神原元『ヘイト・スピーチに抗する人びと』

2016/08/15

神原元『ヘイト・スピーチに抗する人びと』を読んだ。

神原元『ヘイト・スピーチに抗する人びと』

読んでみて、著者・神原氏自身のカウンター活動での体験、および弁護士としての知識と経験の両面から、ヘイト・スピーチ問題についてバランスよく書かれていてとても面白く、この問題の全貌をつかむには打ってつけの本だとおもった。





 
神原氏(https://twitter.com/kambara7)は弁護士で、1967年生まれだというから、ぼくよりも5歳年下。

弁護士としては、2004年の「イラク日本人3人人質事件」の代理人を務めたり、2006年には神奈川の県立高校が、国旗・国歌への起立・斉唱義務はないことの確認を求める訴訟の代理人、現在は、元朝日新聞記者・植村隆氏が、従軍慰安婦問題について書いた新聞記事を「捏造」ときめつけた文藝春秋社にたいする訴訟の弁護団を務めるなど、社会問題、とくに「人権問題」について、精力的に活動されているようだ。

また特筆すべきは、神原氏自身が差別団体・在特会にたいする「カウンター活動」に参加していること。

2013年2月に、野間易通(https://twitter.com/kdxn)氏が現在の形でのカウンター活動の源流「しばき隊」を創設した際、その最初期から活動に加わっていたという。

 

この『ヘイト・スピーチに抗する人びと』は、そんな神原氏のカウンター活動での体験、および弁護士としての知識と経験の両面から、ヘイト・スピーチ問題についてバランスよく書かれていてとても面白く、この問題の全貌をつかむには打ってつけの本だとおもった。

 

まず第1章では、自身がヘイト・スピーチに接し、カウンターに参加したときに得た知見、および参加してみた自分の感想がくわしく書かれる。

ぼくなどはカウンターに参加するようになってまだ半年もたたないから、カウンターがどのような状況のなかで、どのように活動をはじめたのかを知るのはとても興味深い。

またここでは在特会が、具体的にどのような言葉で差別煽動をおこなっているのかも、逐一文字に起こされている。

在特会の活動を、まだよく知らない人にとっても、これは役に立つと思う。

 

神原氏は、在特会のデモをはじめて見たときの感想を、次のように書いている。

私の胸にはどす黒い、ガスのようなものが詰め込まれた気がした。

一言でいえば、それは「怒り」だった。

目の前で繰り広げられた、不条理な人権侵害に対する怒り。

あの、人権侵害団体を、ひたすら守って歩く警官隊に対する怒り。

そして、何もできなかった自分に対する怒りだった。

この「怒り」が、神原氏が、その後カウンターにかかわっていく原動力となったのだろう。

 

神原氏は、カウンターに参加した体験から、現在のカウンターの「意義」についても書いている。

ぼくはその内容が、ぼく自身がカウンターに参加して感じたこととまさに重なり、さらにそれを、明晰に、論理的な言葉で表現してもらったような気がした。

 

まずカウンターは、「在日を守るため」に差別に反対しているのでは「ない」ということ。

在日も、古くから日本に在住する2世・3世と、比較的最近日本にきた「ニューカマー」とでは、おなじヘイト・スピーチの被害をうけても、それに対する考え方はそれぞれ異なる。

また日本人がカウンターを行うことにより、「自分たちへの被害が増すことになりかねないので、あまり騒がないでください」とおもう人もいる。

それを、カウンターは運動の主体を、被害者である在日の人たちではなく、

「差別に反対し、日本社会の公正さを守りたいすべての人」

にすえた。

 

その結果、カウンターは「在日VS在特会」の構図をさけ、「差別主義者VS日本社会」の構図をつくり出すことができた。

このことが、「カウンターが成功した大きな要因ではないか」と、神原氏は言う。

 

またカウンターは、差別主義者に直接罵声を浴びせかける、「非暴力の直接行動」だ。

世界には、社会の不正義を止めるため、市民が非暴力の直接行動を起こした例はたくさんあり、たとえばアメリカ公民権運動も、「バス・ボイコット運動」をはじめとしてあまたの非暴力・直接行動によって進んでいった。

ところが日本では、現在の沖縄・辺野古基地反対への座り込みはまさにそうだが、これまでは、そのような非暴力・直接行動は、ほとんど行われてこなかった。

それをカウンターが行ったことについて、神原氏は、

このことは、日本の民衆運動の歴史の「画期」として位置づけてもおかしくないと考えている。

と書いている。

 

さらにカウンターが、「組織」や「リーダー」を持たないこと。

野間易通氏が創設した「レイシストしばき隊」には、会則や名簿すら存在せず、ツイッターで知り合っただけの個人ネットワークだったし、その後、差別主義者にプラカードを掲げる「プラカ隊」、段幕をもつ「ダンマク隊」、一般市民に周知をする「知らせ隊」などなどは、野間氏自身の思惑を超え、市民が勝手に、自主的に立ち上げていった。

このように、個人が声を上げ、そこに市民が三々五々結集してくる運動のやり方は、「一揆主義」とよばれて、フランス革命はこの一揆主義により成功したとか。

しかし後世の革命家は、この一揆主義が、「声を上げても市民がついてこなければ終わり」であまりに不確実性が高いと嫌い、党組織の「ゼネスト戦術」に切り替えたのだそうだ。

 

しかし神原氏は、この一揆主義こそが、「カウンターに新規参入する障壁を低くし、大量動員が可能になった」と言う。

それは、確立した「個人」を前提とし、真に重要だと人びとに思わせる課題であれば、人はその良心のみに従って結集してくるという、真の意味での「市民社会」の萌芽だと言っていいと思う。

とのことだ。

 

