カウンターは終わったあとが楽しいのである(2014/9/23全国一斉ヘイトカウンターin大阪)

2015/06/02

大阪で行われたカウンターに参加した。

9月23日大阪カウンター

カウンターは、終わったあとが楽しいのである。

 

 

差別団体「在特会」の差別アピールに抗議する活動「カウンター」に、先週日曜初めて参加し、たくさんのいい経験をしたのだが、そこで知り合い、新たにツイッターのフォローをした人たちから、それから10日も置かない23日、在特会が大阪で再びデモを行い、そのカウンターが行われることが流れてきた。

こちらは今月お金が厳しく、かなり頑張って仕事をしないといけなくて、23日もフルに仕事をするつもりだったから、それがただの「情報」なら、「今回は遠慮させてもらおう」となるのだが、何ぶん少し親しくなった人たちが、想いを自分の言葉で伝えてくるから、引力が強い。

「カウンターが終わったらすぐに帰ろう」と心に決め、行くことにした。

 

カウンターの活動は、抗議の声を上げるのは、ぼくはまだ恥ずかしくて、よくできない。

9月23日大阪カウンター

そこでカウンターのまわりを通る、一般の人に理解を求めるためのことをすることとし、ネットに上げられていた一般の人向けチラシをダウンロード、50枚ほどコピーして持って行くことにした。

 

大阪は、まだあまり行ったことがなく、見るもの全てが物珍しい。

9月23日大阪カウンター

女の子の格好が、京都に比べるとだいぶ派手なのが、まずは印象に残るわけである。

カウンターの前に、まずは腹ごしらえ。

当然ビールと・・・、

9月23日大阪カウンター

 

土手焼き、

9月23日大阪カウンター

 

それにたこ焼き。

9月23日大阪カウンター

大阪のたこ焼きは、これは「明石焼」というのだろうか、ソースではなく、うす味のだしで食べるようになっている。

 

熱々のたこ焼きは、外はカリッとしているが、中はトロトロ。「なるほど、これはうまい」と感じ入った。

 

集合場所へ到着すると、すでに何人かの人が集まっている。

9月23日大阪カウンター

カウンターは、東京に団体もあるようなのだが、その団体も統率を取るというより情報共有のためというのが強いようで、皆、基本的に個人である。

在日の人もいるが、大部分は日本人、それぞれの想いを抱えながら、手弁当でやって来る。

大阪の人はもちろん、京都から来ている人も多く、奈良から来ている人もいる。

「けっこう大変なんで、在特会も、こういうことは早くやめて欲しいですわ・・・」

奈良の人は、苦笑する。

 

集合場所から、チラシを撒くポイントへ移動する。

9月23日大阪カウンター

やや待つうちに、在特会のデモがやって来た。

 

他人を貶めることで自分が優位を保とうとするのは、「頭が悪い」としか言いようがなく、「憐れ」としか思えない。しかしそれを、街頭で、警官に守られながら、大音量でやられると、差別される直接の当事者ではないぼくなどでも動揺し、一般の人に呼びかける

「差別デモのチラシです」

の簡単な言葉すら、何だか解らなくなって言えなくなる。

 

しかしこれは、当事者の在日の人にとっては、比にならないくらいの衝撃だろう。

公衆の面前で、大人数で、罵倒されるわけである。しかも差別は、ただ本人が貶されるだけに留まらない。民族を否定されることは、親兄弟、先祖など、自分が一番大事にしている、自分の「生存の根拠」そのものを、根こそぎ否定されることだ。

きのう話した在日の男性は、

「カウンターを終えて喫茶店でコーヒーを飲んでいたら、ボロボロと涙が出てきて、さらに家に帰ってから、何度も戻した」

と言っていた。

 

人を徹底的に傷付けられるために発せられる差別アピールは、まさに「言葉の暴力」と言って過言がないものだ。

9月23日大阪カウンター

それを看過することなく、周りにいる日本人が、大人として「やめろよ」と押し留めることは、現時点で法で規制できない以上、しなくてはいけないことだろう。

 

