闘争などの、ヘルメットを被った過激派が、火炎瓶を投げる、そういうものだと思っていた。

ところが今の運動は、来るのはしゅっとした格好をしたお兄ちゃんやお姉ちゃん、そして完全に、「非暴力」を貫いている。

 

それから、運動員が動員される、そのされ方も違う。

以前の運動は、動員は組織によって行われていただろう。ところが今の運動は、多くがツイッターでの呼びかけに応じて自主的に集まる。

運動に行ってオルグされるようなこともなく、三々五々人が集まり、またそのまま帰っていくというスタイルになっている。

 

これは3.11東日本大震災以来の、新しい運動のスタイルなのだそうだ。実際運動の現場へ行ってみると、20代~30代の若い人たちもたくさんいて、ぼくと同様、社会への関心は3.11以降に持つようになったという人も多い。

 

ぼくはこの新しい運動に、とても未来を感じるのだ。

一部の過激な人ではなく、普通の人が、カジュアルに参加する社会運動、、、そこにこそ、大きな力を結集できる可能性があると思う。

 

そういう新しいスタイルの社会運動の、中心人物の一人が、この『「在日特権」の虚構』を著した野間易通(のま・やすみち)氏である。

元々は音楽雑誌『ミュージックマガジン』の編集者で、3.11以降は反原発運動にかかわっていた野間氏は、2年前、在特会などの差別煽動に対抗(カウンター)するグループ「レイシストをしばき隊」を結成。その後しばき隊は発展的解消をし、現在はカウンターの情報ステーション的役割を果たす「C.R.A.C」になっている。

ぼくはまだ直接会ったことはないが、野間氏のツイッターでの投稿を見て、またほんの少しやり取りさせてもらったりもするうちに、野間氏が運動をけん引する力は大きく、野間氏の考え方や人格・個性が、運動に少なからずの影響を及ぼしていることを理解した。

 

野間氏がカウンターに関連して書いた唯一の著書、この『「在日特権」の虚構』も、以前から読みたいと思っていたのだが、増補版が、2月に出ることを聞いていた。

そこでその出版を待ち、出たところで早速買って、きのう読み終わったわけである。

 

「在日特権」とは、まさに差別団体「在特会(=在日特権を許さない市民の会)」が、そのグループ名に冠するもので、基本的に「すべてデマ」である。まったくの事実無根か、または事実を恣意的に、都合よくつなぎ合わせただけのもので、このように在特会は、ありもしないことをもって、在日韓国・朝鮮人に、「死ね」「日本から出て行け」と罵倒している。

『「在日特権」の虚構』は、それがいかにデマであるかを、細かく一つ一つ検証し、明らかにしたもの。もちろん全て資料を元にし、きちんと論証されるのだが、学術書とはまったく違い、カジュアルで読みやすい。

 

在特会の演説を聞いていると、いかにもそれらしいことを言うから、「在日特権なるものがあるのか」と、つい信じてしまいそうになるのである。実際、在特会のメンバーは、そう思っているわけだし、そうでなく一般の人でも、漠然と、「在日特権はある」と思っている人は多いだろう。

この本は、それを打ち消すためのものだ。この本を読みさえすれば、在特会が「在日特権」として、どのようなことを主張していて、それがいかに欺瞞でありウソなのかが、よく分かるようになっている。

 

現在、「在日特権」について知ろうとしてネットを検索すると、上位にずらりと並ぶのは、在特会の関係者が立ち上げたサイトばかりだそうだ。また書籍でも、嫌韓本が売れる時代になっているから、在日特権について肯定的な扱い方をするまちがった本が多く、在特会のプロパガンダが深く社会に浸透している。

そういう時代に、野間氏は次のように考えて、この本を書いたそうだ。

(在特会のプロパガンダを食い止めるには:筆者注)
対抗言論を繰り出すしかないのだ。

私がこの本を書いているあいだずっとイメージしていたのは、30年後に黄ばんで擦り切れた本書が図書館の片隅にひっそりと置かれている姿である。図書館の検索端末やネット書店の検索窓で「在日特権」と入力したときに、きちんとそれを否定する信頼できる資料がヒットすること、またそれが、読解に高度な知識を必要とする専門書ではなくカジュアルな一般書として存在しており、たとえ絶版になっても、図書館に行けばいつでもアクセスできること、それが何よりも重要だとずっと考えながら執筆していた。

この本がそうして、決してカウンター活動の概略や成り立ちなどを一般的に記したものではなく、在特会の主張にたいするカウンターそのものであることは、いかにも野間氏らしい、実質的なやり方だと感心する。

 

といってこの本に、カウンターのことが書かれていないわけではない。というよりも、この本はカウンターの「まさに実物」であるわけだから、カウンターがどのようなものであるか、どの本を読むよりわかると言っても過言ではない。

 

カウンターというと、街で差別主義者を怒鳴りたおす、騒然とした光景をイメージする人も多いだろう。

もちろん、カウンターには、そういう荒々しい側面もある。差別主義者は言葉の暴力で在日を傷付けようとしてくるから、それを現場で無効化するには、こちらも怒鳴り返すしかないのである。

しかしこの本を読むと、まずは在特会の主張について、ていねいにリサーチしていることに感心する。さらにその一点一点について、資料を明示しながら注意深く論証していく。

そのような緻密な作業が、一見荒々しく見えるカウンターの根幹に、まずはあるということを、あらためて実感する。

 

また野間氏は、三重県の伊賀市まで、在日2世の老人を取材しにいく。それだけを取り出せば、一見「特権」と見えることでも、終戦後に在日が、税金は収めながらも、年金も健康保険もない、過度の貧困に貶められるなどの歴史的背景が理由になっていることがあるからだ。

かなりのページ数を割いて紹介される在日の老人の昔話は、戦前・戦中は日本人であった在日が、戦後になってどのような生活を強いられてきたのか、そしてそこから、どのように権利を回復してきたのかを知るためにも役に立つ。

 

さらに在特会が、どのように成立してきたかの詳しい経緯や、この2年のカウンターの簡単な様子、ドイツにおけるヘイトスピーチ規制法の実際も、この本には書かれている。2013年にテレビで放映された竹田恒泰による「きれいな言葉で語られる差別発言」にたいしても、きちんと反論されている。

この本は、「ヘイトスピーチとカウンター」についての全体像を知るためにも、まさに打ってつけだと言えると思う。

 

在特会の活動は、カウンターの人々の2年にわたる努力の甲斐もあり、徐々に下火になっている。しかし差別自体は、手を替え、品を替え、形を替えながら、相変わらず継続している。

しかもそれら差別を行う差別団体のバックには、安倍首相をはじめとする現政権の閣僚が多数いることも分かっている。

差別とそれへの対抗についての知識は、現代には必須のリテラシーだと言えるのではないだろうか。

 

全228ページ、定価1,600円(税別)。

 
 

チェブ夫

 

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