あっさり見えながらコクがある鶏大根/自炊をつづけるコツとは?

2015/02/12

きのうは、あっさりと見えながら、じつはしっかりコクがある鶏大根。

鶏大根

自炊は、「つづけること」が一番むずかしいと思うんですよね。

 

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自炊は、「つづけること」が、一番むずかしいのではないかと思う。

何しろ、「張り合い」がないのである。

家族がいれば、食事を「つくらないといけない」という必要があり、食べさせておいしそうにしていれば、それが励みにもなるだろう。

主婦などの場合なら、それが料理をつづける原動力になっているのではないかと思う。

 

ところが一人暮らしには、そのような必要も、励みもないわけだから、料理をつづける原動力をどこか別のところに求めないといけない。

「節約」も、一つの原動力にはなるけれど、よっぽど節約が好きな人は別として、ぼくのような「金はあるだけ使う」者には、すぐに「そんなことはどうでもいい」となりやすい。

 

ぼく自身の経験からいえば、自炊の最大の原動力となるものは、

「料理を『必要』としてではなく、『楽しみ』と捉えること」

だ。

必要があってすることは、一種の「仕事」であるのに対し、楽しみでやるものは、『遊び』に近い。

遊びには、外的な原動力は必要ない。

自分自身に「やりたい」気持ちさえあれば、自然にやってしまうものである。

 

だから、自分の「やりたい」気持ちを削ぐものを、まずは徹底的に排除するのが、自炊をやるにはおすすめなのだ。

「効率」

は、やりたい気持ちが削がれるものの中でもかなり大きいものであり、効率化を目指すもの、たとえば、

電子レンジ、炊飯器、化学調味料、簡単レシピ

などなどを、まずは使わないようにすることが、一見遠回りには見えるけれども、けっきょく自炊が続くことにつながるのではないかと思う。

 

きのうもぼくは、大した料理を作ったわけでもないのだが、作り始めてから食べるまで、2時間半もかかってしまった。

さすがに「時間のかけ過ぎだ」と、忸怩たる思いもないではないが、食べれば大変おいしいから、

「べつに、悪くはない」

と、思えるのだ。

 

ただし、自分のことを振り返れば、ぼくが自炊を、ここまで続けてこれているのは、

「料理写真をブログで公開している」

ことも、大きい気がする。

やはり励みが、まったく何もないのでは寂しいわけで、写真でも、見てほめてもらえたりなどしてもらえるだけで、けっこう嬉しいわけである。

 

ぼくの場合、献立を考えるのでも、まずはもちろん、「自分が何を食べたいか」が一番なのだが、

「その写真をどう見てもらえるか」

も、じつはけっこう考える。

やはり人に見てもらうからには、何かの「主張」を込めたいわけで、ぼくにとっては、そのように考えることが、自炊をつづける格好の原動力になっている。

 

それでまあ、ほかの自炊をする人たちにも、そういう原動力の一助になればと、フェイスブックで「自炊隊」という、料理写真を投稿するグループをつくっているのだ。

自炊隊
自炊隊のページ

自炊隊には、現在400人ほどのメンバーが登録し、活発に投稿・コメントがされていて、じつに楽しい。

 

ところでこの「自炊の料理写真」、意外に奥が深いものだと思うのだ。

まず「料理写真」自体が、単に「料理の視覚上での再現」とだけは言えないものがある。

 

料理は、そのままだと、食べてしまえばなくなるものだ。

だから料理が、「文化」として考えた場合、例外なくすべての人が関わる、「最大」ともいえる規模と、内容の豊かさをもっているにもかかわらず、たとえば他の、芸術や音楽、科学、経済などなどのような広がりに欠けるところがあるだろう。

料理は本来、「個人的な体験」としてしか成立しない。

作ったり、食べたりしてみなければ、本当のところは分からないわけであり、その内容を他人と共有することが、むずかしいからなのだと思う。

 