さらに今、安倍首相を初めとして何人もの閣僚が、在特会・ネオナチ団体とつながりを持つことが明らかになっている。

在特会の活動を、「頭が弱い奴らがやっているだけだ」と見過ごせば、日本が根こそぎ、そちらへ持っていかれることもあるだろう。

それを一つ一つ、ハエを叩くかのように、消耗しながら手弁当で抗議をしているカウンターの活動は、つくづく尊く、頭が下がる思いである。

 

在特会のデモは1時間ほどで終わり、カウンターも終了した。

カウンターの人たちは、三々五々、道頓堀の橋の下に移動する。

 

きのうは午前中からのカウンター側のデモも含め、在特会60名に対し、総勢200名の人たちがカウンターに加わったそうだが、橋の下にも、まだ100人近くの人がたむろしている。

この人たちが、またなかなか帰らない。

カウンターの人たちも、在特会の差別アピールでそれぞれに傷付いている。

帰るには、その傷を癒やす必要があるのだろう。

 

コンビニに走る人が出はじめて、ぼくもビールを買ってきてもらった。

9月23日大阪カウンター

飲みながら、周りの人と話すのだが、これが飛び切り、楽しいのである。

 

ぼくはわりと人見知りなタイプで、初対面の人とはなかなかうまく話せない。気心が知れてきて、ようやく打ち解けるのだが、きのうはどういうわけか、初対面の人でもそれほど緊張せずに話ができる。

これは、先日のカウンターのあとにも感じたことで、空気がとても、穏やかなのである。

「これだけ穏やかで、話しやすい場は、そうそうあるものではないな・・・」

ぼくは思った。

 

これは一つは、カウンターに来る日本人が、「特に心根がやさしい」ことがあるだろう。「人を人種で区別しない」という開かれた考え方がある上に、人がいじめられるのを傍観できずに立ち上がり、手弁当で駆け付ける人たちだ。

男性も女性も、抗議活動の最中は、厳しい口調で、かなりの大声を出すのだが、終わってみれば、皆穏やかで、男性などは、特に穏やかな人ばかりが集まっているとも思えるくらいだ。

穏やかな人たちばかりなら、空気が穏やかになるのも道理だろう。

 

それからもう一つ、共に抗議活動をしたことで、「戦友」にも似た、仲間意識が芽生えることもあるのではないかと思う。

それぞれが傷を負っていることを、お互いが解っているから、自然、それをいたわる気持ちになる。

 

居心地が良かったので、ぼくもすぐに帰るつもりが、つい長居することになった。

さらに何人かで連れ立って飲みに行くことになり、

「行きますか?」

と聞かれた時、間髪入れずに

「行きます!」

と答えてしまっていたのである。

 

行った先は、鶴橋のホルモン屋「茂利屋」。

茂利屋

鶴橋へはまだ行ったことがなく、一度ぜひ行ってみたいと思っていたから、ちょうどよかった。

ビールで乾杯。

茂利屋

男女、総勢15人ほどがいる。

 

食べたのは、まずはホルモン焼き。

茂利屋

いずれも新鮮で、臭みなどがないのはもちろん、プリプリとすべきものはプリプリし、やわらかなものは、しっとりとやわらかい。

 

豚足。

茂利屋

よく煮られて、脂がきちんと抜かれている。

 

キムチ。

茂利屋

サッパリしているのだが、きっちりとコクがある。

 

チヂミ。

茂利屋

少し甘めで、ほっこりする。

 

ビールのあとは、焼酎水割り。

茂利屋

結局きのうは、女性に奢ったりもし、フルに飲むこととなった。

 

JRで帰り、京都・二条駅に降り立った。

天下一品

二条といえば、「天下一品」を素通りすることはできないのである。

 

ラーメンこってり、ニンニク入り。

天下一品

腹も落ち着き、家に帰って一杯だけ飲んで寝た。

 

きのうも再び、カウンターで、いい経験をたくさんした。

これだけ経験させてもらえば、金が乏しくなることなど、一向にかまわないのである。

 

「仕事も頑張らないとね。」

チェブ夫

そうだよな。

 

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