飲み屋には、一期一会の出会いがあるのである。

2013/12/26

昨日はいつも行くラーメン屋で昼からビールを飲み、夜は立ち飲み屋でさらに2~3杯飲んだ。

立ち呑み てら

立ち飲み屋で青年と、一期一会の出会いがあったのである。


 
昨日は比較的早く、ブログの更新を終えることができ、昼過ぎにはいつもの新福菜館三条店に入ることができた。

新福菜館三条店 ビール

やはりビールは、できれば午前中から、遅くとも「昼」と名がつく時間帯には、飲み始めたいところである。

 

いつも通り餃子をたのむ。

新福菜館三条店 餃子

この餃子が、何度食べてもうまい。

 

京都らしい、「出過ぎたところが一つもなく、足りないところも一つもない」という、実に品のいい味なのだが、一般的な餃子とくらべた場合、かなり異色なのではないかともおもえる。

まず餃子を焼くとき、どこの店でも聞こえる「ジュー」という音を、新福三条で聞いた覚えがない。

皮はかなり固めの仕上がりになっているから、おそらく水をほとんど入れずに焼いているのではないかとおもう。

 

それからアンは、一般の餃子にはたっぷりと入っているニンニクもニラも、とても少なめなのではないかとおもえる。

おそらくショウガとネギが中心なのではないか。

新福菜館は、京都のラーメン屋としては唯一、戦前の創業だから、日本の「昔の味」が、今も生き残っているということなのかも知れないとおもうのである。

 

昨日は餃子があまりにうまかったから、もう一皿お代わりした。

新福菜館三条店 ビール

当然、ビールも「もう一本」ということになる。

昼のビールは、「ものすごく悪いことをしている」という背徳感が、さらにうまさを増してくれる。

またたかがビール2本で、「とても飲み過ぎた」感覚を味わえるのも、昼のビールがお得なところである。

 

ラーメンは、「大盛り麺かたいめネギ多め」にした。

新福菜館三条店 大盛かたいめネギ多め

ネギもニラと同様、豚肉と合わせると、疲れをとる効果があるのだそうだ。

 

これを食べるには、ぼくなりのやり方がある。

新福菜館三条店 大盛りかたいめネギ多め

食べ方を間違ってしまうと、すべてを満喫できないのである。

 

新福菜館の大盛りには、並盛りにはないものが2つ追加されてくる。

生卵ともやしである。

これは、初めには手を付けないことが肝心だ。

新福菜館のラーメンは、並盛りの時点で、味は一つの完成がある。

だから大盛りでもまずは、並盛りとおなじ具であるチャーシューとネギだけで、食べ始めるのである。

 

でもそのうち、大盛りは量が多いから、味に飽きてくる。

新福菜館は「量」についても、「並盛りがちょうどよい」と考えているのだとおもう。

だから量が多くて、味に飽きてきた時のために、生卵ともやしが用意されているのだ。

 

もやしもその頃になるとようやく、味がしみておいしくなっている。

生卵を溶きまぜると、味が濃い新福のスープは、ちょうど「すき焼き」のような味になる。

好みに応じてニンニク唐辛子をくわえ、このすき焼き味のラーメンを食べ切るというわけである。

 

家に帰って昼寝をしたら、3時間も寝た。

寝起きは非常に快適で、たっぷりのネギと豚肉とで、デトックスされたようである。

 

それからしばらく仕事をし、仕事を終えると、もう少し酒が飲みたくなった。

安い店で、何かうまいものを食い、サックリと2~3杯飲みたいところである。

四条大宮の居酒屋で、「安くてうまい」となれば、やはり「てら」だ。

立ち呑み てら

いつもお客さんで一杯なのだが、それも肯けるのである。

 

たのんだのは、豚天。

立ち呑みてら 豚天

けっこうな量があり、衣はさっくり、肉はジューシーで、250円。
 

ちくわ天。

立ち呑みてら ちくわ天

これもちゃんとうまくて、100円。
 

板わさ。

板わさ

上等なカマボコを使ってあるのが200円。

 