しかし料理写真は、文字と同様、ネット上ではいくらでも流通させられる。

それが「自分がつくる」という体験と重ねて語られるとき、料理はこれまでにはない、広がりをもち得るのではないかとも、思うのだ。

 

さらに「一人暮らしの料理写真」は、料理写真のなかでも「特別」ではないかと思う。

一人暮らしのつくる料理は、他人は決して食べられない。写真として公開されてはじめて、世の中に存在するものになる。

その「作品」としての価値は、写真の中にのみ、存在するわけである。

 

一人暮らしの料理写真は、ネットが発達してはじめて、流通するようになったものだろう。

ぼくはここに、

「これまでにはなかった新しい世界」

が、あるように思うのだ。

 

それが「どう新しいか」は、まだうまく言えないのだが、一人暮らしが、自分のためだけにつくる料理が、「とても興味深い」のはまちがいない。

必要も打算もなく、自分自身をまっすぐに表現した、「芸術」といえるものに近いのではないかとすら、思ったりするのである。

 

まあ、それはともかく、なので、一人暮らしの自炊者は、ブログでもフェイスブックでもツイッターでも何でもいいから、料理写真を撮影し、それを公開するのはおすすめだ。

ちなみに自炊隊に自炊写真を投稿すると、もれなくぼくの「ほめ言葉」がコメントされることになっている。

 

さてきのうの晩めしは、おとといガッツリとした激辛マーボーを食べたから、ガッツリとしていない、軽いものが食べたくなった。

鶏大根

そこで、鶏大根。

 

手羽元と大根を、うす味のだしでコトコト煮込んだ。

写真では黄色くなってしまったのだが、しょうゆをほんの少しにし、

「白くさっぱりと見えるのだが、味はきっちりコクがある」

よう、仕上げることにする。

 

まずは昆布と削りぶしのだしを取る。

鶏大根

水4カップに10センチくらいのだし昆布をいれ、10~20分、煮立てないようゆっくり煮出して、そのあと一つかみの削りぶしを、やはり煮立てないよう5分ほど煮出し、削りぶしは絞ってとり出す。

 

だしを取りながら、大根を下ゆでする。

鶏大根

皮もいっしょに乱切りにし、弱めの中火で、串がスッと刺さるまで。

 

だしが取れたら、

  • 酒 大さじ3
  • みりん 大さじ3
  • 淡口しょうゆ 大さじ1
  • 塩 小さじ1くらい(味をみながら)

で味をつけ、手羽元と下ゆでした大根を、弱火で煮る。

鶏大根

 

30分くらい煮たらうどんをいれ、うどんがほぐれたら火を止めて、しばらくおいて味をしみさせる。

鶏大根

 

三つ葉をたっぷりかけて食べる。

鶏大根

 

言わずと知れた、王道の味。

鶏大根

 

あとは、アサリの赤だし。

アサリの赤だし

30分~1時間、塩水にひたして砂抜きしたアサリを、両手でガシガシ、こすり合わせながらよく洗い、アサリが200グラムなら、

  • 水 2カップ
  • 酒 大さじ2

にいれて中火にかけ、アクを取りながら殻がひらくのを待って、火を止めて、赤だしみそ(八丁みそ)を溶きいれる。

 

もやしと小松菜のじゃこポン。

もやしと小松菜のじゃこポン

もやしと小松菜はサッとゆで、水に取ってよくしぼり、ちりめんじゃこと竹輪とあわせて味ポン酢で和える。

 

それに、自家製梅干し。

自家製梅干し

 

酒は、熱燗。

酒は、熱燗

 

自炊の最大の楽しみは、もちろん、やはり「食べること」。

自分好みに作れるから、下手な飲食店で食べるよりも、よっぽどうまい。

 

「ほんとは彼女が作ったものも食べたいんでしょ。」

チェブ夫

そうなんだよな。

 

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