関西電力京都支店前・スタンディングアピールに、はじめて参加したのだ

2015/06/02

きのうは、関西電力京都支店前・スタンディングアピールに、はじめて参加した。

関西電力・京都支店前抗議

一人が小さな行動を起こすだけでも、世の中は確実に変わるのだ。

 

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「ちりも積もれば山となる」は本当のことで、一つ一つは誤差の範囲のようなものでも、それがたまれば大きな結果につながることは、三条会商店街の「りぼんスタンプ」が証明している。

何しろ「100円につき1円」の、小さな小さな、もらっても何の役にも立たなさそうなものなのだが、今回ぼくは抽選会で、1万円分ほどの高級肉と金券をもらった。「ためておいてよかった」と、つくづく思ったわけなのだが、これは「社会」についてもおなじだと思う。

 

たとえば韓国・朝鮮人差別のヘイトスピーチをする在特会も、「あまりにも頭が悪い」ことは明らかだから、はじめのうちは、みんな相手にせず放っておいた。そうすると、それは病原菌みたいなもので、増殖し、社会に蔓延していくのだ。在特会の活動はエスカレートし、その荒唐無稽な主張も、信じる人が増えていった。

本来なら、諸外国のように法律で規制されるべきものだと思うが、日本にはその法律がまだないから、「それでは」と、市民が自主的に立ち上がり、差別の街宣やデモにカウンター(対抗)をするようになった。するとわずか2年余りのあいだに、「在特会のヘイトスピーチは悪である」ことが、社会に認知されるにいたった。

 

これは何もしなかったときには、放っておかれた在特会はニュースにならず、のびのびと活動していたものが、カウンターをすることによって一種の騒ぎとなり、はじめて「事件」として捉えられて、新聞などが取り上げるようになるからだ。

一人がカウンターに出かけることは、本当に小さな小さなことだけれど、それが集まり、積もっていけば、社会を大きく変えていくことになる。

 

ツイッターなどでの発言や、ネットの署名運動も、決してバカにすることはできない。なぜかといえば、ツイッター上の発言は、「ネット民の世論」として、ネットのニュースサイトが注目しているからだ。

何かについて、多くの意見が集まると、まず中小のニュースサイトが取り上げる。複数のニュースサイトが取り上げると、新聞社などのサイトが取り上げ、最後には新聞の本誌やテレビなどでも取り上げられるようになる。

ツイッターのリツイートをしたり、署名をしたりすることは、本当に1分もかからない。でもその1分の手間をかけるのか、それとも惜しんでかけないのかで、結果は大きく変わることがあるのである。

 

ぼくも以前は、差別問題にしても、原発のことにしても、また沖縄の基地建設の問題にしても、「けっきょくは政府がやっていることであり、その政府を選挙で選んだのは国民だから、どうしようもない」とあきらめていた。たしかに政府の政策をいきなり変更させることは、あまりにも話が大きすぎて、個人の手には余るだろう。

でも問題を切り分け、絞っていくと、たとえば在特会のヘイト街宣にたいするカウンターとか、首相官邸や関西電力前での抗議とか、個人にも対応可能なことが出てくるのだ。

その代わり、切り分けられたことで問題の数は増え、そのすべてに一人が対応することはできなくなるけれど、それは、かかわる人の数が増えれば、それぞれの人が、それぞれの問題に対応すればいいことになる。

 

ぼくはこれまで、在特会へのカウンターを中心として関わってきたのだが、じつは飲み屋でときどき会う友だちで、毎週、関西電力・京都支店前での反原発抗議に参加している30代の画家がいる。そちらへも行ってみたいと思ってはいたのだけれど、時間がなくて果たせなかった。

でもこのところ、在特会は衰退傾向がはっきりしてきて、街宣やデモの数も減り、また計画されていたものが中止になることも増えた。市民によるカウンターが勝利したといえるわけで、それでぼくも余裕ができて、しかもちょうど、大震災から4年がたったことでもあるし、きのうは初めて、その関電京都支店前での反原発抗議に参加したというわけなのだ。

 

行くにあたって、プラカードは自作した。

関電京都支店前スタンディングアピール

行けば借りることはできるのだが、やはり抗議は、自分の言葉でやった方が心が込めやすい。

夕方5時からのスタートで、すこし遅れて行ったら、すでに抗議は始まっていた。友だちも、トラメガのマイクを持って、

「原発、はんたい!」「高浜原発、再稼働やめよう!」

と、コールをしている。

 

集まっている人たちは、年齢層は幅広い。熟年の人も多いし、

関電京都支店前スタンディングアピール

 

20代くらいと思われる、若い人たちもいる。

関電京都支店前スタンディングアピール

 

ギターなどの楽器をかき鳴らす人たちもいた。

関電京都支店前スタンディングアピール

「スタンディングアピール」と呼ばれているのだが、毎週、コンスタントに100人以上が集まるそうだ。

 

集まる人の、党派もさまざま。共産党や新左翼など、昔からの党派に属する人もいるし、緑の党など、わりと最近できた党に属する人もいる。

また友だちのように党派に属さず、個人で来ている人も多い。

しかし面白いことに、全体を仕切ったり、コールでマイクを持ったりするのは、そういう無党派の人だったりするのだそうだ。

 

ぼくは初めての参加だったが、友だちからいきなりマイクを持たされ、コールをすることになった。コールは声を出しつづけるから、10分ほどで交代していかなくてはならないからで、そんなことでお役に立てるものなら、お安い御用だ。

 

アピールは、大通り沿いの正面ではわりと熟年の人たち、西側の通用門の前では、若い人たちが中心になっていた。コールの仕方が、双方でちょっと違っていて、熟年の人たちは、コールのテンポが比較的ゆっくりなのだが、若い人たちのコールは、さすが、それよりちょっと早い。

終了予定時刻の7時ちょっと前になったら、全員が西側の、若い人たちがコールするところへ集まる。

関電京都支店前スタンディングアピール

ここで全員でコールをし、最後に、

「来週もまた来るからな!」

と言い残して、抗議は終わった。

 

さすがだと思ったのは、コールしていた若い女性が、抗議が終わってから、門番の警備員にお菓子を差し入れしていたこと。警備員は別会社だし、仲良くできる人とはしようということなのだろう。

 

抗議を終え、ぼくは友だちと近くの居酒屋へ。

関電京都支店前スタンディングアピール

やはりこれが、楽しみなのだ。

友だちは、「社会運動をする画家」だから、話題は運動のことから芸術のことにまで広がって、おもしろい。おかげで酒も進んで、あっという間に2時間くらいがたっていた。

 

ぼくはさらに、大宮へもどって「壺味」でシメ。

関電京都支店前スタンディングアピール

焼きそばを食べた。

 

京都支店前でのアピールは、一度も行ったことがなかったから、行くのがちょっと面倒な気もしたけれど、友だちも喜んでくれたし、やはり、行ってよかった。

これからも、毎週とはいかないと思うけれど、ときどき参加しようと思う。

 

「仕事もしてよ。」

チェブ夫

そうだよな。

 

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