この店は、つまみは原価に近い値段で出しているのではないかとおもう。

さらに飲み物も、焼酎も生ビールも、酎ハイグラスになみなみと入ったのが350円である。

 

立ち呑みだから、入れ代わり立ち代わりするまわりのお客さんと話になる。

以前はうまく、話に入れなかったのだが、今は自然にやり取りできるようになっている。

関西の人は、かならず「面白い話」をするから、それに笑ったり、にこやかな表情をしたりすれば、それがすでにコミュニケーションになっている。

ただぼくが面白い話をするには、まだまだ精進が必要なのは、言うまでもないことだ。

 

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そのうち店に、青年が入ってきた。

眼鏡越しの目がクリっとして、賢そうな顔をしている。

ぼくの隣に立ったので、やがて話が始まった。

36歳とのことで、てらへは1~2ヶ月に一度、鶏のお造りを食べるために、わざわざ伏見から来るのだそうだ。

 

青年とは、まず「京都」の話になった。

「京都へ来て3年半で、なじむのに時間はかかったけれど、今はとても居心地がいい」と話をすると、

「外から来た人が京都をほめてくれるのは嬉しい」

と言う。

さらに自分の会社の営業マンが京都へ転勤してきた場合、「京都はすごくやりやすい」という人と、「まったく入り込めない」という人と、2通りに分かれると話してくれた。

「なるほど、それはわかります。」

ぼくは相づちを打った。

 

次に青年とは、「日本」の話になった。

ぼくが「日本はこれからしばらく、経済的には下がり続けることになるから、それを逆に、『チャンス』と思えるかどうかが大事だ」と話をすると、

「それはまったくその通りだと思います」

と青年。

ビジネスでは、「景気が変わらない」のが一番利益を出しにくく、景気が上がっても、下がっても、チャンスはたくさんあるのだそうだ。

 

青年とは、それからさらに「結婚」の話になった。

36歳で、子供がほしい気持ちはあるが、仕事のほうが面白いので、まだなかなか真面目に考えられないのだという。

ぼくは、「戦後人生50年だったところから、一気に人生80年になってしまい、社会的には30代は『かけ出し』なのに、肉体的には後半戦にむかうという、『社会』と『肉体』の年齢が食い違うことに、今はなっている。

また会社で結婚相手が見つかる時代でもなくなっているから、これから40までの間に、結婚にたいして意識的に努力することが必要だ」と話をした。

青年は、「なるほど・・・」と肯いている。

 

ぼくはさらに、

「男性が結婚相手を見つけるためには、今は多くの女性が『仕事をつづけたい』と思うようになっているから、『家事をきちんと分担するかどうか』が大事だ」

と話をした。

すると青年は、

「ぼくは一人で暮らしていますから、料理などはバリバリでできるんですが、逆に彼女が家に来たときなど、彼女が洗った皿を洗い直してしまったりして、それで嫌われたりするんですよ」

と苦笑した。

「それは会社で部下を育てるのとおなじ話で、手を出さずに見守らないといけない場合は、そうしなくちゃ」

とぼくが言うと、青年は、

「なるほど、そういうものかもしれないですね・・・」

と、肯いた。

 

話を終え、青年はやがて帰っていった。

ぼくは、青年は1~2ヶ月に一度くらいしか来ないそうだし、ぼくもてらへはそうちょくちょく来るわけでもないから、せっかく今夜、意気投合した青年とは、

「もう会えないかもしれないな・・・」

と思うと、ちょっと寂しい気持ちになった。

 

家に帰って、焼き麩を入れたとろろ昆布の吸物で、焼酎を2杯飲んだ。

焼き麩の入ったとろろ昆布の吸物

焼き麩は水にひたして絞ってから入れると、モチモチ感が増すのである。

 

「青年は、説教されて迷惑だったのじゃないの?」

チェブラーシカのチェブ夫

そうでなければいいんだけどな。

 

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てら(食べログ)
 

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