ぼくは、これら3つのことに、とても共感する。

ぼく自身、ここまでハッキリとはしていなかったけれど、「日本社会で、カウンターは新しい」と、常々おもっていたからだ。

 

この本は、そのあと、

  • 第2章 ヘイト・スピーチの深層にあるもの
  • 第3章 ヘイト・スピーチは法で規制できるか
  • 第4章 ヘイト・スピーチ規制をめぐる近時の情勢と私たちのとるべき態度

と続き、ヘイト・スピーチの生まれた背景を探り、それをどのように法規制できるのかについて、わかりやすくまとめられる。

ヘイト・スピーチが生まれたことには、「2002年日韓共催ワールドカップ」や「インターネットによる発達」など、様々な要因があるが、神原氏は、福岡県立大学准教授・岡本雅享氏による、

「21世紀の日本において、かくも拡大したヘイト・スピーチの嚆矢は、2000年4月の石原都知事発言(注:三国人発言)といえる。この発言が結果的に『許容』されて以降、政府高官や政治家によるヘイトスピーチが日本で横行し始め、それが民間に伝播したとみられるからだ」

との意見に同意する。

在特会が京都朝鮮学校を襲撃したのは、偶然ではない。朝鮮学校をいじめ、差別するのは、(注:高校無償化から朝鮮学校だけを外すなどする)政府公認の行動であり、彼らの失敗は、そのやり方が「ちょっと過激だった」だけにすぎない。彼らの思想も行動も、日本政府の従来の政策とそれを支える大きな思想と何ら変わるところがない。(中略)ヘイトスピーチ蔓延の責任は政府と政治家にある、と言うべきである。

とのこと。

 

現在の首相・安倍晋三氏や周辺の政治家も、歴史修正主義を奉じる極右であり、「現在のヘイト・スピーチ団体と同じような思想をもっている」。

「そのような安倍政権に、果たして自己と同類で熱烈な支持者でもあるヘイト・スピーチ団体を規制できるのか」は、「根本的な疑問である」と、神原氏は言う。

過去にも多くの例がある、「骨抜き」や「抱き合わせ」を行うことで、自民党が「ヘイト・スピーチ法規制をつくる」と言いながら、実はまったく違うものをつくる懸念があるからだ。

 

神原氏は、現在の政権でヘイト・スピーチ規制を提案するのは、「危険だからやめておいた方がいい」とも思ったが、ある「優秀な友人」が、ツイッターで、

「ならば、あなたは、ファシスト政権であれば社会保障の充実や賃上げは要求しないのか?革命が起こるまでは何もしないということか?」

とつぶやいたそう。

「なるほど、相手がどんな政権だろうと、私たちは、議論し、要求する義務がある」と考えた神原氏は、

  • マイノリティー保護の趣旨が明らかで、そのために要件が絞られていること
  • 他の運動(反原発運動、平和運動、その他)への悪影響がないこと

の「原則」を守ることを条件に、ヘイト・スピーチ規制に賛成する立場を、現在はとっている。

 

ただし、神原氏は、第5章「最後は市民の力」で、

法規制はカウンターのオルタナティブ(注:代替物)ではない。最終的にヘイト・スピーチを撲滅できるのは市民の力しかない。

と強調する。

「ヘイト・スピーチの法規制が世界でもっとも厳しく、政治家によるナチス犯罪への謝罪や賠償が尽くされていないドイツですら、ヘイト・スピーチも、ネオ・ナチも根絶していない」のだそうだ。

そのドイツ東部ドレスデンで、2010年2月、極右ネオ・ナチ団体6400人あまりがデモ行進を計画した。

それをドレスデンの市民団体メンバーら1万2000人が、「人間の鎖」をつくり、自力で阻止したのだそうだ。

 

ヘイト・スピーチ法規制がカウンターのオルタナティブにならないのは、

「レイシズムは、政治であると同時に文化であり、人の心の問題だからだ」

と神原氏は言う。

私は、いわゆる「活動家」ではなく、音楽家やスポーツ選手、出版関係者、弁護士など、色々な分野の人々が「反・レイシズム(差別主義)」の一点で横につながり穏やかなネットワークをつくっていくことが極めて重要だと考えている。(中略)法律でいくらヘイト・スピーチを規制しても、文化の世界でレイシズムを圧倒できないと、最終的にレイシズムに勝利できない。

と、言うのである。

 

ぼくも、まさにその通りだと思う。

そのためには、一人ひとりが、良心の命ずるままに、カウンターに参加していくことが必要なのだろうと思う。

 

この本は、巻末に、

  • 「しばき隊」創設者 野間易通氏
  • 「プラカ隊」創設者 木野寿紀氏
  • 「差別反対女組」代表 山下歩氏
  • スポーツジャーナリスト 清義明氏(Jリーグでの反レイシズム対策)

などのインタビューも掲載されている。

カウンターや反レイシズム運動がどのように立ち上がっていったのかが、当事者の口から語られて興味深い。

 

神原氏は、編集者からこの本の執筆を依頼されたとき、はじめは「断ろう」と思ったそうだ。

「自分は研究者ではなく、一介の実務者にすぎないし、弁護士によるヘイト・スピーチにかんする本は、他にも良書があるから」とのこと。

しかし編集者の話を聞いて、その編集者が、書店で「ヘイト本」が氾濫する現状に憂慮する出版人がつくる「ヘイト・スピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」のメンバーであることを知った。

神原氏は、その運動を、すこしでも支援したいと、本を書くことにしたそうだ。

 

この本、『ヘイト・スピーチに抗する人びと』そのものが、神原氏自身による、「渾身のカウンター」でもあるのである。

 

全214ページ、1,600円+税。










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